第14回 ユーディス・シャピロ (Eudice Shapiro、1914-2007、アメリカ)

平林直哉(音楽評論家。著書に『クラシックの深淵』〔青弓社〕など多数)

多方面で活躍したアメリカの逸材

 最近、活動を再開した復刻盤専門レーベルのビダルフだが、そのなかで琴線にふれたのがユーディス・シャピロのCD(85025-2)だった。このCDに収録されたモーツァルトの『ヴァイオリン協奏曲第5番』が強烈だったので、この人に関して、全く突然に調べたくなったのである。
 シャピロはニューヨーク州バッファローの生まれ。幼いころから才能を発揮し、12歳でバッファロー・フィルハーモニー管弦楽団と共演。イーストマン音楽学校で学んだあと、フィラデルフィアのカーティス音楽院に入学、エフレム・ジンバリストのクラスに入る(シャピロは女性で唯一加入が許された)。一時期ニューヨークに滞在したあと、ロサンゼルスに移住、ハリウッドでの仕事を始める。ハリウッド・スタジオのオーケストラで初めて女性のコンサートマスターに抜擢され、のちにパラマウント・オーケストラのコンサートマスターも務める。RCAビクター交響楽団ではヤッシャ・ハイフェッツのセッション録音の際にコンサーマスターも務めたが、ナット・キング・コール、フランク・シナトラ、エラ・フィッツジェラルドら、ポピュラー音楽の大御所のバンドでも活躍した。
 アーロン・コープランドや ルー・ハリソン、ダリウス・ミヨーなどの現代作品を積極的に演奏し、イーゴリ・ストラヴィンスキーともたびたび仕事をしていた。さらに、彼女の夫でチェリストのヴィクター・ゴットリーブとともに1943年に結成したアメリカン・アート四重奏団の第1ヴァイオリン奏者としての任務も、シャピロにとっては非常に重要だった(1963年、ゴットリーブの他界とともに活動は停止してしまう)。
 以上のように、シャピロはソロ、室内楽、映画音楽、ポップスと多方面で活躍していたが、その活動は単に幅広いものではなく、常に一流の音楽家たちとのふれあいだった。
 冒頭でふれたモーツァルトの『ヴァイオリン協奏曲第5番』は1944年8月のライヴ(フランク・ブラック指揮、NBC交響楽団)であり、復刻の素材はアメリカ軍の慰問用レコードである。音は多少古めかしいが、ソロは鮮明に入っている。シャピロのヴァイオリンはヴィブラートが大きく、そして速い。実に伸びがある力強い音であり、ほのかな甘さもある。第1楽章、ぐいぐいと突き進むような覇気があふれる運びであり、とても濃い音楽だ。第2楽章も、広々とした空間に響き渡るような太くたくましい音色で、朗々と歌い尽くしている。最近は古楽器派の薄味演奏ばかり聴かされていたので、耳にはとてもいい栄養になった。第3楽章も、生き生きとした跳躍ぶりがいかにも楽しげだが、ふとテンポをゆるめ、ひと呼吸置く巧さにも感心した(同様の手法は第1楽章にもある)。
 解説によると、現在確認されているシャピロ唯一の協奏曲録音だという。こんなにすばらしいモーツァルトを聴いてしまうと、ほかの曲はどこかにないのか、とぼやきたくなる。
 協奏曲の次に収録されているのはアメリカン・アート四重奏団による小品が7曲。まず、最初のメンデルスゾーンの『スケルツォ』、この勢いと音の粒立ちのよさにはちょっと驚かされる。続くチャイコフスキーの『アンダンテ・カンタービレ(弦楽四重奏曲より)』やフーゴー・ヴォルフの『イタリア風セレナード』なども、シャピロの個性的な音が発揮されていて、ほかの演奏とはひと味もふた味も違っている。弦楽四重奏は4人の奏者の音色が平均化されているのが近代の主流だが、このシャピロのように、第1ヴァイオリンに個性的な奏者がいたほうが面白いと思う。以上の7曲は1953年の録音。
 最後の2曲はヴィクター・ヤング。ポール・ウェストンとそのオーケストラの伴奏によるムード音楽。1958年の録音で、これだけステレオだが、ムード音楽特有のエコーがかかった音である。したがって、シャピロの音は風呂場のなかで響いているような感じだが、彼女のうまさは十分に伝わってくる。
 同じくビダルフからは2枚組み(85026-2)もほどなく発売された。1枚目にはブラームスの『3つのソナタ(第1番―第3番)』とエルネスト・ブロッホの『バール・シェム組曲』(ピアノはラルフ・バーコヴィツ。1957年録音)を収録。ブラームスはともに力強くしなやかな演奏だが、なかでも最も成功しているのは『ヴァイオリン・ソナタ第3番』だろう。より自由な息吹が感じられる。ブロッホも、シャピロの個性がよく出ている。 
 2枚目にはベーラ・バルトークの『狂詩曲第2番』と『ルーマニア民俗舞曲集』、ミヨーの『ブラジルの郷愁』、モーリス・ラヴェルの『カディッシュ』(ピアニスト、録音データは1枚目と同じ)が入っているが、このなかでバルトークの『狂詩曲第2番』での切れ味と、ミヨーの表現の多彩さは特に聴きものだと思った。
 ストラヴィンスキーの『デュオ・コンチェルタンテ』『ディヴェルティメント(「妖精の口づけ」より)』は1962年のステレオ録音(ピアノはブルック・スミス)。ステレオの恩恵もあって、シャピロのよりいっそう透明な音色が楽しめるが、演奏自体はその昔に比べると落ち着きが感じられる。演奏、音質ともに『ディヴェルティメント』が傑出している。
 最後の2曲はムード音楽(ステレオ、1958年録音)で、フリッツ・クライスラーの『わが瞳に輝ける星』、ハインツ・プロヴォストの『間奏曲』(ともにポール・ウェストン編)、伴奏はポール・ウェストンとそのオーケストラ。全体的な音質や演奏内容は1枚ものの2曲よりも優れていて、この方面でもシャピロは一流だったことが聴き取れるだろう。
 以上、2点(CD3枚分)は協奏曲を除いて、すべて市販盤LPからの復刻である。LP特有のノイズはうまく処理されているが、なかにはちょっと音を削りすぎかと感じる曲もある。ただ、全体的には大きな違和感はなく、シャピロがどんなヴァイオリニストだったかを知るためには十分な内容だろう。
 なお、同じくビダルフからはアメリカン・アート四重奏団によるハイドンの『弦楽四重奏曲「ひばり」』、ベートーヴェン『弦楽四重奏曲第10番「ハープ」』、モーツァルトの『クラリネット五重奏曲』(ベニー・グッドマンのクラリネット)を収録したCD(BIDD85011)が発売されていることを付記しておく。

 

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