最終回 アイドルが「演じる」とは何か

香月孝史(ライター。著書に『「アイドル」の読み方』〔青弓社〕、アイドル関連の記事多数)

「第8回 乃木坂46の象徴を背負うこと」の終わりに、欅坂46のデビュー曲「サイレントマジョリティー」について語る生駒里奈の言葉を引用した。彼女は、欅坂46による同曲のパフォーマンスが「レジスタンス」であるのに対し、2016年夏にテレビ番組の企画で自身がセンターポジションを務めた際のパフォーマンスは「過去にレジスタンスだった人たち」にしか見えないと語った。体制に支配されることへの抵抗を歌う同曲の詞世界を上演するのに最も適した身体は、キャリアを重ねたAKB48グループや乃木坂46のセンター経験者らではなく、まだ経験値も浅く生駒らよりも若い欅坂46のほうだという認識である。
 今回も、この楽曲の上演についてもう少し考えるところから始めたい。それは、アイドルが「演じる」とは何か、という問いへとつながっていく。

「サイレントマジョリティー」というフィクション

 欅坂46の「サイレントマジョリティー」は、ミュージックビデオが発表された当初から、トータルパッケージの完成度が高評価を得る一方で、その詞世界に対する皮肉めいた反響も少なからず呼び込んでいた。それは、若いメンバーたちが歌う「大人たちに支配されるな」という叫びそのものが、総合プロデューサーの秋元康に代表される「大人」によって手がけられ、その「大人」が作った「レジスタンス」を若い欅坂46が歌っている構図を冷笑的に指摘するものだった。言い換えればそのような声は、主体的な行動を選び取る者への凱歌として描かれた「サイレントマジョリティー」を上演する彼女たちが、「大人」によって「主体」を奪われているではないか、ということである。
 しかし、一見明快なこの皮肉は、パフォーマーがある物語を「演じる」ことの可能性を軽んじたものだ。
 パフォーマーの「主体」は、ある虚構の世界観を声や身体で上演する、その仕方によって求めうる。そこでは、作家と演者がそれぞれに役割を分担しながら、上演作品が形作られていく。今日、「アイドル」と称されるジャンルもまた、そうした演劇的なパフォーミングアートの一つにほかならない。「大人に支配されることに抗うレジスタンス」を主人公にしたフィクションを演者とは異なる作家が描き、そのフィクションを年若いパフォーマーが演じたことをもって、即座に「主体性」の有無に接続するのはやや素朴にすぎる。
 また、「第7回 乃木坂46が求めた「コンセプト」」でふれたように、作詞家としての秋元康は、無数の楽曲の作詞を手がけるなかで一貫したポリシーや立場、価値観をもって人物や社会を描こうとしているわけではない。秋元個人の信念や主義主張とは切り離された場所で、詞世界のなかの人物はそのつど立ち上げられている。ときに秋元は自身を指して、アーティストではなく職業作詞家である旨を表明しながらその一貫性のなさを説明することがあるが、それはつまり、作者や演者自身の人格とは別の次元で、フィクションの登場人物としてのリアリティーが表現されていることを意味する。
 さらに現在のグループアイドルシーンにあっては、自らが置かれているフィールドを活用してどれだけ自己を発信できるか、セルフプロデュースできるかといった、まさに「主体」的な立ち回りが、個人のブレイクのための大きなキーになっている。それをふまえれば、総合的なプロデュースを「大人」に委ねていることを、すぐさまアイドルという営為での「主体性」と結び付けるのは、なおさら適当ではないだろう。
 もちろん、今日のアイドルシーンが実践者たちに理不尽な負荷をかける構造をはらんでいることは常に意識されなければならないし、「サイレントマジョリティー」への冷笑はそこからくる負のイメージが大なり小なり意識されたものだろう。ただし、実践者であるアイドルたちが、その演劇的な立場を自己表現や主体性発露の場として利用しうるかどうかは、楽曲ごとに作られるフィクションの世界観の内容とはひとまず切り分けて考えるべきだろう。切り分けたうえで、その双方のバランスについてどのように整理できるのか、それはまた別の水準の議論である。
 ともあれ、アイドルをそのようなパフォーマーとして捉えるとき、先の生駒の言は、「サイレントマジョリティー」という楽曲がもつ虚構のコンセプトを表現する演技者として、自身たちと欅坂46それぞれの適性を比較したものになる。

