第5回 久禮書店、初の地方出張へ

久禮亮太(久禮書店〈KUREBOOKS〉店主。あゆみBOOKS小石川店の元・店長)

モノガタリの近況とフリーランス書店員のアレコレ

 こんにちは、久禮書店です。
 ブックカフェの神楽坂モノガタリは、開店から7カ月がたちました。開店から3カ月は、あえて広告や看板を掲げずに、慣らし運転のようなゆっくりとした営業をしていました。それでも地元のお客さんに知られ、徐々に忙しくなるにつれて、まったく未経験からスタートしたスタッフのみなさんたちも、否が応でも鍛えられ、基本業務をマスターしてきました。
 そこで、年明けからは表通りに立て看板を出して、いくつかの雑誌にも取り上げていただくことにしました。ここ数カ月、神楽坂の町自体も観光地として人気が高まっていることと相まって、カフェとしては順調に集客を伸ばすことができています。
 書店としても、カフェ部門の売り上げの上がり方よりは緩やかなものの、伸びています。開店からひと月ほどは、本好き、本屋好きのお客さんや業界の方々が話題の新しい書店をチェックしようとお越しくださった、いわばご祝儀の売り上げに支えられていました。それがひと段落した年末には停滞しましたが、年始からは、カフェ目当てで初めて来店されるお客さんが増えるにつれて、たまたま目にした書棚から選んで買ってくださることが多くなりました。書籍の売り上げ額はまだ目標には届かないものの、雑誌も新刊書籍もない棚で、希少な古書でもない既刊新本がちゃんと売れることに手応えを感じています。
 お店の売り上げ額の部門別構成比を見ると、カフェが55パーセント、書籍が35パーセント、雑貨やイベント収入が10パーセントといった具合です。今後の売り上げ計画では、イベント企画を増やし、そのテーマの連動する書籍の売り場作りや来店者への提案販売の機会を作ろうと考えています。ブックカフェでのイベント運営の実際については、あらためてお話しする機会をもちたいと思います。
 年始からの3カ月は、神楽坂モノガタリのほかにも、いくつか新しい仕事に関わってきました。新刊書店の棚作りや書店チェーンの店長会議といった慣れ親しんだ業務から、出版社経営者や出版関連の中小企業診断士の方々を前に講演、医学雑誌の記事のためのブックリスト作りといったむちゃなチャレンジまで、様々な経験をすることができました。

初の地方出張――熊本県・長崎書店へ

 そのなかでもいちばん印象深い経験になったのは、初めての地方出張です。熊本市で1889年(明治22年)以来、120年以上も続く老舗の長崎書店で、出張書店員として働かせていただいたのです。
 訪問は1月末のことでした。その顛末を思い返しながら本稿に向かっているさなかに、熊本・大分の地震が発生しました。被災された方々、そのご関係の方々に、お見舞い申し上げます。
 長崎書店のみなさんが、連日の地震でお店に被害を受けながらも、1日でも早い店舗の復旧と、その途上であっても地元のお客さんに少しでも役立とうと、できるかぎりの工夫を懸命に模索されていることを、SNSや業界紙報道を通して見ています。社長の長﨑健一さんをはじめスタッフのみなさんお一人お一人が確かな意志をもって行動されている様子に、感銘を受けています。
 ひとまずの復旧を果たした後にも、長崎書店のみなさんは様々な外的条件の変化に対応していくことになるでしょう。その過程で、私もできるかぎり協力していきたいと考えています。
 今回は、長崎書店への出張業務の報告と、そこでの棚作りの考え方をまとめたいと思います。ここに書くことが、今後の長崎書店の棚運営になんらかの役に立てれば幸いです。

 長崎書店には本店ともう1店舗、長崎次郎書店があります。今回のご依頼は、この両店舗のスタッフ一人一人と、日常業務の疑問やこれからの課題について、実際の売り上げスリップと棚を見ながら一緒に考えていくというものです。
 長崎書店のスタッフのみなさんとの勉強会は、実はこれまでに2回東京で開かれていて、この訪問が3回目になります。長﨑社長は、東京へお越しになるたびに何人かのスタッフの方々を伴い、彼らに様々な経験の機会を作っています。私も、そのような機会に何人かの方々とお会いしてきました。今回は、これまでお会いすることがなかったみなさんともお話しすることができました。
 今回の訪問に先立って、長崎次郎書店のなかに新設する特集棚の選書もご依頼がありました。「レトロ・モダン」をキーワードに、文学や芸術、建築や都市、政治や経済、個人の生活など、様々な切り口の書籍を集めたものです。このお店の特徴になるような個性的な棚を作ろうという企画です。
 この選書作業の仕上げとして私自身も現場で棚詰めに参加しながら、この棚の選書プロセス、実際の棚の並べ方、今後の棚運営という一連の流れ自体を教材として、長崎次郎書店スタッフの児玉真也さんと一緒に棚作り全般を勉強することも、訪問の目的でした。

長崎次郎書店の「レトロ・モダン」棚作り

 2日間にわたる出張業務は、1日目は長崎次郎書店の「レトロ・モダン」棚作りと同店のみなさんとの勉強会、2日目は長崎書店本店のみなさんとの勉強会と長﨑社長のご案内による熊本書店見学というメニューです。始発便で熊本に向かい、開店前の店舗で落ち合った児玉さんと私は、さっそく作業を開始しました。
 長崎次郎書店は、長崎書店の開業よりも古く、1874年(明治7年)に創業されました。その存在自体が「レトロ・モダン」という言葉を体現している趣深い建築物で、国の文化財にも登録されています。古くは森鴎外、夏目漱石、小泉八雲が通い、いまは渡辺京二さんや坂口恭平さんも常連だといいます。
 2014年に大規模なリノベーションをおこなった店舗は、歴史を感じさせる外観や店内の梁を生かしながら、シンプルでシックな書棚や壁面が現代的な雰囲気も感じさせます。品揃えの面から見ても、このお店ゆかりの文豪たちが並ぶ棚のクラシカルな印象と、若いスタッフの選書によるアートや社会運動、ライフスタイルなどの棚から発せられる同時代感のバランスが、独特の魅力になっています。

長崎次郎書店の概観

 40坪ほどの売り場は大まかに3つのゾーンに分かれています。正面入り口から見渡すと、中央から左側にかけては生活・実用といったジャンルの書籍と雑誌を組み合わせたコーナーで、低めの什器やテーブルで構成されているため実際の坪数以上に広々としています。それでも左奥の壁面には、天井までいっぱいの棚に様々な料理書籍が網羅されていて、書店としての実用性を兼ね備えています。

長崎次郎書店の棚

 店舗中央から右奥には、ギャラリー・スペースがあります。訪問した際には、絵本画家で文芸書の装画でも知られるミロコマチコさんの個展が催されていました。
 店舗の右半分は、文芸、人文、芸術、文庫といったジャンルが集結した書斎のような部屋になっています。天井まで組まれた木目調の書棚に三方を囲まれ、通りに面した側の窓の外には路面電車の行き来が見えます。この部屋の壁面、7本組みの壁棚のうち、中央の棚2本、10段のスペースに「レトロ・モダン」棚を作りました。
 長﨑社長は、以前からスタッフの児玉さんとこの棚についてのアイデアを出し合っていて、すでにたくさんの書名やキーワードが書き込まれたメモができていました。それは、建築や美術、文学、生活様式といった文化から政治・経済まで、日本の近代化を多面的に捉えようとするものでした。これをたたき台に、私が肉付けの選書をし、棚の文脈を作りながら、新しい視点も盛り込むというように進行しました。

選書と棚編集の違い

 選書のプロセスは、神楽坂モノガタリの基本在庫をそろえたときと同じように進めました。大まかに「モダニズムとは何か」という問いを意識しながら本をどんどんとスリップに書き出していき、途中で何度か仕分けすることで、だんだんと文脈を形作るという流れです。リストから書目を抜粋してみます。

〈モダンニッポンを作った男たち:大文字の「近代化」の流れ〉
『蟠桃の夢――天下は天下の天下なり』木村剛久、トランスビュー、2013年
『幻影の明治――名もなき人びとの肖像』渡辺京二、平凡社、 2014年
『電車道』磯﨑憲一郎、新潮社、2015年
『肥薩線の近代化遺産』熊本産業遺産研究会編、弦書房、2009年
など

〈モダンの先端都市〉 
『上海にて』堀田善衛、(集英社文庫)、集英社、2008年
『五色の虹――満州建国大学卒業生たちの戦後』三浦英之、集英社、2015年
『流転の王妃の昭和史』愛新覚羅浩、(中公文庫)、中央公論新社、2012年
『虹色のトロツキー』安彦良和、(中公文庫コミック版)、中央公論新社、2000年
など

〈「外遊」したモダニストたち。彼らは何を持ち帰ったのか〉
『ふらんす物語』永井荷風、(岩波文庫)、岩波書店、2002年
『「バロン・サツマ」と呼ばれた男――薩摩治郎八とその時代』村上紀史郎、藤原書店、2009年
『日本脱出記』大杉栄、土曜社、2011年
『ホテル百物語』富田昭次、青弓社、2013年
など

〈モダンを描き出した人々〉
『松本竣介線と言葉』コロナ・ブックス編集部編、(コロナ・ブックス)、平凡社、2012年
『池袋モンパルナス――大正デモクラシーの画家たち』宇佐美承、(集英社文庫)、集英社、1995年
『絢爛たる影絵――小津安二郎』高橋治、(岩波現代文庫)、岩波書店、2010年
『恩地孝四郎 装本の業〈新装普及版〉』恩地邦郎編、三省堂、2011年
など

〈神秘とエロティシズムの内奥に迫ったモダニストたち。人間の精神をモダナイズする〉
『瘋癲老人日記』谷崎潤一郎、(中公文庫)、中央公論新社、2001年
『『奇譚クラブ』から『裏窓』へ』飯田豊一、(出版人に聞く)、論創社、2013年
『日本エロ写真史』下川耿史、(写真叢書)、青弓社、1995年
『創造する無意識――ユングの文芸論』カール・グスタフ・ユング、松代洋一訳(平凡社ライブラリー)、平凡社、1996年
など

〈言葉のモダニストたち〉
『田紳有楽・空気頭』藤枝静男、(講談社文芸文庫)、講談社、1990年
『日輪・春は馬車に乗って 他八篇』横光利一、(岩波文庫)、岩波書店、1981年
『ボン書店の幻――モダニズム出版社の光と影』内堀弘、(ちくま文庫)、筑摩書房、2008年
『単調な空間――1949-1978』北園克衛、金澤一志編、思潮社、2014年
など

〈言葉を超えた科学の詩情を掴もうとしたモダニストたち〉
『新星座巡礼』野尻抱影、(中公文庫ワイド版)、中央公論新社、2004年
『雪』中谷宇吉郎、(岩波文庫)、岩波書店、1994年
『賢治と鉱物――文系のための鉱物学入門』加藤碵一/青木正博、工作舎、2011年
『ドミトリーともきんす』高野文子、中央公論新社、2014年
など

〈伝統と革新をつなぐ〉
『陰翳礼讃』谷崎潤一郎、(中公文庫)、中央公論新社、1999年
『図解庭造法』本多錦吉郎、マール社、2007年
『昭和戦後の西洋館――九州・山口・島根の〈現代レトロ建築〉』森下友晴、忘羊社、2015年
『長崎の教会』白井綾、平凡社、2012年
など

〈暮らしのかたちからみるモダニティ〉
『夢見る家具――森谷延雄の世界』森谷延雄、(INAX booklet. INAXギャラリー)、INAX出版、2010年
『理想の暮らしを求めて――濱田庄司スタイル』濱田庄司、美術出版社、2011年
『日本のポスター――明治 大正 昭和』 三好一、(紫紅社文庫)、紫紅社、2003年
『大正時代の身の上相談』カタログハウス編、(ちくま文庫)、 筑摩書房、2002年
など

