第18回 音楽とスポーツの関係

 この4月にデビューCD『夢のあとに』(MAレコーディングズ MAJ-506)を発売した枝並千花(えだなみ・ちか)という若手ヴァイオリニストがいる。私はこのCDの解説を書くために枝並本人に会って話を聞いたが、そのとき、なるほどと思ったことがあった。
  新潟県出身の彼女はクラシック大好きの両親のもとで育ち、ごく自然にピアノとヴァイオリンを始めた。並行して、テニス、水泳、スキー、剣道などのスポーツもたくさんやったという。けれども、習い事のように押し付けられたわけではなく、彼女自身はどれも気軽に楽しんでやっていたようだ。
  枝並のようにあれこれとたくさんやるというのは、どうも日本ではよくないことのように思われがちである。スポーツなどが特にそうだ。日本の伝統的なスポーツは柔道、剣道、合気道と、“道”がつくものが多い(書道、華道というのもあるが)。国技と言われる相撲は道の字がついていないけれども、特に力士は昇進のときに「相撲道に邁進する」と口にすることが多い。野球だって「野球道」などと言われることも珍しくない。
  この“道”という漢字は周囲を見ず、ひたすらまっすぐ突き進むかのような印象を与えるせいか、日本では小さいときから野球なら野球だけ、サッカーならひたすらサッカーだけに打ち込むというケースが多い。これを“一種目主義”と呼ぶ。この主義は短期間で目標を達成しやすいが、明らかなデメリットがあるという。つまり、ひとつのスポーツだけをやっていると動きがいつも同じであるため、使う筋肉と使わない筋肉が早い時期にはっきりと分かれてしまい、結果として全身の筋肉がバランスよく鍛えられないというのである。
  スポーツ医学的には、中学生くらいまでは複数のスポーツをやって身体全体の筋肉を刺激した方がいいとされている。たとえばこんな例がある。日本人で初めて短距離の国際大会でメダルを獲得したハードルの為末大(ためすえ・だい)がいる。彼は「昨日までの自分を常に疑っている」と語っているように、コーチを置かず、自分自身でトレーニング方法を試みているアスリートとして知られている。為末は『日本人の足を速くする』(新潮新書、新潮社)で、たとえば日本人と欧米人の骨格の根本的な違いから、日本人には一般的に悪いとされるガニ股、猫背の走法の方が似合っているのではないかとか、足を速くするには負荷が大きな上り坂の練習を多用するよりも、下り坂の練習の方が効果的ではないかとか、独自の論理を展開している。
  為末の著作によると、彼は中学時代、陸上部の顧問からは彼の専門であるハードルの練習を少なめにし、砲丸投げ、やり投げ、走り幅跳び、マラソンなど、陸上の全種目をやるように言われていたらしい。これは文字どおり全身の筋肉を鍛えるためだが、為末自身もこれが非常によかったと記している。
  かつての剛速球投手、奪三振の日本記録保持者、元阪神タイガースの江夏豊も為末と似ている。『左腕の誇り――江夏豊自伝』(草思社)によると、彼は中学時代には陸上部に所属して砲丸投げをやっていた。さらに彼は週3回はバレーボールの練習をし、それに加えて相撲やラグビーの大会にまで駆り出されたという。江夏自身も、このときの経験はのちに非常に役に立ったと語っている。
“道”と化したスポーツはまた、“楽しさ”とも縁が薄いような気もする。たとえば、近所でもやっている少年野球、その指導者たちの罵詈雑言は聞くに堪えないものだ。それはまるで勝ちに妄執する醜い大人の姿と言えるだろう。こうした例はテレビ番組でもときどき見かけることがあるが、なんであんな野蛮なシーンを放映するか理解に苦しむ。つい最近の「朝日新聞」の夕刊で、ボクシングの名トレーナー、エディ・タウンゼントの名前が出ていた。私がハワイ出身の日系人エディのことを知ったのは『メンタル・コーチング――流れを変え、奇跡を生む方法』(光文社新書、光文社)だった。彼は藤猛、井岡弘樹、ガッツ石松など、数々の世界チャンピオンを育ててきた人物である。ことボクシングのような格闘技だと、その指導者たちは鬼のような形相をし、竹刀を持って怒鳴り散らすのが定番である。だが、エディはまったく違った。彼はちょっとなよっぽい言葉で、うまくできると「ナイスボーイ!」と言って選手をハグするのだった。口癖は「ハートのラヴで教えるの」「ボクシング楽しいの。試合になればもっと楽しいの」だった。そのエディが竹刀を持った指導者を見て、「なんで竹刀なの? ボク、選手を殴らない」と言っていたのは当然のことだった。
  為末はスポーツだけではなく、投資にも詳しいが、その為末と似ているのがシアトル・マリナーズで活躍していた長谷川滋利だった。彼の著作『適者生存――メジャーへの挑戦』(幻冬舎文庫、幻冬舎)によると、長谷川自身、高校時代の野球部では年間に2日程度しか休みがない、まさに野球漬けの日々だった。しかし、大学時代、野球部の監督は野球漬けにはしなかった。その結果、彼には考える力が身に付き、これがのちにメジャーでの生活をする際に大いに役立ったらしい。長谷川はメジャーに行き、体格も劣るし、球速もさしてない自分がどんな練習をしたら生き残れるかを思案した。また彼は英語を勉強し、通訳なしでも取材に応じることができた。併せて「ウォール・ストリート・ジャーナル」に目を通し、株や経済の勉強もした。また、長谷川はその著作のなかで、日本とアメリカでは中学生・高校生の野球がどう違うかに触れている。彼が言うには、日本の中学・高校は組織だったプレーができているが、その時期に完成されてしまい、頭打ちのような気がする、反対にアメリカのそれは自由にのびのびとやらせておいて、そのなかで腕に自信のある者がメジャーに入り、信じられないくらいに伸びる選手も少なくない、そうだ。
  ここでやっとヴァイオリニスト、枝並の話に戻る。歌ったり楽器を演奏したりすることも全身の筋肉運動である。枝並のきれいでのびやかな音を聴いていると、小さい頃からあらゆるスポーツをおこない、自然と身体全体の筋肉がバランスよく発達した結果ではないかとも思う。さらに、この音の素直さは、彼女が音楽もスポーツも“楽しんで”やってきたからだとも考えている。やはり音楽もスポーツも根本は“楽しむ”である。もちろん、音がきれいで素直というだけで枝並の今後の活躍が保証されるわけではないが、長谷川が言うように「信じられないくらいに伸びる」ことを期待したいものである。

『夢のあとに』(MAJ-506)の内容
フォーレ「夢のあとに」
フランク「ヴァイオリン・ソナタ」
フォーレ「ヴァイオリン・ソナタ第2番」
枝並千花(Vn)、長尾洋史(p)
録音:2008年7月

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