乃木坂46と「演じる」こと

 しかしまた、生駒の言葉には、パフォーマーの身体と演じられる内容とが完全に無関係ではありえないことも示されている。とりわけ、若年期の人々が主たる演者になるアイドルというジャンルの場合、わずかな期間でパフォーマーとしての性質は著しく移り変わっていく。生駒と欅坂46とのキャリアの差は5年ほどだが、先の発言からは、10代から20代にさしかかる時期にあって、生駒自身演技者としての性質の差異を認識していることがうかがえる。
 本連載が乃木坂46をテーマにしながらたびたび着目してきたのは、彼女たちが「演じる」身体であるということだ。文字どおりに演劇に傾斜してきたグループでもある乃木坂46は、アイドルが「演じる」ことについて考えるうえで、いくつものサンプルを見せてくれる。
 ユニークな演劇公演として企画された「16人のプリンシパル」は、グループアイドルのドキュメンタリーを生の舞台上で展開しながら、そこにフィクション的な要素を混ぜ合わせ、ドキュメントと虚構のあわいを連日展開してみせた(「第2回 乃木坂46の奇妙な演劇」)。また、2015年上演の演劇『すべての犬は天国へ行く』(渋谷・AiiA 2.5 Theater Tokyo)などの実践は、「アイドル」のジャンル外にある演劇をグループの内に取り込もうとするものだった(「第4回 乃木坂46が「内と外」をつなぐ最新舞台公演」)。
 あるいは、ドラマ型の作品が特徴的なミュージックビデオや、これもまた乃木坂46独自の継続的な企画としておこなわれてきた「個人PV」という試みも、さまざまな水準の「ドラマ」を演じてみせるための機会になっていた(「第6回 乃木坂46が紡ぐ「個人PV」という織物」)。
 そして、乃木坂46というプロジェクトの蓄積のなかでまいてきた種は、2016年に姉妹グループ欅坂46を花開かせ、デビュー曲「サイレントマジョリティー」はその演劇性の高さによって、アイドルが楽曲を「演じる」ことの奥深さを示した(「第7回 乃木坂46が求めた「コンセプト」」)。
 ここでは、再度乃木坂46の演劇公演に立ち戻り、アイドルの身体がいくつもの水準で「演技者」であることをクローズアップしてみたい。

乃木坂演劇の2本の軸

 第4回で詳述した舞台『すべての犬は天国へ行く』が上演される4カ月前、2015年6月に乃木坂46は演劇公演『じょしらく』(渋谷・AiiA 2.5 Theater Tokyo)を催している。前年までの「16人のプリンシパル」シリーズが一区切りを迎え、その発展形となる企画として掲げられたのが、『じょしらく』と『すべての犬は天国へ行く』の2本だった。
 この両者は、対照的な志向をもっている。
 戯曲『すべての犬は天国へ行く』は、劇団ナイロン100℃が2001年に初演した、ケラリーノ・サンドロヴィッチ作のシリアス・コメディーの傑作である。以前詳述したように、『すべての犬は天国へ行く』はもちろんアイドル個々の魅力にフォーカスを当てるために作られてはいないし、アイドル個人を見せるのではなく戯曲の世界観に演者が奉仕しなくてはならない作品である。いわば、「アイドルが演じる必然のない舞台」である同作をあえて乃木坂46が主導することで、演劇への強い志向を示し、アイドルグループが展開できるエンターテインメントの幅を広げようとするものだった。
 それに対して『じょしらく』は、基本的には「アイドル」というジャンル内で楽しまれるタイプの企画といえる。キャストが乃木坂46のメンバーだけに限定され、出演メンバーを3組に分けたトリプルキャスト制によって上演するその形式は、既存の乃木坂46ファンに向けた舞台としての色合いが強い。すなわちそれは、出演者が「アイドル・乃木坂46であること」が大前提になった演劇作品である。
 このように書くと、アイドルの範疇から外に手を伸ばそうとした『すべての犬は天国へ行く』に比べて、『じょしらく』には表現の可能性に限界があるようにも見える。しかし、両者を舞台演劇としての射程の長短で一概に測ることはできない。それらは、対極的な2本の軸として、グループの可能性をそれぞれのベクトルに拡張させていく。このうち、『じょしらく』は、キャストが「アイドル」であることによってしか表現できない方向へと、演劇を駆動させていった。

