薮下哲司(映画・演劇評論家)
宝塚愛にあふれる『宝塚イズム46』(薮下哲司/橘涼香編著)が発売されました。今号は2023年6月に退団する宙組トップコンビの真風涼帆、潤花にスポットを当てて特集を組んでいます。真風は06年初舞台の92期生。今年で在団18年目、トップ就任5年を超え男役として円熟期を迎えたスターです。20年からのコロナ禍で公演スケジュールが大幅にずれこんだ影響で、在任期間が延びた間にすっかり貫禄もつき、いまや宝塚を代表するトップ・オブ・トップスとしての存在感も漂わせてきました。
『宝塚イズム46』ではそんな真風のデビュー当時から星組の新人時代、宙組での二番手時代から宙組トップの現在までの魅力の変遷を様々な角度からフォーカス。加えて相手役の潤花との奇跡の巡り合いによるコンビの相性論までもれなく網羅しています。
真風は、入団当初から、スラリとした長身と当時人気だった雪組のトップスター水夏希に似たすっきりとした容姿で一躍注目を浴び、星組に編入されてすぐ新人公演の主演に起用されるなど、正統派貴公子タイプの男役として早くから劇団の期待を一身に担い、その後も順当に推移して宙組のトップスターに就任しました。いかにも宝塚の男役らしいスターなのですが、トップになってからの作品群に真風ならではのこれといった代表作がなく残念に思っていた矢先、サヨナラ公演の演目がイアン・フレミング原作による007シリーズ第1作『カジノ・ロワイヤル』(脚本・演出:小池修一郎)の舞台化に決まり、真風がどんなイギリス諜報員ジェームズ・ボンドに変身してくれるのか期待に胸が弾みます。
そんな真風に新年早々とんだ逆風が吹き荒れました。昨年2022年の暮れ、ポスト小池修一郎の一番手的存在だった若手演出家・原田諒氏に、宝塚歌劇団から阪急電鉄への突然の異動辞令が出たことがきっかけで、某週刊誌がその理由を原田氏のパワハラが原因だったと報道し、結果的に原田氏が退職、決まっていた外部の仕事からも名前が消えるという騒ぎに発展しました。劇団はその事実を調査しながら内部で処理したのが裏目に出てしまいました。同週刊誌はその第2弾として1月に入って真風の娘役に対するいじめ疑惑を報道、ファンの間でまたまた大きな波紋を呼んだのです。
記事は1月10日、真風が東京国際フォーラムホールCでリサイタル『MAKAZE IZM』(構成・演出:石田昌也)の初日を開けたばかりのタイミングで掲載されたことから、記事が出た翌日に真風が舞台上からファンに向けて「お騒がせしてすみません」と謝罪する異例の事態となりました。笑顔で記事の内容を否定、その誠実な対応ぶりに真風への同情が集まり、逆に好感度がアップ、いつにない劇団の対応の素早さに驚かされましたが、逆風を見事にかわしたのは喝采ものでした。
宝塚は創設以来「清く正しく美しく」をモットーに、観客にひとときの間、美しい夢を提供することを第一に、内部をベールで覆い「すみれコード」といわれる自己規制でマイナスイメージになるものから守ってきました。ただ、コンプライアンスが重要視される昨今、これが内側から崩れてきていることが、先の2件で明らかになってきました。イメージを守ることの大事さはよくわかるものの、宝塚ももう少し開かれた感覚で物事を推し進める時代にきているのではないか、今回の事件の教訓としてそんなことを思った次第。このままではまた同じことが繰り返されるのではないかと杞憂するのです。
さて『宝塚イズム46』ですが、真風×潤のサヨナラ特集のほか、2022年12月末で退団した元雪組の娘役トップ朝月希和への惜別と彼女を受け継いで2月の御園座公演からトップ娘役に就任する夢白あやへの期待も小特集でつづり、加えて各組の公演評、新人公演評、OG公演評なども充実。OGインタビューは元月組トップスター霧矢大夢と元雪組娘役トップ咲妃みゆという珍しい組み合わせによる対談形式のインタビューです。イギリス・ロイヤルシアターの日本初演ミュージカル『マチルダ』にかける2人の意気込みが、タカラジェンヌ同士の楽しい語らいのなかで浮かび上がります。ぜひご一読ください。
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