第17回 月組、美弥るりか休演に思う

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 地震、大雨、台風と日本中、大変だった2018年の夏も終わりを告げ、ようやく秋らしくなってきました。宝塚大劇場も地震のときは「ショー・マスト・ゴー・オン」(小川友次理事長)と誰もいない劇場で公演を強行、ファンからの苦情が殺到して、さすがに台風のときは3時の回を休演するなど、危機管理のもろさが露呈されました。そんななか月組公演、ミュージカル『エリザベート――愛と死の輪舞(ロンド)』(潤色・演出:小池修一郎)宝塚大劇場公演でフランツ・ヨーゼフ役を演じていた美弥るりかが、9月22日から26日まで休演するという“事件”が起きました。
 初日に観劇したとき、ソロパートで高音が思うように出ておらず、音域が広い楽曲に思いのほか苦戦している印象で、やはり『エリザベート』という作品は一筋縄ではいかないのだなあと再認識していたのですが、やはり美弥自身の声の調子が本調子ではなかったということが、この休演でわかったのでした。
 出演者の休演は毎公演のようにありますが、今回のようなスタークラスの途中休演は最近では珍しいことです。『エリザベート』では2003年花組の東京公演のとき、退団公演だったエリザベート役の大鳥れいが体調を崩して休演、新人公演で主演した遠野あすかが急遽代役に立ったことがありました。新人公演では、カットされた曲があるため必死に覚え、やっと終わったと思ったら「まだフィナーレがある」と言われ、「やったことがなかったフィナーレがいちばん大変だった」とのちに聞いたことがあります。
 代役稽古は普段はおこなわれませんが『エリザベート』の場合は、不測の事態を考慮して必ずおこなわれていて、今回もそれが功を奏し、代役初日となった22日は2回公演とも15分ずつ遅らせて開演、フランツ役の月城かなと、ルイジ・ルキーニ役の風間柚乃らが熱演、主演のトート役の珠城りょうやエリザベート役の愛希れいかを筆頭に全員が一つのものを作り上げる緊張感にみなぎって、すばらしい出来栄えだったそうです。
 とはいえ、今回の休演騒動の裏に出演者たちの過酷なスケジュールが原因の一つに挙げられるのは想像に難くありません。このところの宝塚の過酷なスケジュールは想像を絶するもので、一般の企業ならとっくにブラックといって過言ではないでしょう。
 ちなみに今年の月組は1月が稽古、2、3、4月が宝塚大劇場と東京宝塚劇場で本公演、5月から3班に分かれて稽古、6月が赤坂ACTシアターなどで公演、7月が稽古、8月から『エリザベート』と休みなしのスケジュールが組まれていました。
 関係者の話では、美弥の場合「2、3、4月のショー『BADDY(バッディ)――悪党(ヤツ)は月からやって来る』(月組、2018年)で両性具有のような役を熱演して連日声を酷使したことで疲労がたまり、その後、休みなしに稽古、公演が続いたために、喉を休めることができなかったことが原因ではないか」といいます。
『エリザベート』は8月23日に開幕しましたが、その前の稽古の時点で、珠城、美弥らの喉の調子が本調子ではなかったため、ずっと声を出さない状態での稽古が続けられていて、演出の小池氏が初日を前にかなり焦っていたという話も伝えられています。
 完全な本調子に戻らないまま開幕してしまったわけですが、そのつけが1カ月後にまわってきたということでしょうか。休演する2日前、20日の終演後に2019年の宝塚バウホール公演『Anna Karenina(アンナ・カレーニナ)』のポスター撮影があり、それが深夜にまでずれ込み、翌21日の公演で美弥が声の異変を訴えたことから、急遽、新人公演でフランツを演じた輝生かなでが歌だけ吹き替えることになり、事なきを得ました。一日、様子を見たのですが、結局、22日から休演という最悪の事態になってしまいました。代役公演の決定は当日の朝9時。それから代役の場当たり、黒天使などの役替わりと、舞台裏は大変だったようです。出演者の体調管理の問題も浮き彫りになりました。
『雨に唄えば』(月組、2018年)に続いて『エリザベート』というスケジュールの立て方にもやや問題ありというほかありません。どちらもしっかりとした海外ミュージカルで、本来はじっくり時間をとって稽古してから本番という作品ばかり。それを1カ月あるかないかの短い稽古期間で上演という普通では考えられないサイクルで回しているのが宝塚。それをやってしまえるのも宝塚ということもいえますが、生徒たちの宝塚愛に製作サイドが甘えていて、ついつい無理をさせてしまうのだと思います。
 2019年も『ON THE TOWN(オン・ザ・タウン)』(月組)や『20世紀号に乗って』(雪組)などのミュージカルが次々に予定されています。これらはもともと宝塚のために作られたミュージカルではないので、女性だけで演じる宝塚では無理なナンバーがあります。とはいえ振りやキーを変えるとクオリティーが落ちるため、結局、出演者が無理してしまうのです。第2の美弥を出さないためにも、もう少し余裕をもったスケジュールを立ててほしいものです。
 さて『宝塚イズム38』(12月1日刊行予定)がいよいよ始動しました。現在、続々と原稿が集まってきている段階ですが、花組のトップ娘役・仙名彩世の退団が、原稿締め切り後に発表されました。これからそれをどうはめこむか頭が痛いところですが、常に動いているのも宝塚、どういうふうに料理されるか『宝塚イズム38』にご期待ください。

 

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