「演じる」こととアイドルのアイデンティティー

『じょしらく』は原作漫画(久米田康治原作、ヤス画、全6巻〔ワイドKCマガジン〕、講談社、2009―13年)およびそのアニメ化作品をルーツにもつ、いわゆる2.5次元舞台である。全編を通しての直線的なストーリーをもたず、原則として、主人公となる5人の女性落語家たちの楽屋内での日常会話だけで進行する。
 漫画版・アニメ版の『じょしらく』では、彼女たちの会話は現実世界の時事ネタやパロディーを多分に含みながら進行するが、そうした登場人物たちの批評的な視線は、2次元作品のキャラクターである自分たちにもたびたび向けられる。自らがキャラクターとして作画され、演出されている存在であることをメタ的に扱い、漫画作品がアニメ化されることに対するありがちな反響を、アニメ化された彼女たち自身が体現してみせる。そうした視線が、『じょしらく』の基調には埋め込まれている。
 乃木坂46による舞台版『じょしらく』を構築するにあたって、作・演出を務める川尻恵太は、『じょしらく』がもつこのような自己言及性を、アイデンティティーの混乱として描き出した。
 舞台版『じょしらく』冒頭のシーン、乃木坂46のメンバー演じる女性落語家たちが寄席の楽屋のテレビで目の当たりにするのは、「歌番組にアイドルグループ“SUGARSPOT”として出演している自分たち」の姿である。パラレルワールドのような光景を目にした彼女たちは、自分がテレビに映る「アイドル」などではなく、あくまで落語家であることを確認しようとするところから、話は展開していく。
 ここで起きているのは、次のようなことだ。現実世界では、「アイドル」である乃木坂46のメンバーたちが、『じょしらく』という舞台の内では「落語家」役を演じている。そして劇中設定として落語家であるその彼女たちが、「アイドル」としてテレビに出演している自分たちの姿を目にして驚き、自分たちはあくまで「落語家」であって「アイドル」ではない、と確認しようとするシーンが舞台演劇として「演じられている」。
 このように、「アイドル/落語家」「現実世界/劇内世界」を混在させる仕立てによって、登場人物たちは「実の自分」がどこにいるかを見失うような構造に放り込まれる。そして、この構造は、物語が進むとさらなる反転を見せる。
 すなわち、ここまで述べたような落語家たちのストーリー自体がすべて劇中劇であったこと、具体的に言い換えれば「“落語家たちを主人公とする舞台を、架空のアイドルグループが上演していた”というお話」だったことが明かされるのだ。そしてその架空のアイドルグループとは、冒頭でテレビに写っていたあのSUGARSPOTである。劇中の登場人物たちの自己認識はここで、「落語家」ではなく「(架空の)アイドル」へとずらされる。
 つまり『じょしらく』という劇のなかで、「落語家たちを主人公とした芝居を演じる架空のアイドルたち」を、乃木坂46は演じていたことになる。この入れ子構造は、そもそも『じょしらく』を上演しているのが、現実世界の「アイドル」である乃木坂46だからこそ、複層的な意味をもつ。その複雑さを引き受けるのが、トリプルキャストで斉藤優里、松村沙友理、衛藤美彩が演じていた蕪羅亭魔梨威である。
 魔梨威は登場人物のなかでただ1人、劇中の入れ子構造が反転したことについていけず、ほかのメンバーがSUGARSPOTのメンバーとしての自己認識をもって振る舞うなかで、落語家・蕪羅亭魔梨威として目の前の状況を理解しようとする。その姿はほかの登場人物からすれば、「この子は本当はアイドルなのに、いつまでも落語家役を演じている」ように映るはずだ。
 芝居の終盤に至って、なお混乱が続く魔梨威に対して、もう劇は終わりなのだから演じなくていいのだという旨が周囲から告げられると、魔梨威は「みんなは演じてないの?」と問いかける。この問いかけは、彼女たちが日々いくつもの水準でおこなっている、「演じる」という営為を省みるものだ。
「演じてないの?」とは、いまここで上演されている『じょしらく』を「演じる」ことばかりを指すのではない。日々アイドルとしてステージでパフォーマンスすること、SNSやイベントなどでアイドルとしての体裁を整え立ち振る舞うこと、あるいは芸能人がしばしば「表の顔/裏の顔」といった発想に基づいて表象されることなど、「演じる」という言葉が導く、たくさんの位相に対して投じられた言葉である。アイドルはそれらの多層的な「演技」を生きている。
 魔梨威が投げかけた「演じる」ことへの疑義に対して周囲の登場人物は、「私たちはアイドルを選んで、演じることに決めた」という返答をする。ともすれば「偽りの姿」としてネガティブに受け止められる「演じる」という言葉がこの台詞によって捉え直され、自らが演劇的なパフォーマンスの担い手になることの矜持が示される。
 しかしまた、「演じる」は肯定的なだけの言葉ではありえない。同時に発せられる、「私たちは舞台を降りてからのほうが大変だよ」という台詞もまた、さまざまな水準で「演じる」存在であり続ける者がこうむる、心身の負荷への目配りがある。そして、ここまでをあくまで虚構として描き、「アイドル」の身体をもって演劇として成立させたことで、『じょしらく』はアイドルという表現形態のもつ性質を、ポジティブもネガティブも含めてすくい上げてみせた。