〈女たちの生き方をめぐる戦いこそがモダンを推し進めた〉
『明治のお嬢さま』黒岩比佐子、(角川選書)、角川学芸出版、2008年
『『青鞜』の冒険――女が集まって雑誌をつくるということ』森まゆみ、平凡社、2013年
『小さいおうち』中島京子、文藝春秋、2010年
『大塚女子アパートメント物語――オールドミスの館にようこそ』川口明子、教育史料出版会、2010年
など

〈美とエレガンスと女性の生き方の模索・・・〉
『武井武雄』イルフ童画館編著、(らんぷの本)、河出書房新社、2014年
『初山滋――永遠のモダニスト』竹迫祐子、(らんぷの本)、河出書房新社、2007年
『美しさをつくる──中原淳一対談集』中原淳一編著、国書刊行会、2009年
『資生堂という文化装置――1872-1945』和田博文、岩波書店、2011年
など

 このようなテーマで、およそ300冊を選びました。書目としては面白いと自分自身が思えるものが並んだと考えていましたが、この棚自体が次郎書店にフィットするものになるかという不安もありました。セレクトの作業では、たとえ想像上のものでも、特定の棚やそのお客さんの存在を前提にします。この作業のときの私は、どうしても神楽坂の棚に影響されていました。
 また、机上の選書と棚編集は性格が違う作業のため、棚に詰めてみないとわからないという心配もありました。リストアップの作業には、棚の容量や仕入れ予算を気にせず自由に連想を膨らませられる興奮があります。しかし、事前に描いた図面どおりに置いてみても、そのとき感じた高揚感が伝わるような面白い棚だとは感じられないことが、たびたびあります。
 棚の文脈としては意図したとおりだけど、同じ色のカバーばかり並んでしまったり文庫が続いて細々としてしまったりと、物として並んだ姿が魅力的に映らない。その特集棚の中身ばかり箱庭的にチマチマ作り込みすぎて、隣接する他の棚とのバランスがとれていない。この本は面陳、あの本は棚挿しとあらかじめ意図していた表現方法が什器の形状に適わない。そんなことがよくあります。リスト作りとは別に、棚編集という手作業がやはり必要なのです。
 机上で選書すると、つい静的なリストとしての完成度を求めてしまいがちです。そのオールスターの書籍たちが棚挿しでカチッと勢揃いしてしまうと、かえってなかなか売れないことがあります。実際の棚で売り上げを取っていくためには、文脈の結び付きを固めすぎずに日々変化させる緩さが必要です。棚のなかには、たとえ売れなくても長く辛抱するべき本やそれほどでもない本といった濃淡が必ずあります。棚の中身を入れ替えたり、挿しを面陳にしたりという日々の試行のなかで何を抜くかを見極めるとき、やはり、その判断はそれぞれのお店や売り場が置かれた個別のコンテクストによります。
 お店の他の売り場と品物の行き来ができるようなら、返品しないで引っ越しさせればいいし、他の売り場が稼いでくれるのなら、それほど売れなくてもしっかり「見せ棚」として作り込んで固めればいいのかもしれない。返品と判断するなら、その根拠になる読者層とその来店頻度はどのくらいだろう。こういった具体的な環境を一緒に考えながら、思考と作業のプロセスを児玉さんと共有することができれば、特集棚選書と業務研修の両方を充実させられるのではないかと考えました。
 そんな思いから、今回は実際に訪問して作業に参加しました。棚をどう見栄えよく並べるかといった静的な課題は、ある程度は現場でパパッとアレンジしてなんとかなりました。難しかったのは、今後の時間の経過に対応すること、動的な要素の捉え方と伝え方でした。

棚作りの実際

 ここからは、この長崎次郎書店での作業過程を追いながら、小さな新刊書店の売り場作りを読者のみなさんと一緒に考える機会にしたいと思います。実際のところ一日で伝えきることができなかったことを含め、児玉さんに向けて書き残す意図もあります。
 そもそも、この書斎スペースの壁面には7本の棚に小説、エッセー、批評、哲学、社会、科学といったジャンルがみっちりと詰まっていました。そこから棚2本分もの書籍を抜いた真ん中に「レトロ・モダン」棚の場所を捻出することから、作業を始めました。
 棚を見渡して売れていないものを抜いて手っ取り早く圧縮することもできますが、そうやって文芸棚と人文棚をギチギチに詰めてしまうと、翌日からの棚回しがしづらくなります。
 こういった場合、私のやり方はこうです。減少する棚段数や並びに合わせて、サブ・ジャンルの配置や分量を割り当て直します。まず文芸棚なら「エンターテインメント小説」「現代文学」「文芸批評」「エッセー」、人文棚なら「哲学」「社会」「歴史」といった塊を作り直したうえで、「レトロ・モダン」棚が入った場合に隣接する部分との接合を考えながら、新しい並び順を決めます。
 意図した並び順に書籍を引っ越す前に、サブ・ジャンルごとの分量を調整します。各サブ・ジャンルの軸になる定番書籍は残し、取り替えて差し支えなさそうなものから抜いていきます。このとき、著者やテーマに関する知識と、スリップに書いておいた入荷日付や奥付の日付、刷り数といった情報を合わせて判断していきます。毎日の新刊チェックや品出し、返品作業、売り上げスリップのチェックが、こうした判断の土台となります。
 こうしてサブ・ジャンルごとのキー・ブックと肉付け本の役割分担と比率を把握しておくと、「より正しく抜く」判断が容易になり、毎日の棚補充がスムーズになります。また、小さな売り場であっても、多様なテーマに目配りした充実した棚作りができます。このようなバランスのとり方について児玉さんと話し合いながら、棚を縮めていきました。
「レトロ・モダン」棚の近くには、以前から「郷土の本」棚が、こちらも棚2本ありました。次郎書店ゆかりの作家たちの作品や、熊本や九州の歴史・民俗に関する研究を集めた棚です。この棚のセレクトは、ただご当地本を集めたものではなく、九州から日本の近代化のあゆみを振り返るという視点が感じられます。つまり、これから作ろうとしている棚とテーマ設定も似ていて、選書も少し重なっていたのです。そのため、この2つの特集棚の文脈を接続して、両方の棚を行き来しながら全体が伸び縮みできるように整理しました。

 このように、長崎次郎書店での今回の棚作り業務は、「レトロ・モダン」棚の設営よりも、一軒の小さな書店の棚をバランスよく運営していく手法を売り場全体に当てはめてみるという作業が多くを占めることになりました。書店の売り場は、規模の大小にかかわらず全体が連想しているものなので、当然の結果ともいえます。
 この翌日におこなった長崎書店本店での勉強会は、大きな売り場をチームで運営するためのコミュニケーションと、それを品揃えに反映させる店舗レイアウトについて再考する機会になりました。規模や性格が大きく異なる2つのお店の書棚を実際に触れ、その対比から感じた事柄を、様々な売り場で汎用性のある方法論として整理し共有できないかと、いま考えています。

〈理想の書店〉と〈多様な手法〉

 今回の訪問では、講師として出向いた私のほうが、長崎書店のみなさんに本当に多くのことを学ばせていただきました。長﨑さんとスタッフのみなさんの仕事に対する誠実さや、人に向き合う素直さに感銘を受けたのです。長﨑さんが若いスタッフをまず人として尊重し、学ぶ機会を惜しみなく提供すること、そこから育まれるスタッフ一人一人の仕事への矜持と、それをもって地元の人々の役に立とうと思う献身。その信頼関係を目の当たりにして、うらやましく思います。多くの新刊書店チェーンの現場でなぜこのように人を育てることを基礎にして仕事を構築できないのかを考えたいとも思います。
 たしかに、長﨑さんの経営者としての相当の覚悟と、商売を通して地元の人々に何ができるかという公共の精神が、長崎書店のチーム作りとホスピタリティーを支えていると感じます。同じように、それぞれの理想をもって書店を続けていこうとする人々に何度も出会いました。ただ、実際の棚作りにおいて十分なノウハウを持ちえていないと感じることもあります。そういった想いに具体的な手法を接続するといった役割を、私もその一部でも担うことができるのではないかと考えています。
 もちろん、私の手法でみんな棚を作れということではなく、元書店員や現役書店員たちそれぞれの仕事論を持ち寄る場を作れないかと考えています。まだ思いにすぎないのですが。

 次回はまた神楽坂モノガタリに戻り、イベントのことなどをご報告したいと思います。

 

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第4回 神楽坂モノガタリ、いよいよ開店

久禮亮太(久禮書店〈KUREBOOKS〉店主。あゆみBOOKS小石川店の元・店長)

はじめに

 こんにちは、久禮書店です。
 前回の記事からご無沙汰していたこの4カ月の間にも、多くの出来事がありました。新刊書店カフェのマルベリーフィールドでの朗読食事会、新しいブックカフェの立ち上げ、書店員勉強会の講師、異業種の社内研修講師など、初めて体験することばかりでした。やってみてわかったのは、どの仕事も、これまで取り組んできた書店業務が発展したもの、あるいは本当はやらなければいけなかったのにできていなかった本屋の仕事そのものだったということです。新刊書店の現場にいるみなさんにも、参考にしていただけることがきっとあると思います。

ブックカフェを立ち上げる

 今回はまず、新しいブックカフェの立ち上げについてお話しします。
 このブックカフェは、名前を「本のにほひのしない本屋 神楽坂モノガタリ」といって、今年(2015年)の9月22日にオープンしました。カフェ事業を中心に、新刊書籍や輸入服飾雑貨などの販売とイベントを組み合わせたお店で、40坪の店舗のなかに40席ほどの客席、3,000冊の販売在庫を持っています。
 地下鉄東西線の神楽坂駅の神楽坂口を地上に出ると、すぐ正面に見えるビルの2階にお店があります。早稲田通りに面した側には、総ガラス張りのサンルームのテーブル席と屋外テラス席があります。店の奥は書棚で仕切られた静かなカフェスペースになっていて、ソファやバーカウンター、暖炉も備えています。

外観

 カフェのメニューには、ハンド・ドリップのコーヒー、季節のケーキ、生ビール、ウイスキーやワインなどもあります。暖かい日にはテラスでパラソルの下、寒い日には暖炉の前で、本を読みながらお酒も飲めるというすばらしい環境です。もちろん、フラッと立ち寄って棚を見る、1冊買うだけという、本屋として気軽な日常使いもしていただきたいと思います。
 このお店は、製本業を核として出版やウェブシステム制作など関連事業を持つフォーネット社の一部門として運営されています。製本事業を通して出版に関わってきた同社の会長は、「読者と著者、業界に恩返しをしたい、読者のみなさんが本と出合うために、ゆったりとした空間を演出したい」と、以前からブックカフェ事業を考えていたそうです。
 私は久禮書店として、選書だけではなく書籍販売実務全般をフォーネット社から受託しています。つまり、初期在庫の棚作りだけで終わりではなく、日々カバーを折り、注文書籍の段ボールを開け、伝票の計算をし、返品を出して、レジ締めや日報作成をするといった書店業務を、あゆみBOOKS時代と同じようにやっているのです。いわば「ひとり書店」を、カフェの支援のもと店内に間借りして運営しているような形です。
 しかし、ひとつの空間に同居している以上、書店とカフェは密接に関係しています。状況によっては、私もカフェのホール係としてドリンクを出したり、キッチンのコーヒー・ミルを掃除したりということもあります。また運営チームの一員として、カフェのメニュー決めに意見することもあれば、ビールの利益率について一緒に検討することもあります。
 書籍を売るためにカフェの集客力を上げる、カフェの魅力を高めるために書棚を充実させるというように、お店全体のつながりのなかで考える場面がこの2カ月で増えてきました。これまで経験してきた本屋の経験や考え方を、新しい業態に合わせて応用していくことになるとは思っていませんでしたが、これはこれで面白いと感じています。

