パーソナリティー類型の概念は便利な包丁(ただし、取り扱い注意)――『マシーン福田、マゾ麻生、サプライズ小沢――政治家の精神構造を分析する』を書いて

矢幡 洋

 小泉純一郎元首相の時代、官房長官だった福田康夫の国会答弁を見て驚いた。声にまるで抑揚がない。喜怒哀楽が表れない硬い表情。単調で、何がポイントなのかよくわからない。「強迫性パーソナリティーのしゃべり方だな」と思った。
  強迫性パーソナリティーは、完璧主義者だ。ベストなアウトプットを目指し、さんざん練って完璧な見通しを立ててから行動しようとする。多くの場合、優柔不断になる。なにごとも合理的に判断しなければならないと思っているので、感情を抑えようとする習慣がつく。コントロールが過剰になると、ロボットのようにさえ見えてしまう。完璧を求める気持ちが強くなるほど、ガスの元栓などがしまっているのを何度も確認しないと気がすまないという確認癖が強まる。細かいことにこだわりすぎて、かえって効率を落とす。多少ならば思い当たる節がある方もいるのではないか。私は多々あるのだが。
  こういったパーソナリティー理論は、セオドア・ミロンというパーソナリティー障害の国際的な大家に基づいている。どれぐらいの大家かというと、現在全世界で何十万部と売れているという、精神疾患の分類診断の国際標準『DSM』の第3版の人格障害部門の原案を一人で作成した、という人なのである。つまり、今日いろいろなところで流布している人格障害という概念の土台を築いた人なのだ。欧米の人格障害に関する単行本でミロンが言及されていない研究書を見つけることは難しい。それほどの存在なのに、どういうわけか、日本にはほとんどまったく紹介されてこなかった。
  そこで、私は数年前からミロンを日本に紹介する活動を延々と続けている。実は、『マシーン福田、マゾ麻生、サプライズ小沢』も、この直前に青弓社から刊行した『凶悪殺人と「超能力者」たち――スキゾタイパル人格障害とは何か』も、この紹介の一環として書いたものである(スキゾタイパル人格障害とは、対人関係を避け、エキセントリックで、しばしば幻覚様体験などの異常知覚経験があり、それを「自分には透視能力がある」などと超能力として自己解釈しがちな超常タイプ)。
  紹介のかたわら、私はミロンのパーソナリティー理論をもとにさまざまなジャンルの人のパーソナリティーを分析してきた。イチロー、野茂英雄、孫正義、三木谷浩史、ホリエモン、安藤美姫、カルロス・ゴーン、ラフマニノフ、小田和正などである。だが、スポーツマン・ミュージシャン・経営者よりは政治家の分析に力を注いできた。小泉純一郎、田中康夫、田中真紀子、石原慎太郎、杉村太蔵らである。それに、今回、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎、小沢一郎が加わったというわけだ。
  ミロンは、個々のパーソナリティー類型を、さらに大きなグループで分けているので大変理解しやすい。「「快を求める」ことを行動原理とするか、「不快を避ける」ということを行動原理とするか」「エゴイスティックな自己志向なのか、同調的な他者志向か」などという視点によってパーソナリティーを4つのグループに大別しているのだ。ミロンも影響を受けている心理学者カレン・ホーナイのシンプルな表現を一部借りれば、これらは「他人から遠ざかろうとする」「他人と張り合おうとする」「他人と仲良くなろうとする」「いずれの態度にも決定することができず葛藤に陥る」(2冊の拙著で使ったネーミングでは、シゾイド族・自己愛族・依存族・葛藤族)というシンプルな定義でくくることができる。そして、それぞれのタイプに能動型と受動型がある。例えば、福田康夫は「強迫性パーソナリティー+自己愛パーソナリティー」、これに対して小沢一郎は「反社会性パーソナリティー+自己愛性パーソナリティー」が交ざっていると考える。これでいくと、周囲がお膳立てしてくれるまで待っていたかのように思われる福田康夫の慎重さは強迫性パーソナリティーからくるものであり、大連立構想を事前に明らかにせず大本営発表で民主党幹部にのませるつもりでいた壊し屋・小沢一郎の博打的奇手は反社会性パーソナリティーからくる、というように説明できてしまうのである。
  このように、パーソナリティー類型の概念は、拙著で再三注意するように過剰な単純化に陥らないように気をつければ、非常に便利な包丁なのである。
  一方の『凶悪殺人と「超能力者」たち』では、歴史的な「わけのわからない犯罪」10件に加えて2007年の「3大バラバラ殺人事件」(渋谷歯科医師宅妹バラバラ殺人事件、渋谷外資エリートバラバラ殺人事件、会津若松母親頭部切断事件)を取り上げた。片や、本書は安倍前首相も含め、いずれも一国のトップの座を争う面々である。総裁候補と凶悪殺人者たち、という日本社会の両極端の側からの照射でこの時代をどのように見るのかは読者にお任せしたい。この2冊でシゾイド族・自己愛族・葛藤族のことまでふれているので、ミロンの人格障害理論をここまで捕捉できるのはこの組み合わせしかない。
  なお、私はテレビの犯罪事件コメントで出演することが多くなってきているが、そのきっかけは青弓社から出した『少年Aの深層心理』である。不思議な縁を感じる。