有限の生を体現するアイドル

『じょしらく』から1年後の2016年、乃木坂46は『じょしらく』の続編となる『じょしらく弐――時かけそば』(渋谷・AiiA 2.5 Theater Tokyo)を上演する。15年版の『じょしらく』が、アイドルが「演じる」ことの意義と矜持を見せたのだとすれば、『じょしらく弐』は、生の躍動を表現する立場であるアイドルの身体によって、いつか消えゆく人間の生の尊さを訴えてみせるものになった。
 5人の女性落語家のキャスト配置を一新して上演された『じょしらく弐』は、登場人物の1人、防波亭手寅(トリプルキャストで松村沙友理、桜井玲香、若月佑美が演じた)が50年後にタイムスリップすることからストーリーが動きだす。2066年にタイムスリップした手寅は、そこで仲間であるほかの4人の落語家たちに出会うが、50年後の世界であるにもかかわらず、ほかの4人はタイムスリップ前と同じ16年時点の年格好のままだった。話の進行につれ、これは4人がコールドスリープマシーンを使って50年眠っていたためであることが明らかになる。
 ここで問題になるのは、ただ1人マシーンに入らなかった手寅が2066年の世界ではどうしているか、ということだ。
 2066年の手寅は生き物の宿命として老い、残りわずかな余命を生きていた。「現在」からタイムスリップしてきた若い手寅と、ごく自然に寿命を生きて終わりを目前にした2066年の手寅、そして2066年も若い身体のままでいるほかの4人との対照は、アイドルという存在が演じることでことさらに引き立つ。
 まだ円熟期から衰退に向かう時期を知らない身体が老いを体現することで、生の有限性はより強調される。また、老いや限りある生を見つめる本作のテーマは、アイドルという特殊な職業を照射することにもなる。前作に続いて作・演出を担当する川尻が『じょしらく』で一貫して描いたのは、アイドルが「演じる」ことによってこそ強調できる、生の尊さだった。
『じょしらく弐』でそれがいっそう浮かび上がるのは、前作にも登場した架空のアイドルグループSUGARSPOTのライブシーンである。2066年の世界では、SUGARSPOTは遠い過去のアイドルグループであり、すでに解散したという設定になっている。そのため、2066年にいる5人の落語家たちは、はるか昔におこなわれたSUGARSPOTの解散コンサートを、「過去の映像」として見ることになる。この解散コンサートのシーンでもまた、女性落語家を演じる5人のキャストたちがそのままSUGARSPOT役を演じている。
 つまりこれは、現実世界で現役のアイドルグループとして活動する乃木坂46のメンバーたちが、架空のアイドルグループの終息を「過去の記憶」として擬似的に上演しているという構図である。アイドルというジャンルがもつ構造を通じて、生の普遍的な宿命やはかなさ、それゆえの輝きがここにはパッケージされる。
 若い身体は、単に「若い身体」だけを表現する存在ではない。いつまでもその身体のままこの世界にとどまることなどできないという無常もまた、「アイドル」として楽曲のパフォーマンスを続けながら日々を生きる者たちの表現によって、いや応なく突き付けられるのだ。

