青春の記録は苦悩に満ちている ――『80年代音楽に恋して』を書いて

落合真司

 1980年代は、わたしが高校生・大学生として過ごした貴重な時間。
 ネットもスマホもない時代のきらめいた青春の日々。
 その青春は常に音楽とともにあった。

 いきなり格好をつけて3行書いてみたが、拙著の「あとがき」あるいは「執筆裏話」として書こうとすると、もう苦悩しかないので、格好などつけず正直に苦悩のメイキング・エピソードを綴っていく。

《苦悩1》
 7年ぶりの出版だ。編集に関わる仕事はしていたものの、専門学校の講師やデザインの仕事に専念していたため、完全なブランクと言える。スポーツ選手が引退してから7年後に復帰するのがどれだけ大変か想像してもらいたい。とにかく書けないのだ。「えっと、原稿ってどうやって書いていたんだっけ?」という状態。「もう終わったな、自分」と毎日へこんで病んで自暴自棄になったりもした。
 超人的なスピードで原稿を書きまくって多数のヒット作を生み出している西尾維新先生は絶対に現在の人じゃない、きっと未来人で時間をコントロールするテクノロジーをもっているんだ、とバカなことを考えて自分を無理やり納得させた。10分もしないうちに再び自己嫌悪に陥るのだが。
 それでも少しずつ書かなければ本当に人として終わってしまいそうなので、キーボードをカタカタ叩いてみる。10分原稿を書いて50分休むというダメ人間。無駄に部屋の掃除を始めたりマンガを読んだりするクズ人間。
 気持ちが乗ってすらすら書けるときもあるが、あるアーティストのデビュー・アルバムについて書こうと思うと、当然あらためて聴き直すことになる。じっくり何度も聴く。別のアルバムも聴いてみる。気がつくと何時間もたっている。きょうはこれで終わりにしよう。言うまでもなく翌日もこのループ。

《苦悩2》
 ずっと以前、「神戸新聞」に「愛しの80年代」というタイトルでコラムを書いたことがある。それが思った以上に好評だった。「あ、これはいけるかも」と手応えを感じたが、オヤジの(昔はよかった的な)昔話ほどつまらないものはない。だからそういう書き方は避けて、しっかり時代背景と音楽をリンクさせようとする。
 ところが、どんなに調べて分析して考えても、時代性と音楽性に密接な関係が見えてこない。どうしよう。ますます原稿が進まなくなる。

《苦悩3》
 わが青春の80年代。ネタには困らない。そう思っていたが、本当にたくさんのことがあったのにうまく思い出せない。高校生のギャグマンガを描いているマンガ家が、「高校時代にバカなことをたくさんしたはずなのになかなか思い出せず、ネタがなくて困っている」と語っていたことがあったが、まさにそれ! 原稿は依然として進まず。

《苦悩4》
 レコードのジャケットを掲載することになった。スキャンするために探してみるが見つからない。見つかっても掲載したいアルバムではないものが出てくる。
 多くの音楽ファンはそうだと思うが、愛聴していたレコードがCD化された時点でCDを買うので、それまでのレコードは押し入れの奥のほうにしまい込んでしまったりすると思う。引っ越しを繰り返し、やがてレコードは行方不明になる。わたしも同じである。
 できればCDではなくレコードのジャケットを掲載したい。そこで、中古レコード店やネットオークションを探し回って手に入れることにした。これが意外にも高額なのだ。300円ほどで買えるだろうと思っていたら、定価よりも高い値がついていることもあり、とんだ出費になってしまった。
 これまた多くの人が経験すると思うが、ネットで何かを探していると、あっという間に時間が過ぎてしまう。つまり、そういうことだ。原稿はまったく進まない。

《苦悩5》
 気がつくと3年がたっていた。やっと書き上がった。読み直して愕然。書き始めた頃と最近とで文章のテイストが変わっているではないか。書き直しかぁ、ぞっとするなぁ。
 また、80年代音楽は自分にとって結局何だったのか、クリーンヒットな答えが見つからないまま編集作業が進み、再校の段階でやっと書き直すという危険な行為に出てしまう。
 
《苦悩の果ての感謝》
 原稿もまともに書けないくせに、装丁を自分でやりたいと申し出てしまうバカな自分。
 だが、すでに構想はあった。デザインの専門学校で進級制作を担当したとき、80年代風のすてきなイラストを描く学生がいた。オタク系ネット世界ではそこそこ有名な絵師だったその学生にカバーイラストをお願いしようと思い、久しぶりに連絡を入れてみた。卒業して仕事をしているはずなので、忙しくて描いてくれないかもしれないが、まあダメ元で。すると、絵の活動をしながら、実はまだ卒業せずに学校に残っているとのこと(同じ学校にいて顔を合わせない不思議)。よし、これは描いてくれるかも。
 おかげですてきな装丁になった。
 そして、こんなダメ人間なわたしに付き合ってくれた青弓社の矢野さんや編集者、営業のおかげで、やっと今度こそ本当に完成した。「本を一冊完成させるってこんなに大変なんだ」とあらためて思い知り、同時に多くの人に感謝する本になった。ありがとうございました。