第24回 「明日海りお退団」の熱狂を振り返る

薮下哲司(映画・演劇評論家)

『宝塚イズム40』が、11月27日に全国の大型書店を中心に発売されました。記念すべき第40号は、先日の24日に東京宝塚劇場千秋楽をもって退団した花組のトップスター・明日海りおのさよなら特集号です。半年に1回の刊行ペースでこのタイミングというのは、奇跡的なことだと思います。まさに神の啓示でしょうか。
『宝塚イズム』は雑誌ではなく書籍ですので、当たり前ですが原稿の締め切りはかなり前で、東京公演の千秋楽など誰も見ていない時期に原稿を書くことになります。しかし、そこはこれまでずっと明日海ウオッチャーの執筆メンバーのこと、全員がまるで千秋楽を観てきたかのように明日海のことを深く理解した原稿が集まったのには驚かされました。
 それはともあれ、明日海の千秋楽は最近の宝塚でも異例尽くしのビッグイベントになりました。千秋楽のチケットは2階最後列のB席でも30万円で取り引きされるというプレミアがつき、全国189の映画館で開催されたライブビューイングは7万人を超える動員になりました。7万人という数字は、東京宝塚劇場のほぼ1カ月の入場者数に匹敵します。
 明日海は退団公演の前に横浜アリーナでのコンサートを成功させるなどしているのだから、1カ月の公演では到底、ファン全員が見られないことは初めからわかっていたはず。ライブビューイングの数字にそれが如実に現れています。これだけのスターはこれから当分現れないかもしれませんが、宝塚歌劇の今後の発展を考慮すると、少なくとも公演回数を倍に増やすなどの配慮があってもよかったのではないでしょうか。
 105周年に2人の人気トップスターが退団するのですから、極論すれば紅ゆずると明日海りおのさよなら公演を半年ずつロングランしてもいいほどだったと思います。もちろんほかの組のメンバーも出て各組合同公演にするのです。夢のような話ではありますが、これぐらいしなければ賄えないくらい明日海の人気は過熱したということでしょうか。
 11月24日の千秋楽のパレードには1万人が劇場前に集結して明日海の退団を惜しみました。そんななか、明日海自身は「第27代花組トップスターの任務を今日終えました」とさわやかな笑顔で別れを告げました。宝塚を愛し、男役を愛した明日海らしく、最後まで凛とした表情で務め上げ、最後の最後のカーテンコールでは、「明日からはもうタカラジェンヌではなくなるので、道ですれ違ったら気軽に声をかけてくださいね」と一般人宣言をして、スタンディングオベーションをするファンたちを感激させました。
 千秋楽公演直後におこなわれた記者会見で「今後の予定」を聞かれた明日海は「結婚の予定はなく、とりあえず明日は何も予定がありません」と答えましたが、それでもやはり気になるのは退団後の身の振り方でしょう。これだけの人気者ですから業界が放っておくはずはなく、引く手あまたであることは確かで、そのなかから本人が何を選ぶかということなのだろうと思います。
 宝塚が好きで男役が好きな明日海がすぐに女優に転じるとは思えず、とりあえずコンサートのような形で復帰することになるのではないかというのが大方の予想です。個人的にはしばらくゆっくり休養して、心身ともにリフレッシュしてからコンサートなりミュージカルなりで元気な姿を見せてくれたらと願っています。
 ただ、ゆめゆめ『ポーの一族』(花組、2018年)を明日海の主演によって外部で再演するというような暴挙だけはやめてほしいと思います。元雪組の早霧せいなが退団後に『るろうに剣心』(2018年)に同じ役で出演しましたが、宝塚版とほぼ同じ脚本にもかかわらず、周囲の出演者に男性が交じると宝塚版とはまったく違った空間になりました。たかが宝塚、されど宝塚です。えらいものです。『ポーの一族』も宝塚の舞台でこそ生きえた題材だったのではないでしょうか。将来『ポーの一族』のエドガー・ポーツネルにふさわしい新たなトップスターが出現するまで大切に封印しておいてほしいと思います。
 さて、明日海が退団したいま、ポスト明日海は現れるのか。これが宝塚にとってこれからのいちばん大きな問題でしょう。紅が退団した星組は、新トップスター・礼真琴のプレお披露目公演『ロックオペラ モーツァルト』(2019年)が大阪からスタート。連日満員御礼の人気で上演中で、東京公演もいつにないチケット争奪戦が繰り広げられているようです。作品的にもクオリティーが高く幸先がいいスタートになりました。明日海の後継者になった花組の柚香光は2020年1月の東京国際フォーラムでの『DANCE OLYMPIA』からの出発になります。柚香がいちばん輝くダンスを中心にしたショーということで、こちらも期待できそうです。とりあえず星・花組には不安はなさそうです。
 ただ、新人公演クラスの若手にこれといった期待のスター候補生が、星・花組も含めた各組に見当たらないのがちょっと問題です。歌がうまい、芝居がうまいというスターはいっぱいいるのですが、宝塚ならではのスター性豊かな突出した人材が見当たらないのです。そんななかで『チェ・ゲバラ』(2019年)のフィデル・カストロ役を見事に演じた月組の風間柚乃が、今後どういう形で大きくなっていってくれるか、ポスト明日海になることができるか、見守っていきたいと思います。
 そして最後に、『宝塚イズム40』刊行記念トークイベントのお知らせです。12月18日(水)18時から東京・日比谷の東京宝塚劇場前にあるブックストアHMV&BOOKS HIBIYA COTTAGEイベントスペースで、編著者の演劇評論家・薮下哲司とOGロングインタビューを担当した演劇ライター・橘涼香さんが「明日海りお・紅ゆずるの魅力を語り、2020年を展望する」のタイトルで語り合います。月組公演観劇後にお気軽にお立ち寄りください。お問い合わせはウェブサイトか03-5157-1900まで。

 

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