お互いに面識はないものの、絶版文庫の汲めども尽きない魅力にとりつかれた点で意気投合した三人が、インターネットの掲示板上で情報交換をするうちに、この本の企画は誕生した。
田村道美は、名著名作の紹介に関しては、比較文学的観点から興味深いと思われる作品を中心に取り上げた。また書誌的観点からは、「レクラムかカッセルか」で、明治期に刊行された袖珍名著文庫や袖珍文庫がドイツのレクラム文庫ではなく、イギリスの文庫本「カッセルズ・ナショナル・ライブラリー」を範として発刊されたことを明らかにした。また、「文庫本の奥付に見る終戦前後」では、1940年(昭和15年)から50年のあいだに刊行された文庫本の奥付の表記が目まぐるしく変化したという、これまであまり注目されなかった事実を当時の出版・社会状況と関連づけながら、文庫本の奥付がいかに雄弁な時代の証人たりうるかを示した。
中島泉は三年ほど前からホームページを開設し、明治・大正期に刊行された文庫、とくに少年少女向けに刊行された文庫本の蒐集家としてつとに有名である。また、今年2000年の5月14日から6月18日まで、岐阜県博物館マイミュージアムギャラリーで「文庫の世界――文庫で見る日本の近現代史」と題する展示会を開催し、これまで蒐集してきた貴重な文庫本の一部を一般に公開した。本書においても、それらの貴重かつユニークな文庫本の紹介が中心となっている。なお、一銭文庫・探偵文庫などは、明治・大正期の文庫本蒐集の第一人者鈴木徳三氏の「日本における文庫本の歴史(一)-(四)」(『日本古書通信』696-699号、所収)のなかでも取り上げられていない珍しいものである。
近藤健児は先に青弓社から刊行した『絶版文庫交響楽』で紹介できなかった、あるいは刊行後に入手できた幻の名著名作を中心に紹介することになった。グリゴローヴィッチ『不幸なアントン』(世界文庫)、『チャペク童話集 河童の會議』(冨山房百科文庫)、ギャンチヨン『娼婦マヤ』(河出文庫特装版)、フランク『後尾車にて・路上』(世界名作文庫)、ドルジュレス『木の十字架』(新潮文庫戦前版)、ブルトンヌ『性に目ざめる頃』(三笠文庫)、謝冰心『お冬さん』(市民文庫)など、いずれも絶版文庫蒐集家垂涎の的と言っていい作品ばかりである。
本書のタイトルを『絶版文庫三重奏』としたのは、専門が異なり(中島は解析的整数論、田村は英文学・比較文学、近藤は国際経済学)、文庫の蒐集分野も異なる三人が、それぞれの持ち味を発揮しながら協力し合い、これまでになかったような「絶版文庫へのオマージュ」一曲を奏でたいとの思いからである。
文庫は、かなりの部数出回った普及版の本である。いくら古くて珍しいものでも、天下に一つか二つしかないというものではない。本書を読んで「こんな本も出ていたのか」と発見があれば、また探す楽しみも増えるだろう。本書にも専門店やインターネット検索のガイドを載せたが、あらゆる手を尽くして、何年もかけてようやく手に入れた本を読む、そんなときこそがしみじみ湧き上がる喜びを感じる至福のひとときであり、読者は四人目の演奏者となり、三重奏は四重奏になる。
この本はそんな演奏会の入場券なのである。さあ、ご一緒に!