アイドルが演じる「一生分」の記憶――『嫌われ松子の一生』

 すでになくなってしまったもののありし日の輝きが、まだなくなる気配がない演者たちの身体によって立ち上げられ、そしてその演者たちが本分とする「アイドル」という表現と二重写しになる。『じょしらく弐』のSUGARSPOTが印象的なのはそれゆえだ。そして、はからずも2016年の乃木坂46は、このような生や死への遠近感を立て続けに舞台上に浮かび上がらせている。
『じょしらく弐』にも出演した乃木坂46の桜井玲香・若月佑美は、同年9月から10月に品川・クラブeXで上演された舞台『嫌われ松子の一生』(脚本・演出:葛木英)に参加し、ダブルキャストで主演を務めた。山田宗樹による同名の原作小説(幻冬舎、2003年)、中島哲也が監督を務めた映画版(2006年)などで広く知られた『嫌われ松子の一生』は、中学教師だった主人公・川尻松子が教え子の起こしたトラブルで理不尽に職を追われて故郷を離れ、そののち様々に男性たちと交わりながら流転していくさまを描いた作品である。
 この舞台では、川尻松子の生涯を時系列にたどっていくに先立って、孤独な晩年を送り、最期は凄惨に生を終えていく松子の姿が冒頭で示される。そのため、次のシーン以降で桜井・若月が演じる若き松子に陰鬱な末路が待っていることを、受け手の誰もが知りながら物語は進行することになる。松子が不器用に純粋に、自分を肯定してくれるあてを求め、つかの間の希望を見いだしながら男性たちの間を流れていくさまは、あらかじめ行く末が突き付けられているからこそ深い悲しさをともなう。
 しかしまた、松子への丹念なレクイエムとなるこの物語は、この世から退場し顧みられなくなった者にも、希望や期待、絶望を背負って生きた人間一人分の生の記憶があることを語ってくれる。さらに、松子の流転や加齢、末路を桜井や若月が表現することで、彼女たちの身体にもまた、「アイドル」として活動する期間だけで完結するわけではない、一生分のライフスパンがあることが照射される。若年期の限られた期間に多大な注目を向けられがちな、「アイドル」というジャンルの実践者によって演じられることで、川尻松子の生涯に新たな角度から光が当てられた。『じょしらく』シリーズに通じる、アイドルの演技的な性質からくる可能性と同質のものが、この作品にも表れている。