課題の整理からスタート

 この仕事の依頼をいただいたのは、6月初旬でした。お店のプロジェクト自体は昨年から始まっていて、店舗物件の賃貸契約もできていました。内装の設計図もいくつかの案ができていて、カフェのスタッフは都内の有名喫茶店でコーヒー修行に出ていました。しかし、書棚の担当者だけはまだ決まっておらず、書店経験がある人材を探していたのです。そんな事情を知っていたある出版社の営業担当者にご紹介いただいたことが、きっかけでした。
 神楽坂モノガタリの立ち上げプロジェクトには、製本会社会長ご夫妻を中心に、建築家やインテリア・デザイナー、施工業者、製本会社役員・社員の方々が結集していて、私は途中からその一員になりました。当初の計画では7月末の開店を目指していたため、6月の残りの3週間ほどで3,000冊の選書をとにかく仕上げることが、私の第一の仕事でした。すぐにリストアップの作業に取りかかりましたが、同時にやらなければいけない仕事が次々に出てきました。
 お店の運営チームに参加しているフォーネット社のメンバーは、多様なバックグラウンドを持っています。同社のグループ会社である児童書出版社の社長を兼任している方、前職ではマンガ雑誌の編集長だった方、親の代から製本業という方など、本に関わる様々な経験を持った人々です。ただ、書店の現場を経験しているのは私だけでした。
 そのため、選書作業よりも重要な売るための環境づくりが、まだできていなかったのです。オーダーする書棚のデザインや寸法、細部の仕様を決めることに始まり、レジスターの操作方法や売上金の取り扱い方の指導、取次の担当者との打ち合わせや出版社への出品のお願い、仕入れ・販売・返品による在庫管理の枠組みづくりまで、書店のインフラを整えることが先決でした。

まず書棚を決める

 まず取りかかったのは、書棚の仕様決めです。棚の位置や寸法の大枠は決まっていましたが、その中身はまだ白紙でした。一緒にデザインするのは、飲食店や病院などの店舗デザイナーと、企業オフィスや個人宅を多く手がけるインテリア・デザイナーの方々です。初めのうちは書店什器に必要な仕様を私から要求していたのですが、それは取り下げてみることにしました。
 せっかくの機会なので、アパレルショップやホテルのようなしつらえに本を置いたらどうなるのかと思ったからです。また、書店での実用性を忖度せずに、デザイナーの視点から見た本が映える置き方を採用してみたいと思ったからです。ただ壁面棚だけは私の好みを主張して、ロンドンのドーント・ブックスやニューヨークのリッツォーリのような重厚な木製棚をオーダーしました。

オーダー書棚組み立て中

 木製の棚にこだわったのは、このお店を落ち着いた書斎のような空間にしたいと思ったからです。お酒や暖炉といったアイテムや、神楽坂の土地柄から連想したのは、大人のための書斎といったイメージでした。お店の半分がガラス張りで開放的なぶん、奥の壁面は違う雰囲気にしてみたいと考えました。また、誰かの書斎という舞台設定なら、様々なジャンルをまぜこぜにしても、なんらかのまとまりを感じる演出にできるのではないかと考えたのです。

次に書籍を仕入れる

 この棚に詰める書籍のほとんどは、トーハンから仕入れています。とてもありがたいことに、私が参加する前に取り引き口座の開設はできていたのです。ただ、実際の日常業務をどうするかは未定でした。そこで、次にトーハンの担当の方と打ち合わせをしました。
 雑誌、書籍とも新刊配本はせず、注文品だけのやりとりにする。仕入れ条件は一般的な書店と同じ掛け率で、返品もできる。注文品だけでも毎日配送してもらう。ウェブ発注システムを導入する。このように、書店として不自由なく棚作りができる条件が揃いました。
 一般的に、書店が大手取次に口座を開くためには、予想される月間売り上げの2、3倍の金額を信認金(保証金)として納入するか、店舗が自社所有物件ならそれを担保に入れるなど、高額な初期費用が必要です。このお店も、店全体の月間売り上げ数カ月分を納めています。書店を独立開業するのは、やはり相当に高いハードルがあるといわざるをえません。
 ただ、まったく不可能ではないとわかりましたし、自分自身が開業することをより具体的に想像できるようになったと感じています。また、大手取次の現場の方々と、チェーン店の画一的な業務連絡ではないことを話し合える機会を得たことは、よかったと思います。一口に取次といっても、実は一枚岩のものではなく、内部では様々な考えを持って動いている人がいる、なかには独立志向の新業態の人々とごく近い考えを持った人がいると知りました。

初荷が到着したときの様子

ここで書籍流通の可能性を(少し)考えてみる

 トーハンはこれまでにも、下北沢のB&Bをはじめ、池袋や表参道、福岡に出店している天狼院書店など、いくつかの小規模新業態の書店と取り引きがあり、新しい書店の試みを積極的に支援してくれているように思います。また、現在のところ直接の取り引きはありませんが、日販にも同じように新しい書店の業態を支援、あるいは独自に企画する部署があり、私もそこの人々とお話しすることがあります。
「ひとり出版社」や書店の独立開業、複合業態での書籍販売というような話題で業界のみなさんと語り合う機会は、ここ最近増えました。しかし、そのような場で取次のなかの人の声を聞く機会は、なかなかありませんでした。たしかに、書店も出版社も、大手取次と新規に直接取り引きを始めるには高いハードルがあります。取り引き関係があっても、官僚的な制度やデータ主義にうんざりすることも、書店の現場ではたびたびありました。そのため、取次流通を迂回して書店と出版社の小規模な直取り引き関係を模索する議論が中心になりがちなこともうなずけます。私自身も、チェーン書店を退社した直後は、「独立開業するなら直仕入れかな」と、漠然と思っていました。
 もちろん、志があり独立心旺盛なプレイヤー同士で意志が通ったタッグを組むような関係は必要だと思います。また、商売の原点に立ち返るような、シンプルで利益率が高い仕入れスキームを中抜きで組み上げることも必要だと思います。
 ただ本屋には、品揃えの多様さと流動性を実現するための問屋機能が不可欠です。たとえ小さなお店でも品揃えの網を十分に広げて、できるだけ多くのお客様のあいまいな期待や潜在的な願望を受け止めて形にしてみせること。小さな出版社のささやかな試みにも目を配って、彼らが本を世に問う機会を差し出すこと。そういった、新刊書店というメディアの面白さを最大限に引き出すには、相応の規模を持った問屋機能と商品の最終出口が確保されている必要があると思います。
 物流と決済をある程度まとめなければ、少人数で運営する書店は荷物の受け渡しや支払い手続きだけでパンクしてしまいます。また、情報を集約して、まとめて流してくれる役割も大切です。つまり、シンプルに本と情報を卸してくれる問屋さんです。
 金融機能と書籍流通機能が複雑に絡み合った現在の取次は、これまでのチェーン書店の拡大や大出版社の成長には不可欠なものだったかもしれません。しかし、その金融機能のために大きな信用保証が必要とされ、小規模書店の参入が難しくなっています。既存の取次から問屋機能を切り出して、より利用しやすく開かれたものにしていくべきだと思います。
 また、いくつかの取り引き条件のオプションを選択できることも必要だと思います。委託条件で仕入れたなら返品許容枠、買い切りで仕入れたなら価格決定権など、売れ残るものを最終的に排出する方法が確保されていなければ、お店は回っていきません。
 取次の契約条件や再販価格維持契約の見直しなど、このような大きなテーマを扱うには、私の見識も足りませんし、多くの人を巻き込む議論が必要です。こういった問題を考えるにあたって、取次の人々とも語り合えるつながりを持てたことは、このお店に関わることで得られた大きな収穫のひとつです。

「本」先行型の選書とは?

 この新規店のために3,000冊をリストアップする仕事は、作業量としてはなかなかの大仕事で、結果的には1カ月半かかりましたが、作業の工程としては道に迷わずに進むことができました。マルベリーフィールドで500冊を選書したとき、それ以前のあゆみBOOKSの平台を作っていたときと基本的な考え方は同じでした。
 選書の段取りで大切にしようと思っていたことは、本をバラバラに考えることです。いわゆる文脈棚に組み上げることを避けて、売りたい本を思いつくかぎりどんどん挙げていきました。セレクトの切り口やテーマが先に決まっていると、その文脈を成立させるためには有効だけど単品として買わせる力が弱いと感じる本を、ついつい増やしてしまうと思ったのです。
 買わせる力がある本には、そもそもその1冊1冊に多面的な魅力が備わっていて、見る人によってグッとくるツボのありかは違うと、いつも感じています。そのため、特定の文脈に沿うよう1本の鎖のように本をつなげていくと、それぞれ個性的で売れるはずの本がかえって目立たなくなってしまうことがあります。
 そのため、少ない在庫でも充実した品揃えを演出するには、1冊1冊のキャラクターが立っていて、ジャンルの振れ幅が大きく、その間のつながりはお客様の想像に任せることがいいのではないかと考えています。
 正直に言うと、気が利いた文脈のアイデアもなく、セレクトショップの棚作りに合ったスマートな方法を知らなかっただけという面もあります。本来なら、文脈棚の小見出しにあたる言葉やテーマを先に設定して、大まかに冊数の配分や収納する棚の番地を割り当ててから始めるというのが、セレクト書棚作りの定石だと思います。
 実際、有楽町のMUJI BOOKSや、マルノウチ・リーディングスタイルなどは、そのように準備されたと聞きます。リーディングスタイル各店舗のディレクションをほぼ1人で担っているという北田博充さんは、そのような手法を使って、とても新鮮な切り口で定番書を面白く再定義して売り伸ばす棚や、特別な本好きでなくても気軽に買える棚を次々に作っています。
 いつだったか、彼と語り合ったときには、私があまりに不器用にドカドカと本を列挙していくやり方が彼のそれとはまったく正反対なことを、2人で笑い合ったこともありました。
 つまり、選書の手法自体に優劣があるのではなく、選書をどんな方法で始めるのかは、そのあとに店舗全体を運営する方法の一部として、おのずと規定されるものなのだと思います。

久禮書店流の選書術

 私のやり方は、こうです。まず、漠然とお店の雰囲気やそこに来てくれそうな人のイメージを作っておきます。次に、とにかくいいと思う本をどんどん書き留めていきます。どんなお店でも売れるド定番、実は何度も重版しているロングセラーだけどよそで見かけないもの、神楽坂なら売れるんじゃないか、私の好みにすぎないけどお薦めしたい、などなど。
 このような本たちを、リストではなくスリップに書き起こしていきました。白紙のスリップに1冊ずつタイトルや著者などを記入しては、束にして溜めていくということをひたすら続けていきます。スリップが数百枚の束になってくると、持ち歩いて外出先で作業することが難しくなってきたため、ちょっと工夫する必要が出てきました。
 そこで、白紙スリップのテンプレートをPDF形式でipadに入れておいて、その画面にタブレット用ペンでどんどん書いていくことにしました。この方法なら、たとえ紙のスリップを捨ててしまってもバックアップも取れています。ある程度書き溜めたところで印字しては1本の短冊に切り離していきます。

タブレットで手書きスリップ

 こうして溜まってきた束をシャッフルして、見返していきました。ちょうど、前日の売り上げスリップの束をチェックするような要領で、気づいたことや連想されるキーワード、その本につながる別の本のことなどをスリップの余白にメモしていきます。そうしながら、スリップを大まかに仕分けしていきます。おおよそ一般的なジャンル分類やテーマに沿いながら分けているのですが、まだ適当に集めているくらいにしておきます。もっと面白い組み合わせを思いついたら、トランプのカードを繰るようにスリップをまとめ直して、輪ゴムで留めておきます。面陳にしたい本、候補に挙げたけれどやはり売れないと思うものなども、こうした作業のなかでピックアップしていきます。
 この手書きスリップを1,500枚ほど作り、自宅の作業机の上いっぱいに広げていたところ、妻や同業の友人たちからは、「頭おかしいんじゃないの」とか「ちょっと偏執的で気持ち悪い」といったありがたい言葉をもらいました。大変な手間のかかる作業と思われたのかもしれません。しかし、私にとっては慣れ親しんだ手法であり、エクセルのリストを何百行も目で追ったり行を切り張りしたりするよりは、自然なやり方なのです。何より、リストアップの流れ作業のなかに、1冊1冊を売れるようにどう扱うかと立ち止まって考える時間を挟み込んでいくためには、手間がかかるほうがいいのです。

