松尾哲矢
本書では、スポーツ〈場〉の社会学を標榜する一方で、温故知新ではないが、これまでの〈場〉の動きがわからないままにこれからのスポーツ〈場〉の動きは構想できないのではないか、またスポーツ〈場〉がかかえている現在的・実質的課題にどう向き合えばいいのかについて、何らかのヒントが得られないかとの思いを抱きながら取り組んだ。
そこで本書で得られたインプリケーションとスポーツをめぐる現代的課題や状況との関係についてふれておきたい。
2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催が決定した。その動きに連動して、15年5月13日、日本のスポーツシーンを変える法案が可決・成立した。スポーツ行政を総合的に推進することを目的としたスポーツ庁を設置するための文部科学省設置法改正案が参院本会議で満場一致で可決・成立したのである。これで15年10月1日に文部科学省の外局としてスポーツ庁が発足する。
これまでスポーツ行政は、その多くが文部科学省スポーツ・青少年局を中心に、健康運動や障害者スポーツは厚生労働省、公園での運動などは国土交通省、スポーツ産業は経済産業省など、その機能に合わせて多省庁が独自に管轄してきた歴史がある。スポーツ庁はこれまで複数の省庁がそれぞれおこなっていたスポーツ行政を一元的に担い、2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けた選手強化や施設整備、国民の健康づくり、地域スポーツの推進、スポーツを通じた地域振興や国際交流などに取り組むことになる。
これまでスポーツ関係団体の多くが文部科学省の管轄のもとで活動してきたため、そこで醸成されてきたスポーツのあり方は、一言でいえば「教育としてのスポーツ」観を基盤として形成されてきたといっても過言ではないだろう。スポーツ庁になった場合、どのようなスポーツのあり方を理念として構想すればいいのだろうか。スポーツがもつ外在的な価値(リーダーシップ、協調性、礼儀作法など)を強調するきらいがあった「教育としてのスポーツ」のあり方だけでは、対応することは難しい。これからはスポーツそのものを目的的に楽しむあり方、勝敗にこだわらない楽しみ方、遊び文化としての楽しみ方など、スポーツがもつ内在的な価値を生かしたスポーツのあり方を含め、新しい袋にあった理念と内容の議論が不可欠だろう。
本書では「教育としてのスポーツ」と「競技としてのスポーツ」というスポーツのあり方、スポーツ〈場〉のダイナミズムについて検討したが、これからのスポーツのあり方を議論する契機になれば望外の喜びである。
また、本書でスポーツ〈場〉での振り子の“振り戻し”のような現象が起こることについて言及したが、例えば、2007年、プロ野球界で発生したアマチュア選手への金銭供与問題を契機として、日本学生野球連盟憲章に違反する授業料免除などの特典を付与された特待生の問題が表面化した。この問題を重くみた日本高等学校野球連盟(以下、高野連と略記)は、調査を実施して7,000人を超える特待生の存在が明らかになった。高野連は有識者会議を設置、本会議に今後のあり方について諮問した。本会議は条件を定めて特待生を認める答申を出したが、そのなかで、「特待生制度運用の現状をみると、一部の学校においては、勝利至上主義に陥り、教育の一環としての部活動の趣旨に反する指導が行なわれている」として、「野球の部活動は、他のスポーツ部活動と同じく、教育的見地から認められる」(高校野球特待生問題有識者会議答申〔座長:堀田力〕、2007年10月11日)ことを改めて明示、強調している。
この一連の動きのなかで、高等学校運動部のスポーツはあくまでも教育のためにおこなわれるものであり、「教育としてのスポーツ」のあり方が強調されている。高野連はこれまでも教育としてのスポーツを顕示してきているので、高野連内部での“振り戻し”とはいえないが、この動きは、「競技としてのスポーツ」やプロフェッショナルなスポーツのあり方が拡大しつつある青少年期のアスリート養成〈場〉全体に対するアンチテーゼの主張ととらえることも可能であり、アスリート養成〈場〉全体の動きからみれば「教育としてのスポーツ」への“振り戻し”現象の一つとして把捉することもできるだろう。
青少年期のスポーツのあり方をめぐっては、これからも「教育としてのスポーツ」と「競技としてのスポーツ」の間で往還運動を繰り返しながら〈場〉が動いていくことが予想され、その動きに注目していく必要があるだろう。
最後に、民間クラブ団体のみなさまへの感謝を一言。本書を執筆するにあたって、青少年を対象とした民間スポーツクラブの誕生とその後の動きに関する資料の少なさには正直戸惑った。例えば、日本スイミングクラブ協会に見られるように種目団体によっては誕生からの動きをまとめている団体もあるが、民間クラブの動きを知る手がかりが非常に限定されていて、まとまって残っている資料がほとんど見当たらなかった。それは、各民間クラブが、独自に起業し、クラブの運営・経営と向き合いながら日々取り組んできた歴史があり、全体の動きをつかむことが容易ではなかったことが挙げられる。さらには、本書でもふれたように、学校運動部を中心としたスポーツ〈場〉のなかで後発の民間クラブが承認を得ていくことは容易ではなかった。そのなかで民間クラブ自体が、その存在を積極的に発信していくことにいくらかの躊躇があったのかもしれないし、その動きを積極的に取り上げた雑誌記事や論考はきわめて少なかった。
そこで今回、各民間クラブ・団体が発行している雑誌や資料、会議の議事録などを可能なかぎり収集し、それらを丹念に読み解くことに力を傾注した。このためかなりの時間を要したし、関係者のみなさまのお力添えなしに上梓することはかなわなかった。ここに改めて感謝を申し上げたい。