背中を押してくれたこと――『政岡憲三とその時代――「日本アニメーションの父」の戦前と戦後』を書いて

萩原由加里

 かれこれ10年以上に及んだ研究を1冊の本としてまとめる作業は、思っていたよりも骨が折れる作業だった。特に、本書のベースになった博士論文の提出から6年が過ぎている。博士論文の提出後から現在に至るまで、さまざまな大学で非常勤講師をしてきたが、教壇に立ってからのほうが、大学院に在籍していたころよりも学ぶことが多かった。単に調査を進め、新たな事実が明らかになったことだけではない、自分自身の研究手法の変化が、本書を執筆するにあたって最も苦労した点である。本書の随所に、10年間にわたる著者の成長が反映されていて、各時期の論文がパッチワークのように組み合わされているので、パートによって雰囲気が違うことに気づいた読者もいるかもしれない。
 そして、一度構築した博士論文を、再構築するという作業にも苦戦した。例えば「あとがき」に図版を入れているが、これは本書のために新しく撮影しにいった写真である。苦肉の策として「あとがき」に組み込んでみた。8月の猛暑のなか、君野直樹氏に同行して政岡憲三の墓を訪れ、汗だくになりながら草取りをしたときの写真である。余談ながら、筆者の趣味はガーデニングであり、草取りには自信がある。このようなところで自分の趣味が生かされるとは思いもよらなかった。
 ところで、この数年間でアニメーションに関する研究は急速に進んでいて、どこまで最新の知見を盛り込むかという点でも悩んだ。学術として、より完成度が高いものを求めれば求めるほど、この本は永遠に刊行できないままだと途中で覚悟を決めた。あくまでも博士論文を基礎とし、その後の調査で得た資料を追加するという形に落ち着いた。十分な分析をできなかった資料もあり、また目は通していたものの文中では言及できなかった著作や論文が多い。本書は基礎研究としての位置づけであり、それぞれの学問分野から政岡憲三という人物を研究するきっかけになってくれれば幸いである。
 なお、本書は著者が大学院時代に所属していた研究科から助成金を受けて刊行したものである。2014年の秋、助成金は14年度で最後になるとアナウンスされた。この助成金に採択される条件の一つが、14年度3月末までに刊行されることである。このころ、本書の刊行時期は未定だった。しかし、この知らせを受けて、3月末までに刊行することが決まった。そこからスケジュールを逆算して、怒涛の勢いで作業は進んでいった。そのせいか、完成した見本を手にした後で、うっかり参考文献一覧の類いを掲載し忘れたことに気づいた。読者のみなさまには何かとご不便をかける本である。
 その肝心の助成金だが、2015年度も継続することになった。その知らせが著者の元に届いたのは15年4月1日であり、最初はエイプリルフールのジョークかと疑ったほどだ。しかし、14年度で助成金が最後になるという知らせがなければ、著者は本書を刊行する最後の決心がつかなかったはずである。物事には勢いというか、時の運というものもあるのかもしれない。