机いっぱいのスリップ

 スリップの束を持って、工事中の店舗に行くこともありました。未完成の棚とスリップを交互に眺めながら、どの場所に何が並ぶと売れそうだろうか、この棚に面陳を多用しても目立たないから背挿しで売る並びで使おうなど、選書の合間に確認するためです。私は、どうしてもスリップや棚といった物の形や作業の型に助けられながらでないと発想できないようです。
 この1,500冊で棚の並びに基本の骨組みができたあとは、エクセルのリストに入力し直しながら肉付けをしていき、発注リストを完成させました。正確に言うと、気になる本を見つけるたびにリストを編集してしまっていては終わりがなくなるため、発注期限ギリギリでトーハンに投げたという感じです。

在庫と売り上げのバランス――オープンしてふと思うこと

 内装工事が完了する予定日から逆算して決めた発注期限だったのですが、リストを手放したあとにも様々な事情で工事は長期化していきました。そのため、この期間に出た新刊が、開店時の品揃えにはまったく入らないということになってしまいました。新刊書店の感覚からすると、それはとても困ったことだと思っていたのですが、お店を2カ月やってみたいまでは、さほどのことではなかったと感じています。

できあがった書棚
無事オープン! 初日の様

 現在でも、トーハンから新刊配本は受けていません。新刊の刊行リストや他店の店頭をチェックして、こちらから注文しています。神楽坂にも置きたいと思う新刊はやはりたくさんありますが、棚の容量や売れ方に合わせて、いまのところはかなり絞り込んで注文しています。開店前に選書した棚全体を見ても、ここ1年ほどの新しい既刊もあまり多くはありません。かといって、古い本や珍しい本をマニアックに揃えているのでもありません。
 このお店は、私なりにオーソドックスな新刊書店を目指しています。もちろんブックカフェなので、パッと見た陳列の印象は、一般の新刊書店とは全然違います。ですが、棚の使い方や回し方も、選書にスリップを使ったのと同様に、実はあゆみBOOKS小石川店のころとほぼ同じ考え方です。新刊でも既刊でも、普通に「ちょっといいね」と思える本を、あまり凝らずに並べていきたいと思っています。面白いと感じる新刊書店はどこも、その店らしい隠れたロングセラーをいくつも置いています。数字の面から見ても、高いレベルで売り上げが安定するのは、新刊に出物があったりなかったりという事情に関係なく、既刊が多く売れているときです。
 あゆみBOOKS小石川店で、書籍単行本の月間売り上げを何が構成しているのか、その内訳を毎月調べていました。売り上げ冊数のランキングを、月1冊売れ、月2―4冊売れ、月5―7冊売れ、月8―10冊売れ、11―15、16―20など、いくつかの帯域に分けてみるのです。売り上げ前年同月比の推移を追いながら、前年比が上がったとき、下がったとき、それぞれの帯域がどのように変動したのかを調べます。
 その結果を大まかに言うと、前年比が上がっているときはたいてい、3―4冊売れ程度の棚前平積み、それも既刊が目立って多く売れることで、全体の売り上げに貢献していました。新刊台一等地に山積みの売れ行き最上位の帯域の前年比が下がっていても、中位グループが売れているおかげで全体の前年比はプラスになることもありました。
 一方で、1冊売れの帯域はいつも大して変動しません。これは主に棚挿しで売れたか、平積みだけど1冊しか売れずに見切ったものたちです。点数としてはいちばん多いこの部分が変動していないということは、入店客数の分母はあまり変わっていないということだと思います。
 つまり、新刊や話題書によるアップダウンにめげずに、地味な棚前平積みをいかに面白くして、お客様1人ひとりのまとめ買いを増やすか、新刊に頼らず既刊の面白さを引き出してみせるかという地道な作業こそが全体の売り上げに影響するということを、あらためて確認したのです。
 棚前平台を隅々まで売れている状態に保つためには、やはり取っ替え引っ替えするため、返品も生じます。自分なりに根拠がある返品なら、積極的にするべきです。この連載の1回目にお話ししたことにつながりますが、漠然と返品を恐れて、売れないものを積みっぱなしにすることは、売り上げを落とす大きな要因になります。
 このような手法を使えるという点で、神楽坂モノガタリが取次口座を持っていることは、大きな助けになります。ただ、このように品揃えを新鮮に保つことは、多くの入店客があることと対になってはじめて意味があることです。そのために、私が神楽坂モノガタリでいま取り組んでいることは、飲食店として利便性を高めることや、イベントを企画して初めてのご来店の機会を増やすことなのです。
 私が考えるこのような変動していく品揃えの書店とは反対に、お店の在庫をすべて買い切りで揃える書店の試みもあります。双子のライオン堂というお店です。白山の小さな倉庫で開業され、現在は赤坂に移転・増床して営業しています。このお店では、おもに神田村小取次から新本を買い切りで仕入れています。
 店主の竹田信弥さんは、100年読み継がれる本を揃えて売ることをお店のミッションとしていると言います。作家や批評家、同業の個人書店主など、専門家に選書を依頼して、1人の選書では到達できない棚の面白さを目指しています。また、ただ品揃えをするだけではなく、頻繁に読書会を開催しています。長く読み継がれるべき本を、実際に読んでもらう機会やどう読むといいのかと伝える機会も含めて提案しています。
 このような取り組みを知ると、新刊書店として書籍をどんどん流していく仕事を大いに反省させられます。書店の品揃えのなかで、何をストックして何をフローさせるのか仕分けすること。ストックすべきものを、売れるまでお客様に提案すること。こういった仕事を、いま残っている新刊書店の1軒でも多くで見直すことができれば、また、そのような取り組みをしていることを、書店に来ない人に伝えられれば、状況は変わるのではないかと思わずに入られません。

出張書店という経験

 書店に来ない人に本と本屋について知ってもらうという試みを、神楽坂モノガタリの仕事とは別に機会をいただいて、実際にやってみることができました。
 それは、ある企業での社員向け研修会の講師というお仕事でした。
 田町にオフィスがある外資系の医療機器メーカー、アボット・バスキュラー・ジャパンでは連続企画として、様々な業種の現場で働く人々の話を聞くという研修会を実施されていたそうです。そのひとつに、書店代表としてお招きいただきました。
 研修会の準備のために先方の担当者とお話しするなかで、書店員の仕事の話をどう医療機器メーカーの方々に役立ててもらえるかと考えました。そこで思いついたのは、本屋の仕事から本質的なことを抜き出して汎用性のあるものとして言葉にすることと、ご要望に合わせてカスタマイズした出張書店をやることでした。そうお話ししたところ、大いに興味を持ってくださり、20冊ほどの選書を任せてもらいました。
 研修会はランチタイムの1時間で、食事をしながらお話しできるカジュアルな雰囲気のなか、おこなわれました。まずお話ししたのは、出版・書店業界の基礎知識的なことや書店の日常業務などです。そういった具体的な事柄から入り、本屋という仕事自体がコミュニケーションを本質とするものだということをお伝えしました。
 著者や編集者の思いや社会的な関心事、お店に集う多くのお客様やそのご興味など、多くの要素を本とその並べ方にどう結び付けて見せるか、またその結果引き出されたお客様のご要望をどう汲み取るのかと、お話ししました。
 次に、書店員流の本の選び方をお話ししました。大量の新刊から光るものを見つける視点、見かけに惑わされずに中身を大づかみにする目次の読み方、ロングセラーを見つける奥付チェックなど、本屋をうまく使う助けになりそうな事柄です。
 そして、書店員はそうやって選んだ本で棚や平台をどう構成するかという実例も兼ねて、選書して持参した本の1冊1冊を並べながら、お薦めの口上を披露していきました。
 今回いただいたお題は、「コミュニケーションを考える」でした。小説や実用書、人文書まで、できるだけ幅広く網羅して、意外性を感じてもらおうと考えました。ビジネスの専門領域では、参加者のほうが圧倒的に詳しいと考え、あまり選びませんでした。
 持ち込んだ書籍には統一したデザインの帯を巻き、そこに売り文句を書いておきました。これらの書籍がオフィスのミニ・ライブラリーとして、社員のみなさんにあとで閲覧されるときにも、手に取るきっかけになればと考えました。また、今回持ち込んだもの以外にもたくさんの書籍をリストアップしてあったため、その一覧とお薦めコメントを全員に配りました。こういった作業は、店頭でおこなうテーマ・フェアと同じ要領です。
 幸いにも、持ち込んだ書籍はみなさんに面白がっていただき、会社としてすべてご購入くださいました。また、社内で回覧していただいたうえで個人用にもご購入くださるきっかけになればと期待しています。

おわりに

 この試みは、書店の日常業務をただ外部に持ち出したものなので、特殊な商売ではありません。きっかけをつかめば、多くの新刊書店でも、ある種の外商として展開していけるものだと思います。
 神楽坂モノガタリでも、この外商を持ち込んで、大きくしていきたいと考えています。この店のように棚が小さく、カフェの性格によって品揃えの傾向を制限せざるをえない場合でも、お店を仕入れ拠点やお客様との窓口として活用して、幅広くお薦めして買っていただく機会になりえます。
 このように、現在は神楽坂モノガタリの書棚運営を中心にしながらも、カフェとしての基礎を固めて利用客を増やすことや、お店の外にいる近隣の方々のお役に立てる販売企画などに取り組んでいるところです。
 次回は、マルベリーフィールドで開催した朗読食事会のことや、新刊書店の現場の方々との勉強会の様子についてお話ししたいと思います。神楽坂の続報もお伝えします。それでは、また。

 

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第3回 初めての「あちこち書店」、その顛末

久禮亮太(久禮書店〈KUREBOOKS〉店主。あゆみBOOKS小石川店の元・店長)

 こんにちは、久禮書店です。
 前回は、フリーランス書店員として受託した仕事について書きました。今回は、私自身が書籍を仕入れて出張販売をした企画についてのお話です。これは、私が思いつきで「あちこち書店」と呼んでいる活動で、カフェや美容院といった他業種の店舗や様々な施設など、書店ではない場所に棚を持ち込んで本を売ろうという単純な発想によるものです。

 5月12日の火曜日、平日1日限りの出店をしました。洋書絵本のバーゲン品と和書新本の絵本を中心にしたラインナップで、什器はりんご木箱を手作業で塗装した簡素なものでした。準備した在庫も売り上げもごくわずかでしたが、学ぶところは多くありました。
 場所は、東急目黒線の武蔵小山駅からほど近いキッズ・カフェALL DAY HOMEでした。スキップキッズが首都圏で10店舗運営しているうちの1店舗です。キッズ・カフェというのは、親子連れで来店して、子どもは店内の遊具スペースで遊べるというスタイルのお店です。もちろん親も子どもと一緒に遊んでもかまわないのですが、このお店ではつかの間でも子どもから解放されて1人でお茶をしたり、大人同士会話を楽しんだりする過ごし方を多く見かけます。

 武蔵小山は私の生活圏で、このお店には3歳の娘を連れて日頃からよく通っていました。私自身も娘と一緒にいる時間と仕事のバランスに苦心していたので、本を売る私のそばで娘が勝手に遊んでいてくれるのは好都合だと考え、この場所でやってみたかったのです。

