「女性展望」を探し集めた頃のこと――『ナチス機関誌「女性展望」を読む――女性表象、日常生活、戦時動員』を書いて

桑原ヒサ子

「よく集めたもんですね」と驚かれることがある。
「女性展望」の創刊は1932年だから、ほぼ90年前の出版物である。歴史的にはそう古くはないが、ナチ時代の官製雑誌だったから戦後ドイツの保存の意思はきわめて薄かった。いずれにせよ漏れなく集めるのは容易でないという驚きだろう。『ナチス機関誌「女性展望」を読む』を刊行して、「女性展望」を収集し始めた頃の大胆で幸運に恵まれた自分を思い出した。
 フェミニスト歴史家だった加納実紀代さんが勤務校である敬和学園大学に赴任され、第2次世界大戦期の女性雑誌などのメディアの表象分析を通して、戦争とジェンダーについて国際比較をする共同研究会を立ち上げた。2005年のことである。
 ドイツを担当することになったものの、ナチス期の女性雑誌は読んだことも見たこともなかった。少し調べたら、当時出版部数第1位だったのが「女性展望」とわかった。最も読まれていたのだから、これを取り上げるしかない。でも、どうやって集めるのか。
 ドイツ文学を研究していた私は、日本国内で手に入らない文献はドイツに出向いて探して、コピーしていた。2005年の夏は、まだ別の仕事の資料をゲッティンゲン大学図書館で探していたが、ついでに検索しても「女性展望」は出てこなかった。途方に暮れたが、ネット時代の到来が雑誌の収集を助けてくれることになった。

 自宅のパソコンから古書店のサイトに試しにアクセスしたら、なんと「女性展望」が売られているではないか。ナチ時代には牛乳1リットル程度だった価格は、1,000円から2,000円ほどになっていた。複数冊をまとめてたたき売りしている場合もあった。ドイツの大都市から名も知らぬ村まで、古書店の店主とどれだけメールのやりとりをしただろう。クレジットカードを使えず、郵便局から送金したこともあった。毎晩古書店サイトを探し回り、12年半にわたって発行された「女性展望」全282号中57パーセントを数カ月で一気呵成に手に入れた。しかし、その後は一向に出回らず、買い尽くした感があった。
 マニアックな収集熱は収まらず、2006年夏にドイツで収集するために、これまた自宅のパソコンから検索が可能になった大学図書館の蔵書を検索しまくった。案の定「女性展望」を所有する図書館はまれで、所蔵していても部分的だった。手元に欠けていたのは主に最初の2年間と廃刊までの2年半、そしてその間の購入できなかった号だった。検討を重ねた末、ハイデルベルク大学図書館、ベルリン国立図書館、エアランゲン大学図書館で残りすべてを手に入れられることがわかった。

 まずハイデルベルクの司書にメールした。すぐに返信があり、確認したところ閲覧に堪えられる状態ではないということだった。それで、図書館が所有する最後の3年半分すべてをデジタル化して私のためにCDを作ってもいいというのである。その費用の半分の400ユーロを私が負担するという条件だった。由緒正しきハイデルベルク大学図書館が、見ず知らずの個人とこんな交渉をするかと唖然としたが、古書店で相場を熟知していた私には願ってもない申し出だった。さらに驚いたのは、「女性展望」の全号のデジタル化を計画し、私が作成した「女性展望」所蔵大学図書館リストに従って、まずエアランゲン大学図書館に話をもちかけたということだ。当時、どの図書館も書籍のオンライン化を進めていた。しかしエアランゲンの回答は、よりにもよってなぜナチズム関係の雑誌を優先するのかという拒絶だったそうだ。
 私はハイデルベルク大学図書館を予定どおり訪れてCDを受け取った。そのうえ図書館は、ベルリンから私が必要としたマイクロフィルムを取り寄せておき、デジタル撮影機器を手配してくれていた。私は、ベルリンへ行かずして、デジタル撮影が無料でできたのである。
 エアランゲンでも問題は生じた。デジタル撮影を依頼していたが、撮影係がバカンスで不在のため、私のドイツ滞在中にCDを手渡すことは無理だと言われたのだ。だが、撮影代金を前払いすれば、日本に郵送するという。前払いは心配だったが、初秋にはちゃんと、創刊から2年分の2枚のCDが自宅に届いた。こうして私は「女性展望」のすべての号を手に入れたのである。

 ハイデルベルク大学図書館で現在、「女性展望」の1941年7月第1号から廃刊になる1944/45年号まで誰でもどこにいてもオンラインで簡単に閲覧できるのは、私の問い合わせがきっかけになり、私が資金の半分を捻出したからである。ネット上の私の論文を読んだという明治大学の女子大生から2016年にメールがあって、「女性展望」を読んでみたいと言ってきた。そこで、ハイデルベルクのことを紹介した。念のためにサイトをひさしぶりに開いたら、「女性展望」の号数検索画面に進む前に、06年にはなかった警告画面が現れた。
「ハイデルベルク大学図書館は「デジタル図書館」で学問・研究・教育の目的で現代史の資料を公開しています。この資料のなかにはナチズムの時代の雑誌・新聞も含まれていることを注意しておきます。ハイデルベルク大学図書館は、いかなる人種差別、暴力賛美、そして国民社会主義的内容から距離を置くことを表明します」
 ドイツでは、20世紀末以来ネオ・ナチズムや保守化が問題になっている。一見誇張してみえる図書館のこの表明には、ナチズムに対して現在もなお堅持されている厳しい公的姿勢を見て取ることができるだろう。