第9回 原点にして出発点、ルート66の一人旅【後篇】

柿谷浩一(ポップカルチャー研究者)

寡黙の裏にある真摯さ

 山Pはどこか控えめで、物静かな面がある。あまり多くを語ることなく言葉数が少ない、そうした印象をもっている人も多いはずだ。だが実際、彼は語ることにも秀でた「言葉の人」でもある。それがよくわかるのも『山下智久・ルート66~たった一人のアメリカ』の見どころである。番組は、訪れる旅先や人々との交流を中心に据えながら、ルート66をひとり運転する車内の様子、そして帰国後に収録された友人リリー・フランキーとのトークコーナーを交互にサンドする形式で毎回構成されている。そのいずれにも、山Pの「言葉」のありよう――とりわけ、その素直さがありありと感じられた。
 旅全体を振り返ってゲスト相手に話すときも、ひとりハンドルを握りながら立ち寄った先の出会いにふれて想いをつぶやくときも、そこにはまったくてらいがなく、じつにシンプルで端正な言葉でもってよどみなく話す。その山Pを見て「こんなふうに語れる人なのか」と目を見張った。
 饒舌とか話がうまいというのとは違うが、自分の気持ちや考えを明晰かつ簡潔に言語化してソツがない。そして語彙の選択も含めて、彼の言葉の流れはじつに心地よく、すーっと思考を言語にしていく感じが強い。山Pが自分で言うほど口ベタというイメージはもっていなかったが(とはいえ、それをじっくり確認する機会はこの作品以前に少なかった)、それにしても、これほど言葉に長けているというのは新たな発見だった――そう感じたのは決してぼくだけでなく、山Pが語れる人だというイメージは、そう広くは認知されていなかったはずだ。その(魅)力が存分に発揮されるのは数年後、冠番組のバラエティーや自身がパーソナリティーを務めるラジオが始まってからのことだ――。
 そんな山Pの語り(方)が魅力的に感じられる最大の理由は、おそらく自分の想いを「言葉」に乗せる、「言葉」に換える。そこに彼がとことん実直であるためにちがいない。対話相手や風景の前で言葉をなくすのと同様に、言葉を豊富に出す場でも、彼は「言葉」の前に誠実である。トークコーナーのなかで「芸能界に入っていなかったらどんな仕事をしていたか」と質問され、山Pが「もうちょっと考えていいですか?」と一拍おいて答えるシーンがある。それは考えるための時間というのもあるだろうが、やはり「言葉」にするということ、「言葉」そのものに、謙虚でまっすぐである証しに思えた。
 山Pを指してしばしば、世間は「寡黙」という。確かに人に比べれば、口数は少なく控えめだ。だがそれは性格に由来するだけでなく、山P特有の「言葉との向き合い方」も反映されてのことだと思われてならない。つまり、彼は「言葉」に対して、言語による心情表現に対して、じつに真摯なのだ。だからこそ彼が発する言葉は変に飾ることなく、「Instagram」の投稿コメントもそうであるように、心地よいまでのスマートさでもって、違和感なく人々の胸にすっと届いてくる。
 アイドルはどうしてもその存在性ばかりが注目されるが、「言葉の職業」であることも忘れてはならない。そんな点で、この作品は山下智久の「言葉のドラマ」として、彼を知るための重要な示唆を含んで刺激的かつ有意義だった。