「あちこち書店」の思いつきは、前職の頃からありました。書店に人が来なくなったと言われるが、それなら、こちらから出かけていけばいいのではないか、独立したいけれど店を構える頭金がないから、軒先を借りながらやっていけないだろうか、という考えです。
 勤めていたあゆみBOOKS小石川店は地下鉄後楽園駅の出口からすぐの路面店という好立地でした。それでも、自店の認知度がいまだに十分でないことや、来店の頻度の低さ、書店にふらっと寄るという習慣がない人の多さなどを思い知らされることがたびたびありました。お店のポイントカードに記録されるお客様それぞれのご来店頻度は、数カ月に一度というものがザラにあります。新聞に折り込みチラシを入れて新刊の予約を募ったところ、店から徒歩3分のところにお住まいの方から電話で「おたくの店、どこにあるの?」と問われたこともあります。
 一方でその多くの方々に対して、こちらがお店の外へ出てアピールしたところ、期待以上に買ってくださったという経験もありました。先ほど例にあげた折り込みチラシで告知した書籍は、『文京区の100年――写真が語る激動のふるさと1世紀』(郷土出版社、2014年)という1万円近くする写真集でしたが、予約募集に対して200件近い申し込みをいただきました。また、近くの文京シビックセンターで開催される講座への出張販売や、お店の前の通りに出て声を出しながら販売する機会を定期的に設けるだけでも、書籍の実売はもちろん、その後のご来店につながっていきました。
 このような経験から、興味をもちそうな人が集まる場所へ本を持って出ることが必要なのではないかと感じていたのです。

 ALL DAY HOMEへ娘と2人で客として訪問したある日、私は「ここで本を売らせてくれませんか?」と、かねてからの考えを話してみました。運営会社スキップキッズのマネージャーさんがたまたま店舗に居合わせていて、私の提案を聞いてくださり、実現することになりました。実はスキップキッズも、ちょうど書籍の導入を検討していたところだったのです。
 絵本を中心とした常設の書棚を作って、お店の魅力を高めたい。また、その書籍や関連する雑貨を販売することで、より多面的に売り上げをあげながらお店の利便性を高めたいという考えを、すでにおもちでした。しかし、書籍の選定や書棚の運営についてのノウハウや在庫調達の方法などについて、まだ検討が必要な段階にあると話してくださいました。
 その話をうかがい、私自身がその常設の書籍販売コーナーを担当したいと思いましたが、たとえ小規模でも新刊書店の棚をそこに作るためには、まだ私の準備が不足していました。

 カフェ内に販売用の書棚を設置して、お茶を飲みながらそれを読めるスタイルをとれば、その場で1冊を読み通すこともできます。それでも購入してもらえるようにするためにはどんな工夫ができるか。小さな棚だけに、カフェの常連のお客さんを飽きさせないためには、書目を小まめに入れ替え続けなければいけません。また、子どもが書籍を手に取ることも多く、大人も飲食をしながら読むという環境なので、在庫の汚破損は避けられません。
 つまり、新本の販売在庫を返品できる委託条件で取り引きする取次口座と、返品することがはばかられるような在庫を買い取って古書として再仕入れする流れのようなものがなくては、このような販売形態をとることは難しいと思ったのです。
 このような場合、既存の新刊書店がカフェと協業して新しい販売形態を作ることが自然な流れに思えますし、書店は積極的にそうすべきではないかと思います。いま振り返ると、私は個人規模の出張販売にこだわらず、既存の書店とカフェなど異業種の仲介を仕事にすべきなのかもしれないとも考えられます。しかしひとまずは、「あちこち書店」を自分の手でやってみなければ気がすまなかったのです。
 お店としても、常設棚の前段階として出張販売でお客さんの本に対する大まかな反応を見たいという考えがあり、出店を承知してくれました。売り上げ金の数パーセントを場所代として支払うという出店の条件も合意し、この企画が実現することになりました。
 この場所代は、書籍の粗利から支払うことを考えると大きな負担率になりました。それでも、お店に場所をお借りする一般的な対価としては、ご配慮いただいた料率でした。今回はまだ売り上げ規模が小さく、さほどのコストではありませんが、「あちこち書店」の場所や会期が増え売り上げ規模が大きくなれば、実店舗と同様に家賃の問題は避けられないようです。

 開催が決まり、さっそく書籍の調達を始めました。品揃えの中心は、あゆみBOOKSやマルベリーフィールドに続いて今回も洋書絵本のアウトレット品です。そこに和書新本の絵本と、ママさんたちのライフスタイルに関わる書籍を組み合わせようと考えました。
 この出店を考えた最初の動機は、ごくプライベートなものでもありました。娘が通う幼稚園のクラスメートとそのお母さんたちという、いまの私の交友関係のなかで、本の仕入れ経験を役立てられないかというくらいのものでした。より正直に言うと、私がママ友たちともっと仲良くなりたかったというわけです。
 娘が通う幼稚園は英語教育を軸にしていて、様々な国から来た親子が集まっています。ここに集まる人々との出会いを通じて、英語の絵本や読み物の需要を以前から感じていました。前職で洋書絵本のセールをしようと考えたきっかけも、そこにありました。
 洋書絵本のアウトレット品は、今回も以前からお世話になっている八木書店とfoliosから仕入れました。安価ですので、買い切りとはいえ気軽に仕入れることができました。また、自由に値付けすることができるので、ある程度の売れ残りが出ても大きな損をしないようにできます。
 和書新本の絵本と大人の女性向けの書籍も組み込むことにしたのは、ゆくゆくはこのお店にミニ書店コーナーを常設するという前提で、お客さんの反応を見たかったからです。仕入れ資金が許すならば、できるだけバリエーション豊かな棚在庫を持ち込んで様子を見たいところでした。
 しかし、私の仕入れ資金の準備は十分でなく、仕入れ価格が高い和書新本をさほど多く買い入れることはできませんでした。また、和書新本もやはり買い切りで仕入れたため、今回のように短い販売期間のなかで売り抜けたいという意識のなかでは、多くの在庫をそろえることを躊躇してしまいました。
 和書新本の仕入れ先は、子どもの文化普及協会という取次会社です。絵本の仕入れについて、前職でお世話になっていた出版社クレヨンハウスの営業担当の方に相談したところ、同社の関連事業として運営されているこの取次を紹介してくださったのです。同協会の倉田さんというご担当の方に、お話をうかがいました。
 同協会は、児童書の出版から書店経営までを手がけるクレヨンハウスの取次事業として、新刊書店以外の様々な相手に書籍を卸しています。取り引き先は多様で、飲食店や雑貨店などの店舗をはじめ、生協のような無店舗の販売会社もあります。
 取り扱う書籍は、やはり児童書を中心としてはいますが、実はジャンルを問わず注文することができます。仕入れ先の出版社数は、公表されているリストによると230社あり、その出版社の書籍なら児童書でなくても調達してくれます。
 ベテランの書籍編集者でもある倉田さんは、子どもの文化普及協会の理念についてお話ししてくださいました。すべての町に本屋を作り、子どもたちの日常に本が自然に存在することが理想だが、現実には本屋は減っている。ならば、せめて本棚だけでも町のいたるところにあってほしい。そのために、書店以外の様々な方にも、品揃えのアドバイスも含めて、本を届けていきたい。その言葉は、まさに私と考えを同じくするもので、強く印象に残っています。
 同協会からの仕入れは、基本的にはすべて買い切りですが、保証金のような前払い金は不要でした。仕入れの掛け率を同じ買い切りの条件で比較した場合、最も低い部類ではありませんが、いわゆる神田村小取次のいくつかよりも好条件か同等で、出版社との直取引よりも好条件になる場合もあります。とはいえ、文具や雑貨よりは高正味にならざるをえません。

 このように様々な仕入れ先から準備した書籍は約200冊でした。その内訳は、アウトレットが7割、新本が3割です。1日限りの販売で予想される売り上げ額に対してはずいぶんと多いのですが、書棚の演出のためには冊数も必要だし、出張販売を何度も開催するなかで消化できればいいという考えもありました。
 仕入れと並行して、什器の準備も進めました。寸法や価格、使いやすさを考慮して入手したのは、りんごの運搬に使われる木箱でした。間口が80センチ×30センチで、一般的な書棚の1段が1箱と捉えやすい形状です。これを8箱準備して、持ち込みました。自由に組み合わせて積み上げられるので、今後も様々な場所に合わせて陳列できます。このほか、表紙を見せて陳列するためのスタンドや手提げ袋、つり銭などを手配し、開催に備えました。 
 当日の朝を迎え、書籍と什器、備品類を台車に載せ、娘も台車のハンドルにつかまり立ちさせて、この一式を押してキッズ・カフェへ向かいました。
 カフェ店内での陳列を終え、10時の開店を迎えました。開店早々から14時頃までは、ありがたいことに来客が絶えず、順調に売れていきました。その7割の方々は、私と娘のママ友と、そのお友達でした。裏を返せば、不特定の方々への宣伝活動の不足ともいえますし、その場にたまたま居合わせた方への書棚の訴求力の不足ともいえますが、ママ友のネットワークに貢献できればという当初の趣旨には沿うことができました。

 出張販売会の宣伝活動では、ママ友ネットワークに助けられることばかりでした。お母さんたちはそれぞれ、いくつものコミュニティーに属しています。幼稚園、公園、児童館、マンション、小児科医院、様々な習い事の教室など、子育てにまつわるちょっとした接点から、あちこちに友達の輪をつないでいきます。
 半年前にフルタイムの主夫業に転じたばかりの私は、数少ない男性ということで腰が引けていて、こういった場でいまいち打ち解けられないでいました。しかし、「絵本を仕入れるパパさん」といういわば話のネタとして、何人ものママさんたちに紹介してもらううちに、少しずつ私も娘も地元のあちこちにつながりをもてるようになりました。この日も新しいママ友との出会いに恵まれ、うれしく思いました。
 15時からは、絵本の読み聞かせもしました。妻の友人で劇団員として活動している方と私の2人で、代わる代わる朗読を担当しました。移り気な子どもを相手に、舞台に立つ人ならではの語りかけ方や間の取り方といった、聴く人を引き込む技術を発揮する演劇人。これまでわが子を相手に絵本を読んできたとはいえ、一本調子な私。子どもたちの反応はまるで違っていました。これからの本屋人生でも、大人の読者を相手にこんなふうに本をプレゼンできたらと思わされる場面でした。

 この日、16時を過ぎたあたりからは来客がぱったりと途絶え、店は私と娘の貸し切り状態。それは、春には珍しい台風のせいでした。台風6号の影響で、夕方から天気が急転し、夜には土砂降りになってしまったのです。19時頃には、閉店を待たずに撤収することにしました。
 帰路は、朝と同じく満載の台車にカッパを着せた娘も乗せ、在庫に雨水が染みないかとハラハラしながら自分はずぶ濡れというものになりました。
「あちこち書店」の初出店は、漠然と期待していた売り上げを大きく下回る結果に終わりました。利益のことを脇に置いて、今後どのような形の本屋を目指すにしても、物の売買にとどまらず、本をきっかけにした緩やかな地元コミュニティーを作る役に立ちたいという思いを感じたことは、今回の小さな売り上げとは反対に、大きな成果になりました。
 幸い、状態がいい残り在庫はマルベリーフィールドのアウトレット棚に納品することができ、デッドストックになることは避けられました。和書新本の在庫は、次の機会まで寝かせておくしかありません。仕入れ代金を回収できる日はまだ先のようです。

