鶴岡英理子(演劇ライター。著書に『宝塚のシルエット』〔青弓社〕ほか)
いよいよカレンダーが残り1枚になりました。すでに手元にあるチケットは2019年のものが格段に多くなっていて、月日の流れの早さには驚愕するばかりの毎日です。
そんななか、そのカレンダーがラスト1枚になった12月1日、『宝塚イズム38』が店頭に並び始めました。今号の特集は「明日海・珠城・望海・紅・真風、充実の各組診断!」と題して、男役トップスターの交代が全くない年だった2018年のいまだからこそ語れる、花、月、雪、星、宙、各組の魅力と勢力分析を語ろうという企画で、それぞれの組の魅力や可能性を「我こそは!」と自負する書き手のみなさんが語っています。
とはいえいつものことなのですが、「書籍」である『宝塚イズム』の締切り設定は雑誌と比べてかなり早く、これらの原稿がすでに上がってきていて校正作業が始まろうかという段階で、花組トップ娘役の仙名彩世が2019年4月28日花組東京宝塚劇場公演『CASANOVA』千秋楽をもって退団、宙組男役スターの愛月ひかるが宙組博多座公演『黒い瞳』『VIVA! FESTA! in HAKATA』千秋楽翌日の19年2月26日付で専科に異動することが発表され、私を含め書き手たちは原稿の差し込みと修正作業に追われました。いずれもここでこのような人事が動くとは予想していなかった事態で、格別な想いがあります。
仙名彩世はこれまでトップスターになるための第一関門と考えられていた新人公演のヒロイン経験をもたずにトップ娘役の座をつかんだ人で、彼女の存在が、いまも与えられた場所で懸命に努力を重ねている、後に続く娘役たちにどれほど大きな励みを与えたか計り知れません。さらに、円熟期を迎えているトップスター明日海りおの3人目の相手役でもありましたから、明日海よりも先に単独で退団する道を選んだことには驚きもありました。けれども現在舞浜アンフィシアターで上演中の『Delight Holiday』で、一世を風靡した『アナと雪の女王』の「Let it Go」を東京宝塚劇場と変わらないキャパシティーを誇る大舞台で堂々と1人センターを張って歌いきる姿を見ていると、どこかでは満願成就のすがすがしさも感じます。あと半年、彼女のトップ娘役としての輝きを目に焼き付けていきたいと思います。
一方愛月ひかるは、同期生の芹香斗亜が二番手男役スターとして加入して以来、宙組での立ち位置に一抹の不安こそ覚えてはいましたが、芹香とは巧みに居どころを分け、なお重要な役柄を演じてきていて宙組悲願の生え抜きトップスターの期待をその双肩に担っている人という想いは変わりませんでしたから、ここでの専科異動の衝撃は大きなものでした。ただ博多座公演『黒い瞳』では、トップスターに拮抗するほどの大役であるプガチョフを演じることが決まっていますし、現在発表されている範囲での2019年の宝塚作品ラインアップを見ても、この公演には愛月が必要なのではないか?と思えるものがすでに何本もあり、二枚目役からキャラクター性が濃い役柄まで幅広く演じられる愛月が専科に異動することは、発展的思考での人事だと信じたいと思います。専科で活躍したのちに組トップとして帰還した例は過去にも多いこともあわせて、愛月の今後の活躍に期待したいです。
そんな人の動きのなかで、これは全く締め切りに間に合いようもなかったのが、星組スターの七海ひろきの2019年3月24日星組東京宝塚劇場公演『霧深きエルベのほとり』『ESTRELLAS(エストレージャス)――星たち』千秋楽をもっての退団発表でした。紅ゆずるが率いる星組では礼真琴が二番手スターとして確立していて、上級生の七海の進退に危惧するものがなかったのか?と言われれば、確かにその懸念は常にありました。しかし、星組全体のビジュアル度を確実に高めている「美しい男役」である七海の貴重さと同時に、『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』の実質的な主人公・殤不患(しょうふかん)を堂々と演じて実力面でも申し分がない進化を遂げていた七海をぜひ大切なスターとして生かしてほしいと念願していただけに、この発表には無念の想いがつきまといました。それこそ専科に異動して多彩な活躍をしてほしかったという想いはいまも消えませんが、やはりそれは七海本人の美学にも左右されることなだけに、多くを語ることはできません。ただだからこそ、限られてしまった「男役七海ひろき」を堪能できる時間を大切にしたいですし、七海本人にもファン諸氏にも、喜びにつながるはなむけが贈られることを切に願います。
こうなってくると、七海の同期生である月組の美弥るりかへの想いもまた大きくなっていますが、大劇場公演の休演で案じられた体調も無事に整ったようで、11月18日、連日立見席まで完売の大盛況のなか千秋楽を迎えた月組東京宝塚劇場公演『エリザベート』のフランツ・ヨーゼフ1世役を盤石に務める姿に接して、心から安堵しました。フィナーレ冒頭の歌手、また男役群舞の「闇が広がる」のセンターなどで魅せる美弥の華やかさは圧倒的で、やはりいまの月組の豊かさを語るのに欠かせない人材であることを、いわば不在が証明した形になったと思います。2019年、主演を務めるバウホール公演『Anna Karenina』も壮絶なチケット難公演と化していて、千秋楽のライブ・ビューイングも決定し、ますます大きな存在になっていくことでしょう。さらなる活躍に期待したいです。
そんな明日海りお、珠城りょう、望海風斗、紅ゆずる、真風涼帆が率いる各組に加えて、さらにもう一つ組が必要ではないか?とさえ思えるいまの宝塚の贅沢な陣容を語った『宝塚イズム38』では同時に「若手作家を語りたい!」と題して、小柳奈穂子、生田大和、上田久美子など期待の作家陣にもフォーカスしています。豊富なスターをどれだけ輝かせることができるかは、作家がいかに優れた作品を書いてくれるかにかかってくるだけに、こうした目線での論考も随時取り上げていきたい一つです。また、前述の月組公演『エリザベート』で大輪の花を咲かせて宝塚を巣立っていった愛希れいかが最も新しい宝塚OGスターとなりましたが、そんなOGたちの活躍を今号でも数多く取り上げています。近年では、東西に分けているにもかかわらずOGたちの活動が多彩なあまり、紙幅との兼ね合いが常に悩みの種ですが、今後も宝塚育ちの表現者たちにも丁寧な視線を注いでいきたいと思っています。
なかでも大きな柱である「OGロングインタビュー」には、女優として破竹の勢いの活躍を見せている朝夏まなとが登場してくれました。ヒロインデビューを飾った『マイ・フェア・レディ』、12月8日に初日を開ける『オン・ユア・フィート!』の話題はもちろん、宝塚時代のターニングポイント、宙組のトップスター時代、さらに現在OGとして宙組の下級生たちや宝塚歌劇全体への想いを、非常に素直な言葉で語ってくれた、8,000字に及ぶ充実の内容になっています。こちらもぜひお楽しみください。
こうして、慌ただしい師走のなかではありますが、一人でも多くの方に新刊を手にしていただけることを願いながら、変わらずに熱い想いを込めて宝塚を見つめる一年が過ぎていくのを感じる今日この頃です。
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