第2回 ジョン・ダン(John Dunn、1866-1940、イギリス)

平林直哉(音楽評論家。著書に『フルトヴェングラーを追って』〔青弓社〕など多数)

いまだ全貌が明らかでない

 イギリスのハル(Hull)生まれ。ハル劇場管弦楽団のコンサートマスターである兄弟(たぶん兄だろう)からヴァイオリンを習う。ライプツィヒ音楽院でヘンリー・シェラディックに師事、1875年に地元ハルでデビュー。82年にはプロムナード・コンサートに出演、1902年にはロンドンでチャイコフスキーの『ヴァイオリン協奏曲』を弾いた。また、エルガーの『ヴァイオリン協奏曲』を最初に弾いたイギリスのヴァイオリニストとされる。
 このヴァイオリニストは、わずか1曲だが、私に強烈な印象を残してくれた。それは、SP盤のコレクター、研究家で有名だった故クリストファ・N・野澤先生宅でのことだった。野澤先生がかけてくださったのはバッツィーニの『妖精の踊り』である。音質から察すると、明らかにラッパ吹き込みである。だが、とにかくその演奏の奇怪なこと! 恐ろしくゆったりと始まるのにまず驚いたが、中間部ではテンポががくんと落ち、聴いたこともないような不思議な世界が展開されたのだ。ジョン・ダンの名前をそのままもじって、「冗談だろ!」と言いたいくらいだ。そもそも、この『妖精の踊り』とは速く弾いてなんぼのような曲である。それを、その反対をいき、さらに自在にテンポを変化させているのだ。聴かせてもらった盤はEdison Bell 536だと思うが、以後、自分も手に入れたいと思って探したが、いまだに見つからない。
 現在、CDで聴けるダンの演奏は、Symposium 1071に入っているサラサーテの『サパテアード』(録音:1909年)だけだろう。これはスペイン情緒たっぷりの演奏で、これだけでも彼が個性的なヴァイオリニストだというのは理解できるが、バッツィーニほど衝撃的ではない。ダンはほかにバッハの『G線上のアリア』やショパンの『夜想曲』なども録音しているが、ある程度まとまって聴ける日がくるだろうか?

 

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