太田健二
2026年3月、大学時代の友人、山本ニューこと山本展生が亡くなった。彼は私がDJをするきっかけを与えてくれた人物であり、クラブカルチャーを研究対象にして本書を書き上げることになったのも、展生によるところが大きい。
展生と出会ったのは大学入学後の新入生歓迎コンパのときだった。マッシュルームカットに、跳ね馬のロゴが入ったTシャツという風貌は、同級生のなかでもひときわ目立っていた。一方私は、東京で2年間浪人して大阪の大学に入学したこともあり、うまくなじめないでいた。そんななかで、展生に私から話しかけたのだ。
そもそも、転勤が多いごく普通のサラリーマン家庭で育った私がクラブミュージックに興味をもちはじめるまでには紆余曲折があった。週末にはクラシック音楽のレコードをステレオでかける父親やピアノを習っていた姉の影響もあってか、小・中学生のころの私は、地元の公立図書館でクラシック音楽や映画音楽のレコードを借りてはカセットテープにダビングして繰り返し聴いていた。そのころの公立図書館にはポピュラー音楽のレコードもほとんど置かれていなかったのだ。ただ、そのなかにはクラシック音楽をシンセサイザーで演奏した冨田勲のレコードなどもあり、さらには兄からYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)を紹介されたことも手伝って、次第に電子音楽に傾倒していった。高校生のころには坂本龍一関連の音楽を追いかけるようになっていたが、高校の同級生とは音楽の話がすっかり合わなくなっていた。『イカ天』(『三宅裕司のいかすバンド天国』)の放送が始まると、同級生の音楽好きは次々に楽器演奏を始め、バンドを組んでいった。音楽への興味は人並み以上にあったものの、あまのじゃくな私は楽器演奏しようとすることもなく、輸入レコードやCDを扱う渋谷のタワーレコードやWAVEにいって、手当たり次第、試聴機で洋楽を聴いた。そこでクラブミュージックに興味をいだくようになったのだった。
話をもとに戻そう。新入生歓迎コンパで展生が着ていたTシャツのロゴは、一見フェラーリのロゴに似ているが、それはクラブミュージックのなかでもテクノをリリースすることで知られるR&Sレコードのレーベルロゴなのだ。それがわかることは、まさにサラ・ソーントンがいう「サブカルチャー資本」である。クラブカルチャーに関する知識をもっていて、クラブカルチャーに興味をいだく同好の士とわかったからこそ、私から話しかけたのだった。
その後、展生と同じサークルに入って、クラブにも初めていった。なかでも、音楽雑誌「ロックマガジン」(ロック・マガジン社)などを主宰した阿木譲によるクラブM2での体験は強く記憶に残っている(のちに、展生は阿木譲によるクラブであるカフェ・ブルーのスタッフにもなる)。ミラーボールが回るきらびやかな照明の空間をイメージするディスコとは異なり、ストロボライトが瞬くだけの真っ暗闇にクラブミュージックが鳴り響くなかで、ただ音に集中して踊った。それは私にとって、クラブの楽しみの原体験になっている。
さらに、私が初めてDJすることになったきっかけも展生だった。2人で大学の学祭にDJイベントを出展したり、DJしてみたい人なら誰でも応募できるオープンDJイベントを展生が見つけてきてDJしたりした。オープンDJイベントは、いま思うととても興味深いものだった。DJそれぞれの音楽的嗜好はギターポップやジャズ、ソウル、R&B、歌謡曲など、てんでばらばらだったものの、イベントの最後にはDJ同士が手をつないで一緒に踊っていた。それは私にとって、見田宗介の「交響圏」としてのクラブカルチャーの発想へとつながる原風景だったのだろう。
展生の音楽的嗜好はテクノからグループサウンズ(GS)や歌謡曲、チップチューンなど、よりニッチなジャンルに展開していくが、その嗜好は音楽にとどまらず、「サブカル」と略称される当時のサブカルチャー全般に及ぶほど多岐にわたった。まだインターネットが普及する前であり、展生の部屋にテレビはなく、膨大な雑誌や書籍、レコードが無造作に積まれていた。そのほとんどは私が知らないサブカルチャーで、教えられることばかりだった。なかでもホラー漫画への愛着は強く、伊藤潤二の作品や谷口トモオ『サイコ工場』(リイド社)などを強く薦められたことが懐かしい。
大学卒業後に中古レコード店KING KONGでしばらく働いていた展生は、地元の三重県に戻ることになり、私との関係も次第に疎遠になっていった。ただ、X(旧Twitter)で(アカウントをしばしば変更しながら)盛んに投稿を続けていて、オンラインでやりとりすることが何度かあった。だが、旧交を直接温める機会もなく、病気のことも知らないまま、展生の最期をSNS経由で伝え聞くことになってしまったのが残念でならない。
本書の出版で、クラブカルチャーにとどまらない「サブカルチャー資本」を教えてくれた展生にわずかにでもお返しできていればいいのだが……。
『クラブカルチャーの社会学――――拡散し交差する嗜好の文化:1945-2020』試し読み