薮下哲司(映画・演劇評論家。元スポーツニッポン新聞社特別委員、甲南女子大学非常勤講師)
新しい年が明けました。2017年は、宝塚的にいうと「レビュー」という名称で洋物ショーが上演された『モン・パリ』(1927年)の初演から数えて90周年という記念の年になります。宝塚大劇場ではそれを記念した月組公演、レビュー『カルーセル輪舞曲(ロンド)』を元日から上演中です。『モン・パリ』は、作者・岸田辰彌の日本からパリへの船旅をそのまま舞台に再現しましたが、今回はパリから出発して世界をぐるっと回って宝塚に帰ってくるという構成。作者の稲葉太地はニューヨークやブラジルの場面などできちんと宝塚歌劇の先人たちのレビューにオマージュを捧げ、フィナーレを大階段をバックにした男役の黒い燕尾服と娘役の純白のドレスの優雅で華やかな群舞で締めくくり、見事な宝塚レビュー讃歌になっていました。『エリザベート』(1996年初演)が大ヒットする前に初演されたミュージカル『グランドホテル』(1993年初演)の24年ぶりの再演との2本立てですが、非常に充実した内容で、現在の宝塚歌劇のパワーを存分に証明したといっていいと思います。『カルーセル輪舞曲』は、3日にはNHKBSプレミアムでさっそく録画中継されたのでごらんになった方も多いのではないでしょうか。新トップ珠城りょうの大劇場お披露目公演ですが、宝塚歌劇にとってもずいぶん晴れやかな新年のスタートになったのではないかと思います。
正月公演は以前、NHKが元日に大劇場から初日の模様を生中継していましたが、宝塚がライブDVDを発売、CSで専門チャンネルの放送をするようになってからは、いつのまにかなくなっていました。ですが、今年から再開するようです。100周年を盛況裏に終え、その後も順調なことから自信が付いたのでしょうか。守り一辺倒からようやく攻めの姿勢に転じたのは、これからの宝塚歌劇の発展にとって喜ばしいことだと思います。再開第1回の今年は生中継ではありませんでしたが、ほぼ実際の公演と同じ時間帯での放送で、臨場感にあふれていました。衛星放送とはいえ、NHKで録画中継が実現したことは、宝塚歌劇を観たことがない人たちへの格好のプレゼンテーションになったのではないかと思います。
神戸の女子大学で宝塚歌劇講座を担当して今年で11年目になります。毎回、講義の1回目に「宝塚歌劇を観たことがあるか、ないか」というアンケート調査をするのですが、観たことがあるという回答は受講生の1割にも満たないのが現実です。地元・神戸の女子大学でこれですから、全国的には推して知るべし。そんな彼女たちに宝塚の魅力を伝えるのは言葉ではありません。実際の公演を観てもらうのがいちばん。それまで彼女たちがもっていた宝塚歌劇に対するイメージは公演を観ることによって一気に払拭され、ファンになる学生が続出します。それだけ宝塚歌劇の魅力というのは独特で強烈なインパクトがあります。専門チャンネルはファンを育てるコンテンツとしては最上ですが、ファンになる前の初心者を引き付けるにはやはりNHKの全国放送に勝るものはありません。
中継放送再開がきっかけで、いつの日かまたNHKに宝塚のバラエティー番組ができて、『紅白歌合戦』でタカラジェンヌが歌うところまで発展すれば申し分ありません。大竹しのぶの「愛の讃歌」が悪いとはいいませんが、望海風斗がNHKホールで絶唱、全国の視聴者をびっくりさせたいと思うのは私だけではないと思います。
正月公演の中継の話題からとんでもないところに話が飛びましたが、2017年の宝塚歌劇はどうなるのでしょうか。小川友次理事長は雑誌「歌劇」(宝塚クリエイティブアーツ)の年頭所感で、全国のシネマコンプレックスでのライブ中継をさらに充実させるとともに、技術力・作品力など「総合力」のさらなるアップを目指すと表明しています。正月の月組公演、まずは幸先がいいスタートになったと思います。
気になるスターの動向ですが、宝塚ならではの新陳代謝をさらに積極的に加速させようとする狙いがうかがえます。今年は7月に雪組のトップコンビ、早霧せいなと咲妃みゆが退団することがすでに発表されています。100周年以降にトップになったコンビが退団するのは星組の北翔海莉、妃海風に続いて2組目。宝塚というところは本当にめまぐるしく動いているのだなあというのが正直な印象です。
昨年暮れ、花、月、星、宙の4組のスタークラスが勢ぞろいした『タカラヅカスペシャル2016――Music Succession to Next』が開催されました。年に一度の祭典で、各組のスターが一堂に会して全体的なスターランクが明確になることから毎年注目されてきました。最近はトップ、2番手以外のランクを明確にすることはほとんどなく、すべて同ランク的な扱いで、どこからも文句が出ないように無難にまとめてきた感がありましたが、今年は久々にドラスティックな動きがありました。
星組が新トップコンビ、紅ゆずると綺咲愛里のお披露目、月組も珠城がトップとして『タカラヅカスペシャル』初出演だったこともあり、各組の2番手は花組・芹香斗亜、月組・美弥るりか、星組・礼真琴、宙組・真風涼帆がラインアップ、一気に若返った感がありました。ここまではごく当たり前で順当だったのですが、第1部の後半、専科の凪七瑠海、沙央くらま、星条海斗、華形ひかるが歌い継いだ作曲家・寺田瀧雄の17回忌にちなんだメモリアルコーナーで、事態は一変しました。バックで踊った柚香光、暁千星、七海ひろき、愛月ひかるの各組3番手にそれぞれ女役のお相手が付き、それを各組の次代を担うと期待されるスターたちが務めたからです。その4人は花組・水美舞斗、月組・朝美絢、星組・瀬央ゆりあ、宙組・桜木みなとの面々でした。各組には各組の事情があり、組だけの公演ではどうしても抜擢しづらいところをこういう形で起用、劇団の期待の高さを示してみせたのはなかなかでした。これが偶然のことではないのは、12月26日に発売された雑誌「an・an」(2016年12月28日―1月4日合併号、マガジンハウス)の宝塚特集を見ても明らかです。「2017年もやっぱり宝塚が好き!」という特集記事で「いま注目の次世代スター」として登場したのがほかならぬこの4人と雪組の月城かなとでした。
『宝塚イズム35』(6月1日発売)も、そんな2017年宝塚のホットな動きをふまえて、いよいよ今月から始動します。編集会議はこれからですが、7月の『幕末太陽傳(ばくまつたいようでん)』千秋楽で退団する雪組のトップコンビ、早霧と咲妃をふまえ、彼女たちの宝塚での足跡を振り返り、今後の活躍に期待する2人のサヨナラ特集がやはり最大の目玉になることでしょう。ほかにもさまざまな新企画、タイムリーな特集を打ち出していきたいと思っています。ご期待ください。
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