虚像を投げかけられる身体としてのアイドル――『墓場、女子高生』

 桜井・若月による『嫌われ松子の一生』と前後して上演されたのが、乃木坂46の伊藤純奈、伊藤万理華、井上小百合、斉藤優里、新内眞衣、鈴木絢音、能條愛未、樋口日奈がメインキャストを務めた『墓場、女子高生』(10月14―22日、文京・東京ドームシティ シアターGロッソ)だった。ベッド&メイキングスの福原充則脚本・演出による上演がオリジナルだが、この乃木坂46版では劇団鹿殺しの丸尾丸一郎が演出を手がけ、自殺した女子高生・日野の幽霊とその友人たちとの無為でかけがえのない日々、そして友人たちの思いによって生き返らされた日野が、再び死を選ぶまでが描かれた。先の『嫌われ松子の一生』が、すでにこの世からいなくなった主人公の記憶を跡づけながら鎮魂する構造をもっていたとすれば、『墓場、女子高生』はその死者の記憶を跡づける側、つまり生きている人々の側にも視線を向け、「死者を記憶する」ことを問い返す作品になっている。
 人生を終えた者の一生を思い返し、位置づけるのは、生をまっとうした本人ではなく、現在生きている他者である。したがって、死者の生前のストーリーは、常に他者の解釈によって描かれることになる。
 10代で死を選んだ日野が眠る墓前を遊び場にして集まる彼女の友人たちは、日野の生前と同じようにたわいのないやりとりで日々を潰しながら、その実どこかで日野が死を選んだことの重さをそれぞれに抱えている。やがてその思いは、オカルト的な手法で日野を生き返らせるというエキセントリックな試みへとつながっていった。しかし、ついに日野が生き返り、友人たちと再びコミュニケーションをとることであらわになるのは、友人たち一人ひとりが思い思いに育んできた日野への解釈があくまで他人の思い入れであり、日野自身の生ではありえないということだ。
 友人たちは自身と日野との関わりの内に、日野の自殺の原因を探してきたが、それはあくまで他人によって作られた日野の虚像でしかない。だからこそ日野は友人たちに、「私が死ななきゃいけなかった原因に、みんなはなれない」と伝える。
 けれども、『嫌われ松子の一生』で松子と関わった男性たちが彼女の記憶を語ることによって彼女の痕跡を残しえたように、死者としての日野もまた、友人たちが彼女に思いを託し続けるからこそ存在する。『墓場、女子高生』は、死者の生を他者が解釈することがはらむあやうさと希望の両面に自覚的な作品である。
 日野は友人たちによって生かされたのち、再び自ら命を絶つ。その自死の理由は、最後まで明かされない。日野の死を解読する「正解」が示されないからこそ、残された友人たちにとってはいつまでもそれぞれの解釈を投影する対象であり続ける。
 そして、他者が投げかけるいくつもの解釈、いくつもの虚像を受け止めるさまは、「アイドル」としてパフォーマンスする身体のありようと重なるものだ。友人たちは、日野の死の理由をそれぞれに美しく解釈してみせる。日野はその美しい虚構を1人ずつに語らせ、それらを受け止めていく。誰もその「実像」など言い当てることはできないし、他者が語る虚構など身勝手なものにならざるをえない。けれどまた、日野は他者からの虚像をいくつも喚起させるような存在だからこそ、いつまでも人々の意識にとどめられる身体になる。

演じ手としてのアイドル

 乃木坂46が2016年の『嫌われ松子の一生』『墓場、女子高生』で志向したのは、ごくオーソドックスなレベルでいえば、アイドルであることを前提としない演劇へと手を伸ばすことだった。前年の『すべての犬は天国へ行く』を含めたこれらの試みは、戯曲選択や演技の水準に関して、グループが実現できるエンターテインメントの幅を拡大するためのものだ。
 ただしまた、彼女たちの長期的なキャリアを見据えたその志向とは異なる水準で、「アイドル」の実践者であることは作品が含む構造に影響を与えていく。
「アイドル」の実践者である彼女たちは通常、そのジャンルの性質上、限られた時期のパフォーマンスに焦点が当てられる。短期間ですぐさま移ろっていく若年期の表現であるだけに、時間のもつはかなさを体現できるのがこのジャンルの特質であるかもしれない。しかしまた現実を生きる身体としては、そのはかなさを最も体現できる時期に需要が集中しかねない。「アイドル」として消費されるはかなさの先にも、生は地続きにつながっていく。
 このとき、たとえば桜井玲香や若月佑美が「川尻松子」を上演してみせることは、はかなく輝かしい瞬間を表現し続ける「アイドル」の甘美さだけが受容されることに対して釘を差し、生や死、老いまでを含み込んだ彼女たちのライフスパンを観る者に想像させる。あるいは、『墓場、女子高生』で伊藤万理華が演じる日野の死を友人たちが思い思いに解釈していくとき、そしてその解釈が真実ではありえないことを指摘しながらも、やがて日野がそれぞれの解釈を受け止めていくとき、その姿は「アイドル」でもある演者たちの営みと二重に合わさって見える。このようなアイドルとの二重写しは、詳述した『じょしらく』シリーズの自覚的な作劇を見れば、さらに色濃く感じることができるだろう。
 乃木坂46がトータルとして志向する演劇企画の試みは、彼女たちに「アイドル」活動の外側やその後のキャリアへの足掛かりをもたらすものである。そして同時に、彼女たちがアイドルであることそれ自体を劇構造と不可分に溶け合わせながら、「現在、アイドルであること」以上の想像力を喚起させるものだ。

