永田治樹
「朝日新聞」に、「無料で本を読めて、借りられる。読書好きには欠かせない図書館だが」という書き出しの記事がありました。公共図書館を話題にするとき、これが読者になじみやすい導入フレーズになるのでしょうか。2026年9月6日付朝刊、地域版「東京」に掲載されたこの記事は、「鳥取県民、図書館といい関係」という見出しで、都道府県別に図書館の蔵書数・貸出数・レファレンス件数を示して活動状況を比べ、また「本を貸す」だけではなく「仕事や生活の困りごとを解決する場所に」などの新たな取り組みを紹介しています。
ほかの公共施設が統廃合されるなか、公共図書館は現在に至るまで減少していませんし、この記事に紹介されている人々の日常のニーズに応える活動をおこなうようにもなっています。とはいえ、ついこの間までわが国はバブル経済の崩壊後の停滞で、「失われた30年」といわれる状況にあり、公共図書館のサービスもその轍にはまっていたことは否めません。われわれよりもあとを走っていると思っていたアジアの国々の進展を目のあたりにして、唖然とすることがあります。この国の公共図書館のデジタルサービスはきわめて大きな遅れをとっています。内向きになりがちな私たちの視野を広げ、これからを考えていく必要があります。
2026年8月に刊行した『公共図書館のミライ』では編著を担当し、シンガポールや台湾の進展状況を報告しました。また、これまで必ずしも先進地域とは考えられてこなかった南欧スペインの図書館コンソーシアム(連携組織)を紹介しました。後者のなかでとくに目を引くのは、バルセロナ市図書館の住民登録率のグラフです。01年には12.6%でしたが、19年に55%に達しています。かつてはわが国と同じ水準だったものが、20年もたたないうちにアメリカや北欧などの国々と肩を並べるようになったのです(なお、日本図書館協会が毎年刊行している『日本の図書館――統計と名簿』では、この割合を算出するのに、居住者ではない登録者を含めて自治体人口で除していますので、その数値はかなりの水増しです。統計数値に注意が必要です)。
この章を書いたジョアン・リファさんは、バルセロナのこの進展を生み出した原動力として、「ビブリオラボ」「読書クラブ向け図書ロットシステム」、そして「ヒューマン・ライブラリー」といった活動を挙げています。そのうち「ビブリオラボ」とは、人々の日常に必要な知識やスキルを見いだし、共有するプロジェクトです。ここでは「移動型読書教室」の事例を挙げていますが、リビングラボ運動(生活空間と実験室を組み合わせた造語で、社会課題の解決や、新しい価値を生み出すために、市民・企業・行政が「共創する」)と図書館とを結び付ける試みなど数多くのプログラムがあります。
また、ここに引用した、バルセロナ県図書館のマネジャーの「変化や現状のニーズには常に対応する必要があり、それは絶え間ない計画の作り直しと継続的な革新を意味します」という言葉は傾聴に値します。実際、柔軟に活動を更新しつづけているなかで、成果の一つとして、2024年には約50万件の電子図書の貸出を記録したということです。
近代の公共図書館は、産業社会の進展とともにできたものです。産業社会では分業と流動的な労働力が必要になり、そのために人々には識字能力や技術習得が不可欠になりました。その要請のもとに公共図書館の設置・整備が進められてきたのです。つまり、公共図書館は読書好きの場だけではなく、あらゆる人に知識・情報を提供する役割を担うものです。また表現の自由のもと、民主主義を育むものとして発展してきました。しかし20世紀後半以降、この産業社会は急速にその姿を変えました。高度産業社会といわれる現在では、情報通信技術が私たちの日々の生活を大きく変えています。
「人々が必要とする知識・情報を提供する」という公共図書館の使命は変わりませんが、そのあり方は今日の社会に適合したものでなくてはなりません。人々と対面だけでなく、情報ネットワークを介してもつながり、電子書籍などのデジタルサービスを提供することも図書館の重大な任務です。また、それは単にそうすればいいというだけではありません。現在多くの人が利用しているSNSにはしばしば強いバイアスがかかり、また効率的に情報を収集できるAI(人工知能)は情報源に紛れ込んだ誤りをそのまま提示します。図書館は、迅速かつ的確な情報提供とともに、情報の真正性の確保、偽情報に対応するための手助けをも要請されるようになりました。
「ミライ」を志向するためには、まずは現状に対応することが急務ですが、現在の要請に単に応えるだけでは十分ではありません。社会の変化を的確に捉え、その先に何が必要になるのかを見据えることが必要です。公共図書館には、これまで果たしてきた役割を大切にしながら、新しい時代の知識と情報を支える場として、さらに進化していくことが期待されています。