13年を費やして30人を発掘。続篇も13年かかる?――『必聴!ヴァイオリニスト30――魅惑の音色を発掘する』を出版して

平林直哉

 10月3日に新刊『必聴!ヴァイオリニスト30――魅惑の音色を発掘する』が届いた。単著はこれで9冊目だ。8冊目の『クラシックの深淵』(青弓社、2021年)と同様に、今作もまた真夏の、しかも酷暑での校正作業になった。大変だとはいえ、しょせんはエアコンをフル稼働しての作業だし、自分の著書の校正だ。不満などあるはずがない。ところが……。
 執筆した原稿が校正ゲラに印刷され、そこに著者と編集者の朱字が入り乱れる。こうした制作工程は以前とまったく変わらないし、書籍になるまでのワクワク感・ドキドキ感もいつもと同じだ(「なんだかんだ言っても、いまがいちばん楽しいんだよねー」)。しかしながら、今回はひとつの本をまとめあげる大切さと重さを、それこそ心に突き刺さるくらいに強く感じた。
 本書の「おわりに」にも書いたように、原稿の大半は青弓社の連載読み物サイト「WEB青い弓」に掲載したものに加筆・修正を施したものである。サイトに掲載する時点ではもちろんベストを尽くし、並行して編集者のチェックも入っている。これらに書き下ろしを加えて一冊にまとめる際には、連載第1回から各回の時間が経過したことによって派生した事柄の修正程度に収まるだろうと想定していた。ところが、実際に作業を進めていくと、まず気づかされるのが自分の脇の甘さである。見落としや誤認が多数見つかる。さらに、編集者から多くの疑問点が指摘された。それらを解明するために調べていくと、別の不明点や疑問点が、それこそ湧いて出てくるという状態だった。
 日常的に感じていることでもあるが、今回の作業を通じても明らかになったインターネット上にあふれている情報の不正確さにはあらためて驚かされた。何かを調べるきっかけを作るのにインターネットは便利ではあるが、そこに書いてある事柄に関しては何重にもチェックしなければならない。
 周囲にはSNSの有効活用をささやく人も少なからずいる。しかし、ブログにしろYouTubeにしろ、編集者のような第三者の目を通過したものはほとんどなさそうである。垂れ流し状態といってもいいだろう。実際、ブログやYouTubeのなかには明らかな誤りや認識不足、出典不明の怪情報などがあふれている。これを自分の原稿に例えていえば、いちばん最初に書き上げたものをそのままインターネット上に投稿したり、ないしはしゃべったりすることと同じだろう。冷静に考えれば恐ろしいことである。公表するからには慎重のうえにも慎重に、と「人の振り見て我が振り直せ」を痛感している。
 ともあれ、「あまり知られていないヴァイオリニストの個性的で魅力にあふれた演奏を紹介する」という当初の目的がかなり達成できたことには安堵している。既存のガイドブックとは異なり、有名どころをあえて外した意図を理解してくれるファンが増えることを期待したい。
 ひとつだけ補足しておきたい。それはイェリ・ダラニの項目にあるコルティ作曲『グラーヴェ』である。SPのレーベル面にはコルティしか表記がなく、カタログなどの資料もすべてこれに準じている。ところが、最新のビダルフのCD(85056-2)では、作曲者はヴェラチーニで、コルティは編曲者なのだと記されている。これに気がついたのは校正締め切りの間際のことであり、本当にヴェラチーニが作曲者なのかを調べる時間がなかったことと、オリジナルのSPを探す際にはコルティのままでないと検索してもヒットしなくなることなどを考慮し、あえてそのままにしておいた。そもそも、ビダルフのCDはSP復刻なのだから、この情報は解説文だけではなく、曲目一覧に添えるべきものだろう。
 なお、「おわりに」では本書で取り上げた音源についても触れている。実は、CD制作用のマスターはすでに完成していて、ジャケットも原稿がほぼ完成し、使用予定の写真類もそろえている。いずれは発売するつもりで準備してはいるが、必ずしもそうなるとはかぎらない。というのは、そもそも本書で紹介した音源の大半は著作隣接権が切れているので、誰でもがSNSにあげたり製品化したりすることが可能である。いつでも自分が一番乗り、先駆者になろうと思い込みすぎないほうがいいのではないか、と思っている。さて、どうしたものかと思案中である。
 
『必聴!ヴァイオリニスト30』試し読み