鈴木洋仁(すずき ひろひと)
(神戸学院大学現代社会学部准教授。専攻は歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』〔青土社〕など)
1 なぜ、PTA会長には男性が多いのか。
暗黙の了解……
新型コロナウイルス感染拡大以来5年ぶりに本格的におこなわれた地元のお祭りに参加した。もともとどんな雰囲気だったのか、ほとんど覚えていなかった。それよりも、この連載を書いているからか、あらためて、お祭りは「男仕事」なのだなと、つくづく思った次第である。
お祭りを作ってくれている方は、そこまで「男性」に偏っているわけではないし、また、「女性」が下働きばかりさせられているわけでも、虐げられているわけでもない。なんというか、その空気が、いかにも「男の世界」だと感じる。
荒々しい、あるいは、さっぱりとしている、責任感がある……。こう書いていくと、この反対、つまり、「女々しい」、ジメジメしている、他人事感……などの点を「女の世界」だと、わたしは考えていることになるのだろうか。「女々しい」など、文字からして、いまはほとんどタブー、「放送禁止用語」ではないか。
余談ながら、「放送禁止用語」というのは、はっきりとした制度としては存在しない。共同通信社が出している『記者ハンドブック』などの用語集で、「差別・不快用語集」や「禁止語・不快用語」という項目に載せていることばを、あくまでも自主規制で使わない。それをもって「放送禁止用語」と通称しているにすぎない。
今回、書こうとしている「PTAと男性」というテーマもまた、「放送禁止用語」のような扱いだったのではないか。もう少し正確を期すなら、「なぜ、PTA会長には男性が多いのか」という疑問は差し挟んではいけない、口にしてはいけない、暗黙のタブーだったのではないか。
そんなことを、祭りの隅っこでぼんやりと考えていた。
都道府県ごとの割合
次のグラフを見てほしい。

(出典:「平成20年版男女共同参画白書」「男女共同参画局」〔https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/h20/gaiyou/html/honpen/b1_s00_01.html〕[2026年2月16日アクセス])
18年前の2008年、と、やや古いものの、都道府県別単位PTA会長(小・中学校)に占める女性の割合を示す、内閣府男女共同参画局が集めたデータである。もとより、こうしたデータを毎年公表していない、あるいは、見つけにくいところに、PTAをめぐるジェンダーの課題が象徴されているだろう。
グラフの最下部にあるとおり、この2008年時点では、全国のPTA会長に占める女性の割合は10.1%である。全国平均値を上回っているのは、わずか10都府県(宮城、埼玉、東京、神奈川、滋賀、京都、兵庫、奈良、徳島、沖縄)にすぎない。東京の段違いの高さ(46.7%)が人口の多さも相まって大きく平均を引き上げているだけで、実に78%の道府県では、90%以上のPTA会長が男性だった。全国平均の女性割合は、22年時点で、前回紹介したように17.4%まで上がっている(1)ため、このときよりは、各道府県で少しは増えているかもしれない。
しかし、そう楽観するのは早とちりである。
2008年時点で4.3%しか女性PTA会長がいなかった愛知県の県庁所在地・名古屋市では、どうだろうか。同市立小中学校PTA協議会が、23年1月に発表したデータに驚かざるをえない。
名古屋市内の小中学校PTAでは、男性の会長が97%に対して女性の会長は3%しかいません(令和2年度(2))。
2023年5月1日時点で名古屋市立の小学校は267、中学校は127、合計で394校あり(3)、同年4月に2校が統合されている(4)ため、2020年度には396校だったから、同市には、女性PTA会長は11人しかいない。「しかいない」というのは、同市の人たちにとっては心外なのかもしれない。上記の引用に続けて、次のように書いているからである。
女性が会長になりにくい原因の一つとして、「母親代表」という役割があることによって会長は男性という役割分担ができていることもあるのかもしれません(5)。
たしかに、「母親代表」に似たポジションは、名古屋以外にもある。熊本県の4つのエリア(菊池郡市、阿蘇郡市、上天草市・天草郡市、球磨郡)には、2022年11月の時点で「母親」の名称が付く役職があると、「熊本日日新聞」が報じている(6)。しかし、こうした「母親代表」なり、「母親部長」(阿蘇郡)なる役割が生まれる前提として、「PTA会長は男性」という事実があったのではないか。
2 「PTA会長は男性」の理由
あらためて、「なぜ、PTA会長には男性が多いのか」
この問いに対して、前回も引用した、行政評論家の大原みはるは、次のように分析している。