照射し合う生身とフィクション

 アイドルが「演じる」ことの意味を、乃木坂46の舞台演劇企画を経由しながら考えてきた。ここで題材に選んだ演劇という表現ジャンルは、いかにも「演じる」という言葉と素直に結び付きやすい。
 しかし、冒頭のトピックに立ち戻れば、アイドルによって日々パフォーマンスされる楽曲はそもそも、同じように演劇的な機構をもつものだった。川尻松子の生が、桜井玲香や若月佑美の生き方そのものではないように、楽曲の登場人物もアイドル個々そのものではない。作家や演出家が彼女たちに松子のように生きることを指示しているわけではないように、楽曲上の人物もアイドル個々の人生に押し付けられた生き方モデルではない。たとえば、そこで演じられる川尻松子が「模範」的なロールモデルであるか否かは、それを演じる者のパーソナリティーと同一視できるものではもちろんなく、まずはフィクションの水準として捉えられる。彼女たちがアイドルという表現形態を通じて、楽曲中で体現する登場人物たちもまた、アイドルソングというフィクションを通じて「演じられる」いくつもの虚構の生である。「サイレントマジョリティー」に対する冷笑に見られたような「大人」「子ども」観を、素朴だと表現したのはその点についてだった。
 もっとも、その冷笑について「一見明快」だと述べたように、演じられる人物像とパフォーマーの人格とを重ね合わせやすいのもまた、アイドルというジャンルの特性だ。フィクションの人物をアイドルの楽曲として体現しながら、そこにいや応なく「アイドル」という芸能ジャンルを生きる当人の個がにじみ出す。水準が本来異なる、フィクションと当人のパーソナリティーや身体が重ね合わさって見える、パフォーミングアートとしての一つの基本的性質がここにはある。
 けれども、アイドルの演技に当人のパーソナリティーがにじむことは、若さを若さとしてだけでしか表現につなげられないということにはならない。一方で若さに基づいた身体の躍動が消費されていく立場だからこそ、彼女たちが老いや死を演技として体現することで、若さとはかなさの双方が照射し合う。同様に、楽曲中でレジスタンスとしての若者を演じる瞬間、恋する少女を演じる瞬間、そのつどアイドル当人のパーソナリティーとフィクションの人物とが、互いの生の尊さを照射し合う。アイドルがある虚構を「演じる」ときに現出するのは、そのような生身とフィクションとの緊張関係だ。演劇性に対してこまやかに向き合いながらコンテンツを生み出し続け、種をまき続ける乃木坂46の営みは、アイドルが「演じる」ことの可能性を、際立って浮かび上がらせている。

 

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第8回 乃木坂46の象徴を背負うこと

香月孝史(ライター。著書に『「アイドル」の読み方』〔青弓社〕、アイドル関連の記事多数)

半年遅れのバースデー

 2016年の乃木坂46は、半年遅れで「誕生日パーティー」を開催した。8月28日から30日に東京・明治神宮野球場でおこなわれた「真夏の全国ツアー2016――4th YEAR BIRTHDAY LIVE」がそれである。
 乃木坂46はCDデビュー翌年の2013年から毎年、デビューシングル発売日の2月22日を「バースデー」として、同日に記念ライブを催してきた。この恒例イベントでは、その時点での乃木坂46の持ち曲すべてを披露するという、いささか極端な仕方でグループの歩みを振り返ってみせる。乃木坂46名義の楽曲はコンスタントにリリースされ続けるため、イベント当日に披露しなければならない楽曲の数も、必然的に年を追って増えていく。デビュー1周年を祝った13年の「1st YEAR BIRTHDAY LIVE」に27曲だったセットリストは14年の2周年では42曲、さらに15年の3周年バースデーライブでは73曲まで増加した。それにともなって上演時間も拡大し、15年には計7時間半の長丁場になった。この時点で、1本のライブとしては相当にイレギュラーである。
 そして2016年、全曲披露というコンセプトと拡大する人気に対応するための大会場の確保の点から、例年どおりの2月22日の開催ができなかった乃木坂46は、8月におこなわれる「真夏の全国ツアー」ラストの東京公演を、半年遅れのバースデーライブにあてた。昨年のバースデーライブ開催時から数えれば、さらに5枚のシングルと1枚のアルバムリリースを経たことで、披露する楽曲は112曲にふくれあがっていた。もはや1日のライブでそれらをまっとうするのは現実離れしている。そこで、これもまた初めての試みとして、これまで1日でクリアしていた全曲披露を、神宮球場でおこなわれる3日間の公演すべてを使って振り分けた。昨年までは一筆書きで振り返ってきたグループの歴史を3つに区切ったことで、各日それぞれが独立したライブでありながら、乃木坂46の歴史を順に1パートずつ叙述していくものになった。

