サックスを身近に感じてください――『まるごとサックスの本』を書いて

岡野秀明

 2012年6月、青弓社の編集の方から書籍刊行のオファーが届きました。根が偏屈で疑り深い性質なので「自費出版」の誘いかと身構えたところ、そうではないことがわかり会ってみることに。

 すると、先にヴァイオリンやピアノについての「まるごと本」があり、その何匹目かのドジョウになるかもしれないとの企画(失敬!)にどういうわけか私に白羽の矢が当たったということが判明します。
 しかし! いまやサックスは非常にポピュラーな楽器になり、いまさら私みたいなヘッポコ野郎がそんな広く市民権の行き渡った楽器についてえらそうなことが書けるはずはないので、「えらそうではないこと」を書いてみることで、世の中の数多あるサックス関連書籍と差異化を図ろうとしてみたのが本書『まるごとサックスの本』であります。

 つまり、表現者としてのミュージシャンは「超絶フレーズ集」「テクニック大全」といった楽器コントロールにおける技術的なことや模範演奏音源付きの「楽譜集」をリリースしていて、広く音楽業界からは音楽大学の先生方や楽器メーカーからのニュースを含めた、サックスの吹奏法・練習方法や新しい楽器や周辺機器、果ては消耗品までにいたるさまざまな情報がサックスを取り巻くトレンド集の塊のごとく業界雑誌として毎月のように発行されています。
 ですので、私がなんらかの情報を書籍の形で発信していこうとすれば、こうしたサックスの「送り手」側からの情報ではなく、「受け手」つまり「買う方、習う方、落ち込む方」の目線を重視した、サックスに取り組む方のいわば「側面支援本」とするのが編集方針の軸になると思ったのです。
 すると、案外そうした受け手側の情報でまとまった本、というのはあるようでなく、執筆開始1年半後、刊行後まもなくして「こういうサックスについての本が読みたかったのだ」「サックスを始めたくて悶々としていた背中を押してくれた」といったご感想をいただいて、この機会を得たことに深く感謝感激している次第であります。

 サックスにかぎりませんが、そもそも楽器を「ある程度楽しめるようになる」というのはそんなに簡単なことじゃございません。私も30年付き合っていますが、まだまだ納得いくような扱いはできていません。長年吹いている人間でさえしばしばこの事実に直面するのです。にもかかわらず、こと初心者さん(本書では「初心者以前さん」という表現も用います)が「音感悪い自分はダメだろうな」「譜面読めないし」「肺活量ないし」と言いながら、実は【楽器を始めたくてウズウズしている人】がものすごく多いのです。こうしたみなさんはサックスに挑戦し始める、または吹き続けることは無謀なんでしょうか?

 ミュージシャンが手ほどきする「技術」を自家薬籠中の物にし、音楽業界がリリースする「適切なる情報」で武装しなければサックスを吹いてはいけないのか!?
「キラキラの見てくれがよかったから買っちゃった」「彼女の前でいいカッコしたいからとりあえず買ってみた」。私はそんなきっかけでサックスを手にしたあなたを応援する立場です。動機が不純だっていいじゃないですか。本書では楽器業界に叱られそうなことも書いていますが、楽器店で推薦されたフランス製の高い楽器なんか無理して買うことないです。「長く続けるならそれなりのレベルのものを」という理屈もなくはないですが、現在台湾製のサックスはかなり「使える」ようになりました。中古だってきちんと調整されたものであれば何の問題もありません。
 クリスマスのイベントで、会社のパーティーで、ママ友の女子会で、「え、サックス始めたんだ、聴かせてー!!」と言われ、恥ずかしがりながらも演奏する楽しみに一途になれる。楽器ってこんなに楽しかったんだ! サックスっておじさんおばさんからでも吹いていい楽器だったんだ! こんなサックス吹きの裾野がもっと広がったらすてきだと思いませんか?

 でもですね、一つだけ付け加えます。それは、楽器はオブジェや飾りではありません。特に管楽器であるサックスはあなたの息が音になる楽器です。いわばあなたのパートナーであり分身です。あなたのもう一つのボイスを獲得するためのちょっとした方法があります。長年この楽器に関わって何人もの先生やミュージシャンに教えてもらった内緒のエッセンスもシェアしたいと思います。ぜひページを開いてみてください。きっとこの本を通じてサックスがあなたの人生に、より彩りを添える存在になることを確信しています。

 GoodLuck!