 この販売手法で利益を出すには、頻繁に開催し続けることと、複数の売り場で在庫を回すことがやはり必要なようです。また、限られた予算のなかで棚在庫をもう少し豊かにすることと、場所代に見合った粗利を得るという課題を考えると、古書を扱う必要もありそうです。
 また、今後は委託条件で取り扱える書籍を増やす方法も探っていきたいと思います。直取引で委託でも低い掛け率を提示してくださる出版社が増えていて、積極的に取り入れていきたいと思います。しかし、取次会社と取り引きできることも諦めずに考えようと思います。多様な書籍を仕入れるためには必要な窓口ですし、出版社各社との個別の事務作業を取りまとめてくれることや、支払いを一本化できることなど、実務の面でも重要なインフラになるものだからです。
 たしかに、新品の書籍を返品可能な委託の条件で卸してもらうには、やはりこちらも小売店としての規模や体制が整っている必要があります。一方で、新本を売る棚はどんどん小さくなっています。既存の新刊書店の売り場がいや応なく縮小しているという面もあれば、他業種とのミックス業態や個人経営のセレクト書店のように意図して小ささを志向している場合もあります。
 そうなると、新本の配送がきめ細かくなっていくことを求められます。少量の荷物をあちこちに納品してほしい。これは配送コストを増大させることで、いま大手取次会社が志向している配送コスト削減にまったく逆行してしまうものかもしれません。
 そのギャップを埋めるアイデアはないものでしょうか。たとえば、独立系小書店が連合して仕入れを取りまとめるNet21のような先行事例に学ぶ。既存の新刊書店を地域ごとの仲卸として、私のような極小書籍販売者を束ねた拠点にできないか。どれも私の空想の域を出ないものですが、業界の様々な立場の方々と一緒に考える機会につながれば、新しい展開をもたらせないかと考えています。

 すぐにでも「あちこち書店」の第2回に取り組みたいところでしたが、現在は棚上げにしています。いま取り組んでいるのは、神楽坂に新しく出店するブックカフェの準備です。
 ある製本会社の新事業として、新刊書籍と雑貨とカフェを組み合わせ、落ち着いて過ごせるサロンのようなお店を目指しています。この企画のなかで、私は3,000冊程度の選書と、書棚のデザインやレイアウトの助言、書店実務の研修、取次や出版社との渉外などを担当しています。
 これは、フリーランス書店員として受託した大きな仕事でもあり、今後「あちこち書店」を再開するための資金を得る機会でもあります。また、このお店を通して新しいアイデアが生まれることも期待しています。しかし、まずはこのお店を立派な書店として作り上げることに注力したいと思っています。

 

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第2回 本を売る〈場〉を考える

久禮亮太(久禮書店〈KUREBOOKS〉店主。あゆみBOOKS小石川店の元・店長)

 こんにちは、久禮書店です。
 今回は、フリーランスとして初めていただいた仕事についてお話しします。
 東京都の昭島市中神町に、マルベリーフィールドというブックカフェがあります。私はこの店の書棚を作るという仕事をいただき、選書・発注から、棚に並べる作業までを任せてもらいました。また現在も継続して、棚のメンテナンスや品揃えの変更をしています。
 マルベリーフィールドは、サンドイッチやスープ、ケーキなど、手作りの食事にこだわったカフェでありながら、店の半分は新刊書店でもあるという、個性的な店です。JR青梅線の中神駅を出てすぐ、ロータリーに面した便利な立地にあるこの店は、駅前唯一の書店として、近隣のお客様に日常的に利用されています。大手取次会社の取引口座をもっていて、雑誌はもちろん、全ジャンルの新刊配本もあります。つまり今回の仕事は、カフェに似合うおしゃれな書棚を作るというだけでなく、新刊が売れる棚を作り、運営していくことも考える必要がありました。

マルベリーフィールド外観

 書棚は、店の内装に溶け込むシックな茶色に塗装されていますが、新刊書店で多く導入されているのと同型のスチール什器で、一般的な規格と同じ80センチ幅の棚で6段組みのものが10本、店奥の角地にL字の壁面に沿って置かれています。書籍を棚にぎっしり背挿しにするのではなく、表紙・カバーを見せる面陳を多用してゆとりがある置き方をしていますが、1,000冊以上は在庫できます。
 今回はひとまず、この10本の棚のうち5本を「セレクト棚」とすることにしました。いくつか掲げたテーマやキーワードに沿って本を組み合わせメッセージを伝えるような、「文脈棚」とも言われるかたちです。550冊ほどを選び、既存の棚をほぼすべて入れ替えることになりました。
 残りの半分は、おもに文芸書の単行本や文庫、コミックが並んでいる棚です。こちらは、一般的な書店の並び方のままにしておくことにしました。便利な駅前書店というこの店のもう一つの役割からすると、普通の棚を普通のやり方で、ちゃんと手をかけて回すことができれば、それだけでいいという面もあります。
 セレクト棚をどう作るか。まず品揃えの核となる本をリストアップしました。店の大まかなイメージやお客様の雰囲気は踏まえましたが、文脈棚の小テーマのようなものは、先には考えませんでした。これまでの経験のなかで長く売れていた本、これからも売れそうな本、最近の新刊からピックアップしたものなど、1冊1冊が新刊書店でいまでも売れるものであることを優先しました。
 そうしてふくらんできたリストを整理しながら徐々にできたグループにタイトルをつけて、それを棚の小見出しのようにしました。いくつかご紹介します。

セレクト棚

「親子の時間」
酒井駒子『よるくま』(偕成社、1999年)
梨木香歩『西の魔女が死んだ』(新潮社、2001年)
信田さよ子『母が重くてたまらない――墓守娘の嘆き』(春秋社、2008年)
アレグザンダー・シアラス/バリー・ワース文、中林正雄監修『こうして生まれる――受胎から誕生まで』(古川奈々子訳、エクスナレッジ、2013年)
など

「私は私の身体を知らない」
山口創『手の治癒力』(草思社、1999年)
谷川俊太郎/加藤俊朗『呼吸の本』(サンガ、2010年)
三木成夫『胎児の世界――人類の生命記憶』(中央公論社、1983年)
バーバラ・コナブル『音楽家ならだれでも知っておきたい「からだ」のこと――アレクサンダー・テクニークとボディ・マッピング』(片桐ユズル/小野ひとみ訳、誠心書房、2000年)
など

「成熟と死について考える」
アリス・マンロー『ディア・ライフ』(小竹由美子訳、新潮社、2013年)
ヨナス・ヨナソン『窓から逃げた100歳老人』(柳瀬尚紀訳、西村書店、2014年)
エリザベス・キューブラー・ロス『死ぬ瞬間――死とその過程について』(鈴木晶訳、中央公論新社、2001年)
伊藤比呂美『犬心』(文藝春秋、2013年)
など

「都会暮らしもサバイバル」
ブラッドリー・L・ギャレット『「立入禁止」をゆく――都市の足下・頭上に広がる未開地』(東郷えりか訳、青土社、2014年)
ジェニファー・コックラル=キング『シティ・ファーマー――世界の都市で始まる食料自給革命』(白井和宏訳、白水社、2014年)
ナンシー・ウッド『今日は死ぬのにもってこいの日』(金関寿夫訳、めるくまーる、1996年)
坂口恭平『独立国家のつくりかた』(講談社、2012年)
など

「人生の位置エネルギーと運動エネルギー」
クリストファー・マクドゥーガル『BORN TO RUN 走るために生まれた――ウルトラランナーvs人類最強の“走る民族”』(近藤隆文訳、NHK出版、2010年)
ロバート・M・パーシグ『禅とオートバイ修理技術』上・下(五十嵐美克訳、早川書房、2008年)
リー・ベンデビット-バル『地球の瞬間――ナショナルジオグラフィック傑作写真集』(日経ナショナルジオグラフィック社、2009年)
吉村和敏『「イタリアの最も美しい村」全踏破の旅』(講談社、2015年)
など

「サイエンスとアートが世界を再魔術化する」
近藤滋『波紋と螺旋とフィボナッチ――数理の眼鏡でみえてくる生命の形の神秘』(学研メディカル秀潤社、2013年)
結城千代子/田中幸著、西岡千晶絵『粒でできた世界』(太郎次郎社エディタス、2014年)
ダウド・サットン『イスラム芸術の幾何学』(武井摩利訳、創元社、2011年)
高野文子『ドミトリーともきんす』(中央公論新社、2014年)
など

「世界の仕組みを大掴みにする」
マテオ・モッテルリーニ『経済は感情で動く――はじめての行動経済学』(泉典子訳、紀伊國屋書店、2008年)
ジェームズ・M・ヴァーダマン/村田薫編『アメリカの小学生が学ぶ歴史教科書――EJ対訳』(ジャパンブック、2005年)
小林弘人/柳瀬博一『インターネットが普及したら、ぼくたちが原始人に戻っちゃったわけ』(晶文社、2015年)
「世界の歴史」編集委員会編『もういちど読む山川世界史』(山川出版社、2009年)
など

「お金と時間・人生をドライブする両輪」
國分功一郎『暇と退屈の倫理学 増補新版』(太田出版、2015年)
メイソン・カリー『天才たちの日課――クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々』(金原瑞人/石田文子訳、フィルムアート社、2014年)
ロバート・キヨサキ『改訂版 金持ち父さん 貧乏父さん』(白根美保子訳、筑摩書房、2013年)
マイク・マグレディ『主夫と生活』(伊丹十三訳、アノニマスタジオ、2014年)
など

 前職で日々、書籍の売り上げスリップをチェックしていました。まとめ買いしてくださった際には、そのスリップを束にしておき、あとからその買い方に対してキャプションをつけてためておくという作業を続けていました。今回の文言の多くは、そのときの言葉を使っています。
買い方スリップ1

買い方スリップ3

 これらのグループは、できるだけあいまいな括り方にしておきました。それは、メッセージや文脈のもとに棚が固着してしまうことを避けたいと思ったからです。文脈棚のテーマの数々を更新していくことや、既存のテーマに沿わない本を日々組み込んでいく作業は、日常業務のなかでは滞りやすいものです。それに、買ってもらうための棚は、売れ方の予測や売ろうとする勢いが冊数や置き方で表現されているべきだし、お客様の反応次第で変化していくべきだと思ったからです。
 しかし、そのようにして並べてみた棚は、店から期待されていたほどにカフェの雰囲気を決定づけるような第一印象を演出できていたかというと、そうではなかったと思います。自分が想像したより、少し地味だったという気もしています。大判のビジュアル本ばかり飾るのも安直かと思い、あえて背挿しにしておいた『新・世界でいちばん美しい街、愛らしい村』(MdN、2015年)や『世界で一番美しい村プロヴァンス』(マイケル・ジェイコブズ文、ヒュー・パーマー撮影、一杉由美訳、ガイアブックス、2013年)などの写真集が、早い時期に売れてくれました。
 また、シリーズものの時代小説文庫やビジネス・スキル本の定番が売れて、セレクト棚が動いていない日もありました。そうなると、もっと気取らない実用書や親しみがある作家の小説を選んでおくべきだったかと、逆の方向にも反省してしまいます。

 店のオーナー勝澤さんは、いつも柔軟な姿勢で私の意見を聞いてくださいます。私が店の客層を理解するまでの試行錯誤の期間を、何も言わずに許容してくださっていると勝手に解釈して、ありがたく思っています。それだけに、私自身がこの店にあった品揃えを、今後の継続的な関係のなかで見つけなければいけないと思います。
 カフェのための書棚か、本屋のための書棚か。このバランスのとり方は、選書を始めた当初からいまも、悩み続けています。カフェの雰囲気や居心地、インテリアに貢献するような格好いい選書か、近所の本屋として、格好よくはないし名著でもないけれどつい買ってしまう本がちりばめられた、気のおけない棚を作るか。どちらの要素も大事です。このさじ加減をどうするか。店内の場所を使い分けて表現する必要もありますし、今後の売れ方に対応して変化していく必要もあります。