「運命」をたぐり寄せる

 この旅で、山Pが最終的にたどり着いたひとつの答えが「You can do it」、やればできる。だからこそ、目標のためにブレずに、やるべきことへと突き進むという意思の確認だった。もちろん山も谷もさまざまに経て、ここから人々の予想を超えながら、ソロとしての彼の快進撃が本格的に始まっていくわけだが、時間がたってみると、この作品は彼の「未来」の運命をたぐりよせる。そんな奇跡ともいうべき一面ももちあわせていたことにも気づく。そのことを書き加えておきたい。
 ――作品によっては、この『ルート66』を意図的に参照したり、そこから何かしら着想を得て作られたものもあるかもしれない。だがそうした実際がどうかより、その後のさまざまな作品と「旅」とが一本の線として接続して映る、そこに感じ取ることができる「宿命」のほうが大切だ。彼にとってこの旅が、ソロ活動の単なる始まりではなく、疑いなく今後の「原点」になり、自身のモチベーションだけでなく表現活動の原動力とビジョンにもなっていった。そうなるように活動が展開されていった。その証しとして、この旅で経験したこと、この映像に収められたものが、のちの彼のさまざまな重要作品と地続きになっている。
 山Pには、この『ルート66』の時点では未発表だった一曲がある。それは、山P自身が作詞を手がけた「Dreamer」。この曲は、初のアジアツアーコンサートを収めたDVD『SUPERGOOD, SUPERBAD』(2011年)の特典映像の終盤パートでサウンドトラック的に一部が流れただけで、長く音源化が待たれていた。それが実現したのが、ソロになって数年間の集大成ともいえる初のベストアルバム『YAMA-P』(2016年)だった。そのとき公開されたMVの舞台になったのは、ほかでもなく旅で最も大きな影響を受けたと語る、アリゾナ州モニュメントバレー地域。足元がすくわれるような絶壁に孤高に立ち、延々と続く荒涼とした大地と空に対峙して歌う、勇敢ながら神秘的ですがすがしいその姿は、旅の風景体験としっかり重なっていた。
 歌詞にも「奇跡の星に生まれた命さ 何だって出来そうな そんな気がしてこないかい?」と出てくる。ここだけ切り取ってみると、いくぶん過度に壮大で現実離れした表現メッセージにも映るが、山Pが絶景を前に「大げさだけど、地球に生まれてよかった」ともらした実感、そして出会った人々にもらった夢へと突き進む勇気。それらを根拠にしていればこそ、強烈な説得力で胸に迫りくる。
 同じく旅の途中、立ち寄ったテキサス州での本格的なカウボーイ体験、さらには西部劇のショーの経験も、テンガロンハットをかぶって歌う姿が印象的な、グループ脱退後初のシングル曲「愛、テキサス」(2012年)の世界観につながっている。ほかにも、大自然と一体化するように深呼吸する姿は、テレビドラマ『アルジャーノンに花束を』の終盤、高知能のあまり死の恐怖や不安を感じることさえできず、生命の輝きと尊厳の念に満ち満ちた主人公が、森のなかで太陽に向かって両手を大きく広げて世界とつながる崇高なショットに重なるなど、ルート66の体験を背後に感じさせる演技や表現は数多い。
 ――ちなみに余談までにいうと、この旅以前に目を向ければ、山Pの代表作『プロポーズ大作戦』で主人公たちがいつも集まるアメリカンなハンバーガー店に「ROUTE 66」のプレートが象徴的に飾られていたことも思い出される。そこからみれば、アメリカ横断の旅自体が過去(の作品)からすでに宿命づけられていた感じさえして、不思議でもある。

山PからTOMOHISA YAMASHITAへ

 そしていちばん大きいのは、山Pにとってこの旅が英語を学ぶ入り口になったことだ。作品の時点では英会話の単語帳を手にするなど、旅行に必要な最低限の会話がどうにかできる程度の語学力だった。しかしその後、継続的な学習で英語力を鍛え、それを生かしてたびたび自ら海外へ出向くなどしながら、映画『サイバーミッション』やドラマ『THE HEAD』、そして近年では国際エミー賞(連続ドラマ部門)を受賞した『神の雫/Drops of God』と、グローバルな出演チャンスを手にしてきた。
 旅のゴール近く、アカデミー賞授賞式の会場として知られるドルビー・シアターの前を通るとき、「あのレッドカーペットをいつか歩きます」と宣言するシーンがあるが、その約10年後、2020年には、映画『マン・フロム・トロント』でのハリウッド進出を確かに実現してみせた。つまりこの作品は、ぼくらがよく知る日本のアイドル山Pが、世界のTOMOHISA YAMASHITA(TOMO)へと羽ばたいていく旅の序章でもあって、彼のグローバルな活躍はこのときから強く方向づけられた、そういっても過言ではない。
 役者やアイドルをキャスティングした海外旅行の番組は、「旅番組」「紀行番組」という一企画として終わることも珍しくない。だが山Pの場合、それは今後の活動と分かちがたく結び付く、立派な「作品=物語」になった。そう、『ルート66』はただの単一のコンテンツや通過点ではなく、山下智久の活動と軌跡に有機的に関わる、いわば「未来の彼を作る」、彼だけの、彼のための作品になったのだ。
 
 この旅が、彼の未来を決定づけ、未来の運命を作った。そう確かに感じられるのは、旅で得た経験を、しかと目に見えるかたちにして生かしていく。そんな山Pの努力と実践力があってのことだ。You can do it(やればできる)――その勇気や熱意を、決して抽象的なもので終わらせず、You did it(やった、あるいは、よくやった)として、着実にかたちにして成果として現実にしていく。それは並大抵のことではない。旅で見聞きしたこと、感じ取ったものを「原点」に、それをこれからの活動の駆動力にしえたのは、山下智久という人間とアーティストの力といわなければならない。
 
筆者X:https://x.com/prince9093
 
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