桑原ヒサ子
冬のドイツ観光といえば、定番は有名なクリスマス市を巡る旅だろう。クリスマス市はドイツ各都市で、旧市街の中央広場を会場にアドヴェント期間、すなわちクリスマスの4週間前から通常クリスマスイブまで開かれる。クリスマスイルミネーションに照らされる市場では、レープクーヘンやシュトレン、シュぺクラティウスといったクリスマス菓子や焼きアーモンド、焼き栗が売られ、カラフルなガラス玉やアドヴェントの星、ラメッタなどのツリー飾り、エルツ山岳地方の木製の煙出し人形のほか、さまざまな雑貨の屋台が200近くも並ぶ。体を温める飲み物といえばグリューヴァインで、これは温めたワインにシナモン、レモンの皮、チョウジ、ウイキョウを混ぜ、甘味を加えたものだ。
この時期、ドイツ観光局、ドイツ大使館、さまざまな旅行会社はこぞってクリスマス市を紹介し、ドイツへの旅行を提案する。ドイツの3大クリスマス市といえば、世界最大のシュトゥットガルト、世界最古のクリスマス市の一つドレースデン、それに世界で一番有名といわれるニュルンベルクのことで、ニュルンベルクだけでも世界中から200万人から300万人もの観光客を引き付けている。このエッセーでは、ニュルンベルクのクリスマス市に注目してみたい。
第二次世界大戦後の復興を経て、再びドイツの家庭はどこも同じようにクリスマスを祝うようになる。その定形は、『ナチス・ドイツのクリスマス』で明らかにしたように、ナチ時代に発行部数第1位だった官製女性雑誌「女性展望」がアドヴェント号とクリスマス号に掲載した記事が作り出したものだった。クリスマスがキリスト生誕の祝祭であるという理解はあるものの、クリスマスのルーツはドイツ固有の民族文化にあるという19世紀以来の「ドイツのクリスマス」という自負心がナチ時代に強化された。ナチ時代に周知された「家族のクリスマス」が戦後に復活したのと同じことが、ニュルンベルクのクリスマス市の復活にもみられるように思う。
クリスマス市が立つ中央広場には、「美しの泉」(鉄柵の金の輪を握って願い事をするとかなうという言い伝えがある)やゴシック様式の聖母教会が立つ。ニュルンベルクのクリスマス市は「クリストキンドレスマルクト」と呼ばれ、金髪に王冠をかぶり、金色の天使の服を着た(子どもたちにプレゼントを与える)クリストキントに扮した若い女性が、2人の天使を伴って聖母教会のバルコニーに現れて口上を述べる一大イベントで始まる。クリストキント役は市内在住の16歳以上の若い女性から選ばれるが、それは大変な名誉となる。
この広場の歴史をたどるのもなかなか興味深い。
ニュルンベルクの町はペグニッツ川の両岸に広がっている。12世紀によそから追放されたユダヤ人がやってきて、川の湿地帯に入植することを許される。14世紀にニュルンベルクの市壁が完成すると、ユダヤ人地区は街の真ん中に位置することになった。当時、ヨーロッパでペストが蔓延してユダヤ人がスケープゴートにされるなかで、皇帝カール4世はユダヤ人迫害を阻めず、1349年にニュルンベルクのユダヤ人地区でも迫害が起こり、560人のユダヤ人が殺害されている。1498年にはユダヤ人はニュルンベルクから放逐され、以後1850年まで家を構えることができなかった。カール4世は空になったユダヤ人地区に聖母教会を建設する許可を出したのである。
クリスマス市がいつ始まったかは不明で、残存する史料によるとその歴史は17世紀後半までさかのぼれるという。その後、18世紀にはニュルンベルクの職人のほぼ全員、約140人が市で商品を販売する権利を獲得している。しかし、19世紀末になるとクリスマス市はその意味を次第に失い、街の周辺に追いやられた。それが国民社会主義の時代になると、長い伝統があるクリスマス市は、ニュルンベルクに「ドイツ帝国の宝石箱」というイメージを与え、年間祝祭カレンダーに入れるように利用された。1933年12月4日、アードルフ・ヒトラー広場と改名された中央広場で、神々しいほどロマンチックなオープニングの祝祭がおこなわれて、クリスマス市は復活した。市立劇場の若い女優レナーテ・ティムがクリストキントに扮し、2人の天使を伴って聖母教会のバルコニーに現れ、郷土愛あふれる口上を述べると、子どもたちの合唱が続き、教会の鐘の響きで締めくくられた。
戦時中は空爆が激しくなる1943年以降のクリスマス市の開催は不可能だった。戦後初のクリスマス市は48年だというが、ナチ党と関係が深かったニュルンベルクは連合国の激しい爆撃を受けてがれきの山と化していたから信じがたい話である。いずれにせよ、ニュルンベルクのクリスマス市は戦後早い時期に、ナチスが33年にクリスマス市を復活させたときのオープニングをそのままに再開した。68年まではクリストキントに扮するのは女優だったが、69年から公募制に変更された。アドヴェントの第一日曜日前の金曜日に聖母教会のバルコニーに2人の天使にいざなわれて登場する金髪のクリストキントは、現在のニュルンベルクのクリスマス市の一大イベントになっている。
『ナチス・ドイツのクリスマス――ナチス機関誌「女性展望」にみる祝祭のプロパガンダ』試し読み