 このバランスについて考えることは、カフェではありませんが、前職のあゆみBOOKS小石川店でも同じでした。
 店に入ってすぐのメイン平台は、まず書店の顔となるようなインパクトをもった平積みや面陳、店の雰囲気を伝えるような組み合わせを見せる場所だと考えていました。また、お客様よりちょっと先に、これが面白いと思いますよと提案する場所だと思っていました。
 すでに市場で売れた結果が出ている本、いまこれが売れているよという後追いのランキング情報を提供することは、他の棚でもできる。もちろんメイン平台にも旬のベストセラーを置きますが、そこにちょっと意外な本を組み合わせることを考えていました。まだあまり売れていない本でも、ポップをつけたりして持ち上げるのではなく、ベストセラーと同等の扱いで、しれっと隣に置いておく感じです。各ジャンルの棚前に平積みしていては2、3冊売れて止まってしまうかもしれないけど、10冊くらいに伸ばしたいというような中ヒットを量産する試みです。結果的に、お客様にこの店ならではという新しい発見をしてもらう面白さにもなっていたと思います。
 一方で、深夜にジャージ姿で行ってもたいして恥ずかしくなくて、とりあえずなんでもいいからなんかくだらないものが読みたいというときにも、何か買えるような雰囲気のコーナー作りも必要でした。そのバランスを、棚や店全体を使い分けて表現しようと試してきたのが、あゆみ小石川での仕事だったのです。

 マルベリーフィールドでも、これからの売り上げスリップを見ながら、ちょうどいいバランスを求めて提案していきたいと思っています。
 ただ、このバランスを考えたときにとても大事な前提があります。まず気軽にふらっと入店できるということです。カフェでお茶をするつもりがない人も、通りがかりに足を止めて、なんとなく入店してもらえるという本屋らしい開かれた店構えが必要なのです。
 そうはいっても、週刊誌や漫画誌の什器を外に出せばいいというものではありません。マルベリーフィールドでは、店外テラス席のすてきな雰囲気が損なわれてしまいます。普通の新刊書店ではそうすることが一般的ですが、多くの書店にとっても、それが正しいのか考え直す余地があると思います。
 この課題も、前職から考え続けていることです。雑誌の新刊を習慣的にチェックする人がどんどんと減っていることは明白で、雑誌に支えられた店づくりから変化しなければならないことは、どの新刊書店にも言えます。いつも同じ雑誌が店の顔になっていると、興味がない人にとっては、店自体が風景に埋没しているのではないかとさえ考えてしまいます。本屋にふらっと入る習慣をもたない人がうっかり入店してしまうような店構えと、本好きでなくてもつい買ってしまう、それでいて本の世界の入り口になるような商材を考える必要があります。 

 前職で見つけた答えの一つは、アウトレット・ブックスのコーナーを店の外と中に作り、動線をつなげることでした。
 アウトレット・ブックスとは一般的にはバーゲン本(B本)と呼ばれるものですが、もう少し現代的な語感をもたせたくて、そう呼んでいます。古書ではなく、様々な事情で出版社から専門業者へ直接卸す新品です。しかし、ほとんどの新本流通に適用される再販売価格維持契約からは除外されており、書店が自由に値付けして販売できます。
 多くの場合買い切り仕入れのため、書店は返品できないリスクを負いますが、格安で買い付けたうえで粗利を大きく設定することもできるという大きなメリットもあります。新刊書店で、書籍の仕入れ資金の負担を軽減しながらも、文房具や生活雑貨ではなく書籍にこだわった品揃えで利益率を上げるためには、もっと注目されるべき分野だと思います。
 また、買い切る、売り残しが少ないほど儲かる、価格設定のうまさ次第で売れ行きが変わるというのは、商売の原点に回帰するようなシンプルさがあり、すがすがしい気分がします。つまり、本屋として日頃鍛えている選書眼が儲けにつながるというダイナミックな喜びを感じられるのです。
 そのうえ新本のバーゲンセールという催し自体がまだ一般的ではないため、目立つ場所で展開すれば、多くの人の興味を引くことができます。ただ、店の雰囲気に安っぽい印象をもたせない工夫が必要です。肝心の新刊書籍に割高感をもたれて売れなくなることにも注意しなければいけません。

 マルベリーフィールドでも、アウトレット・ブックスを販売しています。店の雰囲気に合うアート・ブックや洋書絵本を中心に、雑貨のような感覚で見て楽しめて、気軽に手に取ってもらえるようなセレクトをしています。まず見栄えのよさがあり、そのうえで、いいものが安いというお楽しみもあるという狙いです。店のオーナーである勝澤光さんにあゆみBOOKSの事例を紹介したところ、すぐに私の意図を読み取ってくださり、テラス席と入店してすぐの棚にコーナーを作ってくれました。

マルベリーアウトレット

 選書と調達は私が担当しました。仕入れ先は、おもに神保町の八木書店です。老舗古書店であり、新刊取次とバーゲン本卸問屋も兼ねる八木書店の本社にはバーゲン本の店売所があり、膨大な在庫から現物を手に取って選ぶことができます。私は、和書バーゲン本はこちらから、洋書は八木書店ともう一社、Foliosという業者から仕入れています。
 一カ月分と見込んで在庫を仕入れて販売し始めましたが、2週間後には最初の追加納品をするほどのいい反応があり、安堵しています。
 ここまでお話ししてきた選書やアウトレット・ブックスの企画は、マルベリーフィールドがこれまでも独自の方法でお店を変化させてきた経緯があったからこそ実現したものです。勝澤さんは、初対面の私が提案したものを、とりあえずやってみようという柔軟な姿勢で全面的に採用してくださいました。また、すぐにお客様の反応を取り入れて、改善点を提案してくれます。

 そこで、この店の成り立ちについて、少しお話しします。このお店が、小さいながらも、というより小規模だからこそ機敏に、商売の形を変化させてこられた経緯はとても興味深く、本屋をやるうえでも参考にしたいと思うからです。また、その柔軟さを模倣しようとしたときに、書籍の流通制度や取引条件の問題を考えざるをえないと気づかされるからです。
 ここからは、直接お聞きしたことと、私が見て推測したことも交えてお話しします。勝澤さんの考えとは違うこともあるかもしれません。
 このお店はもともと勝澤書店という新刊書店として、勝澤光さんのお父様が始められたそうです。現在も、店舗はもちろん、外商部もあり、地元の書店として長く営業しています。その店をブック・カフェに方向転換するきっかけになったのが、「春樹とタケノコ」のエピソードです。
 村上春樹の『1Q84』(新潮社、2009年)の単行本が刊行され、発売直後からあちこちで売れまくっているさなか、勝澤書店への配本は、多くの個人経営書店がそうだったように、ほんの数冊だったそうです。怒り心頭の勝澤さんは、ちょうどそのころ、縁あって地元の竹林の手入れを手伝ったおりに仕入れた大量のタケノコを、いっそ平台で売ってやれと思い立ったそうです。試してみたところ、これが飛ぶように売れました。それをきっかけに、地元昭島の野菜を売り場に置くようになったそうです。それも順調に売れていきました。それでも売れ残る野菜も出てきます。そこで、それを調理して提供しようと思い、キッチンを増設し、客席を配置し、カフェとしての内装を整え、現在の業態になったのだといいます。
 現在の店は、たとえ書棚がなくても、すてきなカフェとして、地元のお客様に愛用されているように見受けられます。それでも、勝澤さんは書店としての役割を大切にされているようです。実際、常連のお客様がふらりと入店しては、カフェの客席ではなくレジへ来て、定期購読の雑誌や注文品の書籍を買い、ちょっとおしゃべりをして帰るというような場面を何度も見ました。
 書店の薄利を補うために、カフェを併設して飲食メニューの高い粗利を得るというモデルがよく話題になりますが、そう簡単ではないと、勝澤さんは言います。
 実際、マルベリーフィールドのカフェ部門は順調に伸びているそうです。しかし、カフェの来客が増えると、それだけ食事の仕込み作業が増えます。書籍のように、仕入れて棚に補充すればいいというふうにはいかない。繁盛してくると、思った以上に忙しく、書店部門にかけられる時間がどんどんなくなってしまうのだそうです。
 それでも、駅前唯一の書店としての役割は重要ですし、売り上げもあります。また、旬の新刊本をじっくり読める、買えるということは、カフェの人気を支える面でも大切な要素なのです。
 一方で、飲食メニューは価格設定のうえで粗利が高いとはいえ、ブックカフェでは、お客様はゆっくりと読書をします。つまり、いわゆる回転率は低い。そこを補う役割を果たしているのが、テイクアウトのサンドイッチ販売だそうです。このサンドイッチは、発売からすぐに人気商品となり、お昼前に完売することも多いといいます。この人気商品をきっかけに、デパートの催事に出店する機会を得たというほどです。また今度は、テイクアウトの盛況に組み合わせて店のテラスで書籍のコーナー作りを企画したりと、様々なアイデアを次々に実行しています。
 書籍販売とはあまり関係がないこの話を持ち出したのは、このような商売の個別の事例にこそ学びたいと思うからです。勝澤さんがどのように日々のやりくりをし、変化に対応してきたかを聞いたり想像したりすることは、とても楽しいことでした。書店が成功するためのビジネスモデルだとか法則ではなく、中神のお客様と勝澤さんがやりあった、この店ならではという物語が、とても興味深かったのです。書籍の販売もまた、それぞれの店ごとが抱える様々な事情によって、多様なあり方があるはずだと気づかされました。
 勝澤さんが店の空間を自在に編集してきた軌跡を垣間見て、では店をもたない私がそこから学んで模倣できることはないかと考えました。そこで、私が本を携えて、新しい店づくりを考えている店に飛び込んでみてはどうかと思ったのです。書店ではないが書籍を扱いたいと考えている店や、本に興味をもってくれそうな人の集まる場所がたくさんあります。
 多種多様なジャンルの本が、それぞれにいちばん求められる場所で面白そうに盛り付けられる方法を考えて、そんなあちこちに出張している本たちを束ねる元締めのような役回りを私がするのはどうだろうかと、夢想するのです。

 実際、カフェや雑貨屋、美容院など、本を扱いたいという声をよく聞きます。しかし、仕入れにかかる煩雑な事務作業や、取引条件、在庫リスクなど、様々な制約があり、なかなか実現できません。私たち書店員は、日常的にそれらと向き合ってきました。では、いろいろな店の条件に合わせて、選書をして調達までする選書家兼仲卸業というやり方もあるのではないかと、最近は考えています。実際、児童書のなかでは、そういう機能を果たしている企業があります。
 児童書を中心とした出版から絵本の専門店までを経営しているクレヨンハウスでは、関連事業として子どもの文化普及協会という取次会社を運営しています。この企業は、新刊書店以外の様々な業種の店舗と取り引きしていて、絵本を卸すだけでなく、選書や陳列、販売方法のコンサルタントもしています。取次業としては、保証金を取らず、買い切りではありますが大手取次よりも低い掛け率の好条件で、私のような小さい取り引き相手に対してもオープンな形で、取り引きされています。

 次回は、久禮書店の出張本屋「あちこち書店」の1回目の模様についてご紹介します。地元、武蔵小山のキッズ・カフェALL DAY HOMEの店内にスペースを借りて、洋書絵本のアウトレット・セールと和書新本の絵本を組み合わせた棚を作りました。今回は1日限定のお試し開催でしたが、今後の継続に向けて、勉強になることがたくさんありました。

 それでは、また来月。

 

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第1回 書店を辞めて、遍在する本屋を目指す

久禮亮太(久禮書店〈KUREBOOKS〉店主。あゆみBOOKS小石川店の元・店長)