自営業者や地場の中小企業の経営者といった限られた男性が、えてして役員になりがちだし、圧倒的多数を占める女性の場合、そうした立場・職種の人を除けば、大半が専業主婦、働いているとしても短時間勤務の人が多い。
つまり根本的な原因は、現状こうした時間的条件をクリアできる人材が、圧倒的に女性に偏っているという以外の何物でもなく、問題の根源はそこにあるのだ(7)。
前回ふれたのと同じく、「平日昼間」がネックになっている、というのが大原の見解である。なるほど、男性の参加者が少なくなり、その少ない参加者は、地域の名士に近いため、そのなかから名誉職的に会長を選ぶ、ゆえに、「PTA会長は男性」だという理路になるだろう。
すると、都市部の名古屋市でわずか3%しか女性PTA会長がいない事実もまた、大原の見方で解けるのだろうか。繰り返しになってしまうが、「母親代表」や「母親部長」という役割があるから、その役割があるために、「PTA会長は男性」というわけではない。
順序が逆である。
「PTA会長は男性」と決まっているから、わざわざ「母親」に役割をあてがわなければ示しがつかない。母親には母親の名誉職的でもあり、かつ、実質的にPTAを運営するうえでのトップとして名実ともに権限を与えておかないと組織が回らない。「平日昼間」が元凶であるとしても、いや、元凶であればあるほど、なぜ「PTA会長は男性」なのかは解けない。
「父母と先生の会」
1つの仮説としては、PTAのもともとの成り立ちの反省に立っている、という見方がありえるだろう。岩竹美加子が明らかにしたように、PTAを準備したのは、「母の会」であり、婦人会だった。
PTAにつながる要素として、系統婦人会であること、連合し連絡提携をおこなうこと、横の組織と関連づけられること、個人主義を排すること、修養と奉仕の組織であることが挙げられる。PTAの煩雑な活動は、修養と奉仕、および共同体づくりを目指すものとして理解することができるだろう(8)。
岩竹の主眼は、PTAの前史としての「母」の役割が大きかったありさまを強調するところにあるものの、「PTA会長は男性」との関連では、続く、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)によるPTAの導入が興味深い。PTAは1885年ごろ、アメリカでアリス・バーニーが提唱した全米母親会議に起源をもち、第2次世界大戦後の連合国軍による占領統治で、教育の民主化の手段としてGHQによって導入される。
このとき、1947年3月に文部省(当時)の作った『父母と先生の会』というパンフレットは、いまもなお、日本のPTAの源流として語られる。この「父母」という名称は、戦前の「母の会」や「婦人会」から大きな転換を迫るものだといえるだろう。女性だけではなく男性もまた、子どもの教育に参加すべきである、それこそが、男女同権の民主化である、そうしたGHQの姿勢が、この呼び方に表れている。
PTAという呼称に代表されるように、あくまでもParents=親であり、母親とも父親とも限定していない。それをわざわざ「父母と先生の会」のように、「父」を入れたところが重要であり、岩竹は、次のように指摘する。
父母別に二本立てにされた会ではなく、父母の会であり、先生中心ではなく、先生と父母が平等な立場にあって積極的な活動をおこなうものと構想されている(9)。
教育の民主化の一つとして、父と母がまず対等であり、親として先生ともフラットな立場にいる。この点を強調するために、わざわざ「親」ではなく「父母」にした。そこであえて、これまで子どもの教育に後ろ向きだった父親を担ぎ出すために、「PTA会長は男性」という傾向が、各地で進んだのではないか。こうした仮説が成り立ちえよう。
3 なぜ、男性(だけ)がPTAを語るのか
男性による語り
前回ふれた、『政治学者、PTA会長になる』(毎日新聞出版、2022年)の著者・岡田憲治は、刊行後、「朝日新聞」の記者によるインタビューで、「PTAについて語ることは、明らかにジェンダーの問題をはらんでいます」としたうえで、次のように語っている。
父親たちが役員に増えると、空気も変わりました。父親がPTAに関わることが少なかったのは、必ずしも男たちの参加意識が希薄だったのではなく、参加の機会や条件が整っていなかったという面も大きい。前例踏襲で変えてこなかった慣習を少し変えるだけで、組織を軟化させ、新鮮な血液を送り込むことができるかもしれないということです(10)。
岡田もまた、先にふれた行政評論家の大原みはると同じく、「平日昼間」というハードルによるものだ、という環境要因を挙げている。しかし、この前段での発言は、「PTA会長は男性」の理由を考えるうえで貴重な示唆を与えてくれる。
