ぶったまげた! その言葉がいちばん似合う。2月7日、東京交響楽団の定期演奏会に出演したナージャ・サレルノ=ソネンバーグである。弾いたのはブルッフの『ヴァイオリン協奏曲第1番』、指揮は秋山和慶。
ともかく、こんな破天荒なブルッフは全く初めてだ。第1楽章の冒頭、オーケストラの短い序奏のあと、ヴァイオリンが聴こえるかいなかというほどの最弱音で始まる。しかも、始まったばかりなのに、いまにも止まりそうなほど遅いテンポだ。そこから徐々にペースを上げていくのだが、その後テンポはジェット・コースターのように激変するし、間の取り方も一定ではない。ヴィブラートのかけ方も濃淡をはっきりさせ、危なっかしい音程にも遠慮なしに強烈なヴィブラートをかける。その自由奔放さは水を得た魚という程度ではとても追いつかない。音楽に合わせてナージャは所狭しと動き回る。仁王立ちになったかと思うと急に前かがみになり、激しいトリルではそれと同期するように床を靴でコツンコツンと鳴らす。オーケストラの部分になるとリズムに合わせて身体を揺らし、次にソロが出てくる個所では背筋をピンと伸ばし、楽器をやや上に向けて弾き始めたりする。音楽をするのが楽しくて仕方がない、といった彼女の気持ちがこれでもかと伝わってくる。指揮の秋山もよく彼女についていっていた。というよりも、客席で見ていると秋山もこの大波小波を楽しんでいるかのようだった。
ナージャは1994年のクリスマス、自宅で友人を招いてパーティーを開いていた。彼女はタマネギを切っていたが、そのとき誤って左手の小指を切ってしまった。その傷はあと数ミリ大きければ一生小指が動かなかったであろう、という恐ろしいものだった。そこから長いトンネルが始まった。一時は別の仕事も考えたそうだが、彼女は気を取り直して3本の指で練習したりしたそうだ(このあたりの経緯については『ナージャ/ユモレスク』、ノンサッチWPCS5095のCDに詳述した)。だが、結果としてこの試練が彼女を一回り成長させたのである。
しばらくナージャのことを聞かなくなって間もないころ、彼女は自主製作のCDを出し始めた。ひとつはチャイコフスキーとアサドの『ヴァイオリン協奏曲』(エイベックス AVCL25111)、そしてもう一つは『白熱のリサイタル』(同AVCL25112)である。ともに2004年のライヴだが、もうすっかり復活したというよりも、以前にもまして音楽は熱っぽくなっていた。むろん、ライヴ収録ということもあるだろうが、これほど生き生きとした音がCDから出てくるという例はあまりない。その後、彼女は2005年から翌年にかけて録音した『メリー・クリスマス』(同AVCL25181)も発売したが、これもいかにもナージャらしいにぎやかなアルバムだった。
でも、その自主制作から3年から5年も経過している。2月7日の公演もひょっとしたらすっかり変質したナージャを聴かされるのではという心配もあった。だが、演奏は最初に述べたとおりだ。この原稿を書いていても、第3楽章のスリリングさを思い出して胸が高鳴ってくる。EMIに録音していた頃は不良少女が突っ張っていたような雰囲気があったが、いまやその自由なスタイルを完全に独自のものとして消化してしまっている。ふと、ナージャが1988年に録音したブルッフの『ヴァイオリン協奏曲』(EMI)を久しぶりに鳴らしてみた。その当時は十分に個性的と感じていたが、このたびの演奏とは落差がありすぎる。むろん、生演奏とスタジオ収録との差はあるのだが、表現の練り具合や突き詰め方が全く異なっている。
こんな演奏をする人が、わずか2回の公演だけで(もうひとつは翌2月8日、川崎での公演)、リサイタルもない。これは全く惜しいことだ。次はいつ来るのか、具体的な予定は立っていないという。おそらくこの公演は、私にとって2009年の最高の演奏会のひとつになるだろう。
実はこの日の公演、そのわずか2、3日前にエイベックス・クラシックスの担当者から「いま、ナージャが日本に来てますよ。週末に東京交響楽団の定期に出ます」という電子メールを受け取って、初めて知った。彼がメールをくれなかったら、この日の演奏を間違いなく聴き逃していただろう。
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