 はじめまして、久禮亮太と申します。今年の1月に、新刊書店のあゆみBOOKS小石川店の店長の職を離れ、「久禮書店」を始めました。
「久禮書店」とは名乗っていますが、まだ店舗はおろか、本の在庫も持ってはいません。ネット古書店や、いわゆるアフィリエイトで稼ごうというものでもありません。書店員の仕事の経験や人脈、技能を携えてあちこちへ出向くという、いわばフリーランス書店員を始めることにしたのです。
 勝手に始めたこのわけのわからない取り組みに対して興味を示してくださる方々がいて、ありがたいことに、報酬がある仕事をくださる方も現れました。
 独立して初めての仕事は、新刊書店でもあるブックカフェで、売り場全体の選書をすることでした。また別の、本と雑貨とカフェの店では、ブックフェアの選書に加えて、書籍担当スタッフに書店実務を指導するというご依頼をいただきました。
 このような選書に絞って関わる、いわゆるブックコーディネートや、書店の現場に即した知恵を共有していく仕事は、本屋の専門的な技能として、いろいろな場所で求められていることがわかりました。
 また今後は、他店に身ひとつで関わる仕事だけではなく、自分自身の売り場を持って、この手で仕入れた本を読者に届けたいと思っています。ただ、それは一軒の自分の店を開業するということではなく、いろいろな場所に棚を持って出かけていく「あちこち書店」をやりたいのです。つまり、棚を乗せて移動する車両書店、様々な業種の店舗やオフィスに間借りする書棚、イベントスペースを貸し切って「ひとり書店」たちが小ブースを並べるブックフェスなど。そのような活動を継続しながら、その後に、自分の店を構えたいと思うのです。
 この連載では、久禮書店の今後の活動をリアルタイムでお伝えしながら、久禮書店の土台となったあゆみBOOKSでの経験を、回を追って次のように振り返りたいと思います。

 棚や平台をどう編集してきたか――書店で本を探すということ自体に楽しさを感じてもらい、長く店のファンでいてもらうためには、いちばん大切な仕事ではないでしょうか。ネットで買ってもいいし、買わなくても生きていける本というものをどうやって面白そうにみせるのか。
 売れた本のスリップを、どう活用してきたのか――売り上げスリップをチェックするのは、単に売れ筋を追いかける作業ではありません。なぜ売れたのかと考えながら、読者の視点を自分の内面に取り込んで、その立場なら、次は何を求めているだろうかと考える作業なのです。
 新刊書籍だけではなく、アウトレット本を扱ってきたのはなぜか――それは、書店にも、よそでは買えない掘り出し物や、その場限りのバーゲンの楽しさがあるべきだと考えたからです。また、新本の仕入れ予算や持てる在庫の制限に対抗して、本にこだわった品揃えで棚を演出するには、うってつけの商材だったからです。
 読者とどのようにコミュニケーションをとるのか――売り上げスリップと平台を介した無言のやりとりや売り場での会話を通して、読者のライフスタイルに寄り添った売り場の編集をできるか。売り場でのイベントに参加してもらうことで、リアル店舗の楽しさを生み出していけるか。

 このような事柄について、これまでの取り組みと、これからどう発展させていくかということをレポートしていきたいと思います。
 そして、この連載をきっかけに、現場の様々な制約のなかで仕事を模索する書店員のみなさんと、会社の垣根を越えて連帯し、教え合い学び合う場を実際に作れたらと期待しています。さらに、書店員がその経験や技術を生かして著者や編集者と協働する場を持つことをも考えていきたいと思います。

 私は、あゆみBOOKSでおよそ18年を過ごしました。学生時代にアルバイトとして早稲田店に入って6年間。その後、よその新刊書店への短い就職を経て、正社員としてあゆみに戻って12年間。最後の4年間は、小石川店の店長を務めました。
 あゆみBOOKSチェーンは、首都圏と宮城に13店舗があり、おもに100坪以下の中規模店で構成されています。どの店も、書籍の品揃えは正社員が担当していて、各人の裁量が大きく認められてきました。どの店も、地域住民の好みや各店長の色が反映されて、独自の雰囲気をつくってきました。
 どの店も比較的、書籍単行本の売り上げ構成比が大きく、とくに私が預かる小石川店は、売り上げ構成比以上に、人文書や文芸書の在庫を潤沢に持っていました。しかし、それは順調に売れていればこそ、可能なことでした。
 私たちの店も、業界全体の流れと同じく、売り上げは漸減していました。私たちが、その売り上げ減少の実情に合わせて在庫を返品し、新たな仕入れを減らすことは、経営上当然のことでした。
 他方、この状況をより複雑にする事情も出てきました。私たちが書籍の大半を仕入れる取次が、ある施策を始めたのです。簡単にまとめると、こうです。店舗の売り上げ額に対する返品額の比率(返品率)を、前年よりも下げればその成績に応じて取次から書店に報奨金を支払い、反対に上回れば書店が罰金を納めるという契約です。あゆみBOOKSも数年前から、この取り組みに参加しました。
 返品を減らし、それによって得る報奨金という、いわば真水の現金を獲得することは、経営を短期的には潤します。本の売り上げ金から純利益を濾過して同額の現金を得ようとすれば、途方もない売り上げが必要だからです。
 仕入れにかかる支払いの軽減と、この契約による報奨金の獲得を両方とも実現するためには、現場の私たちは、ひとまずは在庫を一気に返品し、以後は注文をできるだけ抑えて在庫を少なく維持して、無用の返品を出さないことが必要でした。そうすることで、本を売って得ることよりも大きな現金収入を会社にもたらすという、倒錯した「成果」を生み出すかもしれなかったからです。
 しかし実際には、そううまくはいかない。少ない在庫を回転させて、思惑どおりに低い返品率のなかで安定して売り上げをたてられる店は限られています。例えば駅前の好立地で、競合店がない。不特定多数の幅広い客層に恵まれているために、配本で入荷したもの以外に、意図的に品揃えを差別化する発注が(とりあえずは)少なくてすむ。そのような条件のもとでだけではないでしょうか。
 当然、そんな恵まれた店はそうそうありませんし、その好調な店にしても、標準的な商品構成の店であるかぎりは、業界全体に共通する売り上げの減少には、大筋では同調しています。
 売り上げの縮小に合わせて店舗の在庫量を減らさなければならない。それでいて委託配本は入荷する。たいてい、それらは店に最適なタイトルの本ばかりではないので、より売れそうなものを積極的に注文して入れなければいけません。配本された新刊にも、自分で注文したものにも、やはり当たり外れはあります。売ろうとすれば、どうしても返品は増えます。チャレンジする品目は減らさないで、1点あたりの注文冊数を少しずつ抑えていくしかありません。
 このように在庫をスリムにしながらもできるだけ売ることを目指すには、日々の売り上げや仕入れ、返品の数字を把握する必要があります。予算が許すギリギリの線まで、積極的な仕入れと、売れるものへと取り替える注文が必要ですし、長く積むべきものの在庫を守るためには、より短期のうちに見切りをつけるべきものを探し当てて返品もしなければいけません。
 ここに、返品率を下げれば金を出すという条件が挟まれるとなると、ややこしくなりました。「注文してはいけない」「返品してはいけない」という経営上の要請を、具体的な指標よりも曖昧なムードとして、現場担当者は過剰に忖度するようになりました。
 何かを平積みにして試してみようと自分から注文をすると在庫が増えるし、それが売れるのかはわからない。どうせ返品になるのなら、何もしないことがいちばん儲かるらしい。売れ筋データのベスト20に挙がっている商品くらいは、欠品すると怒られるから、とりあえず入れておこう。なんとなくそういう雰囲気になりがちでした。
 本来なら、その空気に抵抗してでも売るという棚担当者たちの見識があるべきです。新刊・既刊を問わず、できるだけ幅広く目配せをして、これから売れそうな兆しを見せている本を掘り出して積む。手をかけなくても積んでおくだけで売れるヒット商品があるのなら、その隣に何を積めばあわせて買ってもらえるのか、あれこれと探ってみる。それが本来の仕事です。
 売り上げデータの上位には上がってこない中位グループを豊かにすることが、書店の売り上げ全体を下支えするとともに、品揃えを面白くもします。ベスト20ではなく、それ以外の1,000点の平積みそれぞれが月に1冊でも多く売れることや、その組み合わせが読者の衝動買いやまとめ買いを生むことほどに面白いことが重要です。しかし、その試みや成果は、売り上げ順に並べ替えられた結果だけを追ってもわかりにくいものです。
 私たちは、店全体あるいはジャンルごとの売り上げ額やその前年比の下降というような大きな数字にとらわれすぎていました。そういうわかりやすい数字によって、責任を感じたり不安に思ったりしました。一方で、品揃えの一冊一冊への判断の仕方や組み合わせの面白さをどう作り出すか、読者とどのようにコミュニケーションをとるのかといった仕事の細部は、重要なのに自分自身にも成果が見えにくく、現場にいない本部からはなおさら評価もしづらいものです。
 そのために、このような本屋の技能を磨いたり共有することを、疎かにしてしまいました。以前は確かにやっていたはずの訓練を、だんだんとしなくなってしまったのです。
 店の棚担当者全員が集まって、ジャンルにとらわれずに毎日の新刊を1冊ずつ手にして、各自の判断を言い合う。売り上げスリップの束を、全員が全ジャンルのそれを一枚一枚めくって、次の品揃えにつながるヒントを探す。平積みの並べ方を批評し合う。そういう訓練や育成を日課にしていたはずでした。
 確かに、そのようにしていい品揃えをして部分的な成功を得ても、全体の大きな売り上げ減少の流れのなかにいては、成果を自己評価しづらい。私たちも現場で、「どうせなに積んでも売れないしなあ」という思いにとらわれることもありました。現に、売り上げは減少しています。
 しかし、私たちは日々、実際に買ってくださるたくさんの人々と接していたはずです。つまり、本は確実に求められているし売れているが、かつて好調なころの店舗や制度の設計では、おもに家賃などの経費が見合わない、ペイしない。そのために、会社の存続が危ういという自分たちの不安を語っていたのだと思います。
 売り上げの減少に合わせて店舗や組織を縮小するという、避けられない変化に対応するときに、守るべき本屋の仕事の核心は何でしょうか。読者に本にまつわるすばらしい体験を提供するサービスであり、得た報酬を書き手や作り手に還元すること、本をめぐる生態系を維持することだと、私は思います。この循環の技術や労力と、そこに集まる人たちとのコミュニケーションという、書店員の属人的な技能こそが本屋の仕事の中心ではないでしょうか。
 それ以外の要素、つまり店舗の規模やそれに伴う家賃、流通制度の維持やそのコストという枠組みに縛られて、かわりに仕事の本質的な部分を継承していくことが軽んじられていくのはいやだと思ったのです。

 そこで私がまず取り組んだのが、アウトレット本の販売でした。新本のバーゲン品は、すべて買切で仕入れなければいけませんが、適切に仕入れれば粗利がとても大きく、読者にも喜ばれます。つまり、書店員の目利きの力で、本にこだわった品揃えをしながら利益率を高める方法なのです。これは、より多くの新刊書店で取り組むべきことだと考えています。
 利益率と家賃の問題をめぐっては、多くの新刊書店が様々な取り組みを始めています。雑貨や文具、食料品など様々な商材を混ぜ込むことで、書籍の在庫負担を軽減しながら利益率を高め、読者の購買体験を楽しいものにデザインする。または、カフェなど飲食店を併設することで、家賃を分担しながら、人が集まり滞在する場所づくりをする。
 一方で、読者が雑誌を定期的に買いにくるという習慣が全体に減り、入店する人の数も減っているといいます。それに代わって、なんとなく来店するきっかけや何度も立ち寄りたくなる魅力を、様々な方法で模索しているという面もあります。
 それなら、一軒の書店を構えて待っているだけでなくてもかまわないのではないか。家賃という固定費に縛られずにもっと身軽になって、本屋や棚が自由に読者のいるところへあちこち出張していくことも、一つのやり方なのではないか。その仕組みを考えたいと、私は思いました。
 そのような考えから、私は会社を離れて自分が考える取り組みを試してみることにしました。実際には、会社勤めを辞める理由は一つではありませんでした。在職しながら、私が考える「あちこち書店」企画を実行する道もあったかもしれません。私の場合は、働く妻のキャリアと幼い娘の育児を合わせて考えたときに、どんなワークライフ・バランスを実現したいかという問題もありました。

 次回からの連載では、フリーランス書店員あるいは「あちこち書店」など、久禮書店の具体的な取り組みを紹介しながら、今回の問題提起の答えを考えていきたいと思います。

 

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