例えばちょっと教育委員会に問い合わせする場合も、一回り年上で男性で大学教授という肩書を持つ僕と、専業主婦の女性の場合とでは、先方の対応が明らかに違ったりする。残念ですが、まだまだそういう男女の不均衡に根ざしたモードが残っている。それによくよく注意しないと、男の書くものは、自分のアドバンテージに無自覚で、手柄自慢の臭いがするようなものになってしまいがちです(11)。
PTAに関するここでの岡田の言い分は、先に述べた環境要因とつながる。教育委員会をはじめとしたPTAの外が、男性>女性という視線を送っている、というのである。これもまた、「平日昼間」と並ぶ外側の状況であり、「父親がPTAに関わることが少なかった」理由の説明としては妥当だろう。
けれども、反復してしまうものの、岡田のことばもまた、「PTA会長は男性」を説明してはくれない(12)。ヒントは、岡田がここで述べているように、「男の書くもの」という点にある。PTAに関わる人たちは、圧倒的に女性が多いにもかかわらず、PTAをめぐる語りの大部分は男によるものである。岡田にインタビューした「朝日新聞」記者の石川智也が説くように、「いわゆる「PTA本」は男性著者によるものが多く、圧倒的に男のディスクールでした(13)」。
この点は、今回の冒頭でふれた近況につながる。
わたしは、地元の祭りを「男の世界」だと感じた。この感覚は、「PTA本」にも通じる。男だけの世界、男だからこその書き方、男ならでは、の視点……。こういった、いまはポリティカルに正しくない、差別だと取られかねない感覚を抱く、その背景は、「PTA会長は男性」という点とつながるのではないか。
次回は、この問いへの岡田の答えをきっかけに、岡田自身の著書での「男のディスクール」としての特徴を、ほかの事例(「イクメン」や男性の育休)と照らし合わせながら、「PTA会長は男性」の理由を、引き続き探りたい。
注
(1)「I あらゆる分野における女性の参画拡大」(https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r05/zentai/pdf/r05_genjo.pdf)[2026年2月16日アクセス]
(2)PTA運営ガイドライン検討会議『PTA運営ガイドライン――これからのなごやのPTA』名古屋市立小中学校PTA協議会、2023年、10ページ(https://www.pta-nagoya.jp/images/202301/ptaguidelinenagoya01_u3yxba9jmkpflgs1wv7d_u3yxba9jmkpflgs1wv7d.pdf)[2026年2月16日アクセス]
(3)「令和4年度 学校基本統計(学校基本調査結果)「名古屋の学校」」「名古屋市」(https://www.city.nagoya.jp/shisei/toukei/1003703/1003773/1004041/1034906/1004043.html)[2026年2月16日アクセス]
(4)「御園小学校と名城小学校の統合に向けた取り組み」「名古屋市」(https://www.city.nagoya.jp/kodomo/schools/1027693/1016995/1016810/1016833/1016892/1016894.html)[2026年2月16日アクセス]
(5)前掲『PTA運営ガイドライン』10ページ
(6)「父親も就任、PTAの「母親部長」 地域によって残る性別役職名 「時代にそぐわない」見直しも」「熊本日日新聞」2022年11月21日付(https://kumanichi.com/articles/859289)[2026年2月16日アクセス]
(7)大原みはる「PTA参加者の「男女の偏り」を引き起こしている「そもそもの要因」――「平日昼間に強制参加」というハードル」「現代ビジネス」2022年4月7日(https://gendai.media/articles/-/93952?page=4)[2026年2月16日アクセス]
(8)岩竹美加子『PTAという国家装置』青弓社、2017年、130ページ
(9)同書136ページ
(10)石川智也「PTAを「魔界」「義務」「苦行」から解放し、再び「民主主義の学校」にするために――なぜ野党が勝てないのか、そのヒントもPTAにある 政治学者・岡田憲治インタビュー」「論座アーカイブ」2022年5月17日(https://webronza.asahi.com/politics/articles/2022051300001.html)[2026年2月16日アクセス]
(11)同記事
(12)ただし、岡田は、ここで「PTA会長は男性」の理由を説明しようとしているわけではない。
(13)前掲「PTAを「魔界」「義務」「苦行」から解放し、再び「民主主義の学校」にするために」
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