第25回 礼真琴と柚香光、お披露目公演への期待

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 105周年という節目の年に星組の紅ゆずる、花組の明日海りおという人気トップスター2人が連続退団して、大きな穴がぽっかりあいたような寂寞感が残るなか、宝塚歌劇は2020年を迎えました。年頭の小川友次理事長の会見によると、紅と明日海の退団もあって観客動員はさらに伸びて、19年は280万人を超え、史上最高の記録を達成したそうです。近年、力を入れているライブビューイングも明日海の千秋楽は全国で6万人の新記録になったといいます。東京宝塚劇場のチケット争奪戦はより深刻で、転売によるトラブルが後を絶たず、100周年以降の宝塚人気が頂点に達したかのようです。
 2人の人気スター退団後、この好調をどのように持続するかが2020年の大きな課題ですが、トップスターが退団しても、すぐそのあとに新たなスターが生まれ、新たな時代が始まるのが宝塚歌劇。この繰り返しで宝塚歌劇は105年間にわたる盛況を保ってきました。現に1月には花組の新トップスター・柚香光がお披露目公演『DANCE OLYMPIA』を東京国際フォーラムで華々しくスタートし、連日満員の人気で熱気あふれる舞台を繰り広げました。
 スターの新陳代謝の繰り返しこそがほかの劇団にない宝塚歌劇の特徴です。誰が次のトップになるか、中身よりもそんな人事的興味だけで宝塚歌劇が楽しめることは誰もが納得するところです。昨今のSNSの普及とともにファンによるスターの青田買いはますます過熱しているようです。
 ということで、トップスター2人が退団するということは2人の新トップスターが誕生することにつながるわけで、次代のスターがどのように成功するかが、宝塚存亡の鍵にもなるわけです。それだけにトップお披露目公演の選択は宝塚歌劇の今後を占う重要なものになります。お披露目公演はサヨナラ公演と違って客足が思ったほど伸びないというのもこれまでの通例です。宝塚ファンには早くから知られているスターでも、宝塚ファン以外はトップスターになったときにはじめて名前を知る新人。よほどのインパクトがないと都会から遠く離れた2,500人収容の宝塚大劇場に、宝塚ファン以外を巻き込んで連日満員にすることは至難の業なのです。
 そこで近年は、新トップのお披露目公演には宝塚ファン以外にもよく知られる大作の再演をぶつけて新トップを作品面で応援することがセオリーになっています。観客動員が好調に推移している100周年以降の新トップお披露目公演を振り返ってみてもこんなラインアップです。

 2014年8月、花組 明日海りお『エリザベート――愛と死の輪舞』
 2015年1月、雪組 早霧せいな『ルパン三世――王妃の首飾りを追え!』
    8月、星組 北翔海莉『ガイズ&ドールズ』
 2016年5月、宙組 朝夏まなと『王家に捧ぐ歌』
 2017年1月、月組 珠城りょう『グランドホテル』
    3月、星組 紅ゆずる『THE SCARLET PIMPERNEL』
   11月、雪組 望海風斗『ひかりふる路――革命家、マクシミリアン・ロベスピエール』
 2018年3月宙組 真風涼帆『天は赤い河のほとり』

 雪組の早霧せいなのお披露目公演が『ルパン三世』、望海風斗が『ひかりふる路』、そして宙組の真風涼帆が『天は赤い河のほとり』と新作です。しかし、『ルパン三世』『天は赤い河のほとり』は漫画がベストセラーでよく知られた作品ということを差し引けば、フランス革命の立役者マクシミリアン・ロベスピエールを主人公にした『ひかりふる路』が唯一オリジナルの新作で、それ以外はすべて再演の大作です。それ以前も月組の霧矢大夢が『THE SCARLET PIMPERNEL』(2010年)、花組の蘭寿とむが『ファントム』(2011年)、月組の龍真咲が『ロミオとジュリエット』(2012年)、雪組の壮一帆が『ベルサイユのばら』(2013年)とお披露目公演はすべて知名度がある一本立ての大作でした。
 新トップスターの大劇場お披露目公演が動員的に不安であることの証しですが、近年はそれを見越して、大劇場お披露目公演の前に、外箱公演で肩慣らし的なプレお披露目公演をおこなってある程度知名度を上げてから大劇場に乗り込むというのが通例化してきました。珠城りょうの『アーサー王伝説』(月組、2016年)、紅ゆずるの『オーム・シャンティ・オーム――恋する輪廻』(星組、2017年)、望海風斗の『琥珀色の雨にぬれて』(雪組、2017年)全国ツアー、真風涼帆の『WEST SIDE STORY』(宙組、2018年)という具合です。
 紅と明日海の後を継ぐ星組の礼真琴と花組の柚香光も例にもれず、プレお披露目公演が用意されました。礼が『ロックオペラ モーツァルト』(星組、2019年)、柚香が前述の『DANCE OLYMPIA』です。『ロックオペラ モーツァルト』は歌が得意な礼に合わせたロックミュージカル、『DANCE OLYMPIA』はダンスが得意な柚香のためのダンスコンサートと、2人の個性にぴったりの演目が用意されました。そして、大劇場のお披露目公演は礼が『眩耀(げんよう)の谷――舞い降りた新星』(星組、2020年)、柚香は『はいからさんが通る』(花組、2020年)です。
『はいからさんが通る』は、柚香が二番手時代に主演して当たり役になったヒット公演の再演ということで、柚香のための企画としてはうってつけだと思いますが、礼のお披露目公演になった星組『眩耀の谷』には少々驚きました。新トップのお披露目公演に動員数などが読みづらいタイトルの新作です。作・演出・振付を担当する謝珠栄の先祖に材を取った紀元前800年ごろの中国大陸を背景にしたオリジナルの新作。流浪の民・汶族を滅ぼした周は、新しく赴任した丹礼真に汶族の聖地〝眩耀の谷〟探索を命じるが、礼真はそこで美しい舞姫・瞳花と運命の出会いをして……というストーリーです。「新トップコンビ、礼と舞空瞳のために書き下ろした幻想的な歴史ファンタジー」というのが売り文句ですが、これは大きなチャレンジだと思います。3回の台湾公演を成功裏に終え、台湾や香港でのライブビューイングが盛況で、インバウンドの観客が増えていることで、アジア人向けに選んだ作品のような気もします。新トップコンビのお披露目公演としてどういう結果が出るか、今後の宝塚にとって大きな試金石になる公演のような気がしています。いずれにしても、100周年以来毎年動員数を記録更新しているいまだからしかできない冒険なのかもしれません。開幕は2月7日。大いに注目したいと思います。
 さて『宝塚イズム』では第40号刊行記念として、去る12月18日に東京・日比谷のHMV&BOOKS HIBIYA COTTAGEのイベントスペースで、橘涼香さんの司会でトークイベントをおこないました。狭いスペースに満席の70人の方々が参加してくださり、約1時間半の読者との初めての交流は盛況に終わりました。そのときにいただいたさまざまなご意見を参考に、次号の編集作業に取り組んでいきたいと思っています。本当にありがとうございました。機会があればぜひまた開催できればと思います。

 

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