センターに選ばれる「辛さ」

 3日がかりのバースデーライブは、原則的にシングルリリース順に時系列で展開する。すなわち、1日目はデビュー曲で幕を開け、3日目のラストは今夏リリースした最新シングルで締めくくられる。必然的に、初日のライブは乃木坂46草創期の再現をテーマにすることになる。
 初日のライブに関して特徴的なのは、披露された5曲のシングル表題曲すべてを通じて、ただ1人のメンバーがセンターポジションを務めていたことだ。デビューからの来歴を振り返るこのバースデーライブでは、各作品がリリースされた当時その楽曲に参加していたメンバー構成をできるかぎりそのまま再現する。つまり、乃木坂46はデビューから5作続けて同一の人物、生駒里奈をセンターポジションに配していた。シングル6作目以降の楽曲を披露した2日目、3日目は、表題曲ごとに様々なメンバーがセンターポジションを務め、その変遷自体がグループの紆余曲折を物語る。けれども、グループができあがっていく草創期にあっては、常に生駒里奈をアイコンにすることでイメージ形成がなされていった。
 グループにとってのセンターポジション。今日のアイドルシーンについていえば、それは一般に輝かしいものと認識され、スポットを浴びることの保証を意味する。けれども、乃木坂46にあっては、その位置に選出されたことをメンバーが素朴に喜ぶような瞬間を見つけることが難しい。
 本連載第3回「乃木坂46ドキュメンタリーにみる「異界」としてのアイドルシーン」で、乃木坂46とAKB48それぞれのドキュメンタリー映画に言及した際、AKB48のメンバーが葛藤や疲弊を見せながらもシーン内で演出される競争にコミットしているように見えるのに対し、乃木坂46のメンバーはそうしたアイドルシーンの空気を異界として外から戸惑いながらのぞくような、いくぶん引いたスタンスで感情表出をしていることにふれた。グループアイドルが全盛であることで、ことさらに他者との「競争」のイメージで語られることも多いこのジャンルだが、少なくとも乃木坂46にとってそのイメージは屈託なく受け入れられるものとはいいがたい。それは、センターポジションに対する彼女たちのスタンスにも印象的に表れる。
 デビューからおよそ1年半の間、シングル5作にわたって乃木坂46のセンターを務めていた生駒は、2013年7月に初めてセンターを外れることになるが、それから1年後、草創期のセンター経験やメンバーの選抜に関して次のように述べた。

 ――以前、「乃木坂に入ってから、アイドルは大変だと知った」と仰っていましたね。具体的に、どういうところが大変だと思いましたか?
生駒里奈(以下、生駒) いろいろありますけど、やっぱりシングルを歌う選抜メンバーの発表のときは辛いですね。外から見ると、「どうしてあんなことでみんな泣いているのか」「なんでセンターに選ばれて辛い思いをしているのか」とか、わからないと思うんです。
――生駒さんはセンターを任されて辛かったですか?
生駒 そうですね……。センターになると、それを喜んでくれるファンと、「なんで生駒なんだ」って批判する人、真っ二つの意見が同時に出てくるんです。この世の真逆のものが、うちにガーンとぶつかってくる感じ。確かに、他のメンバーを推してるファンの方にとっては、私がいることでセンターの座が奪われちゃうわけですから、それは喜べないですよね。
――なるほど。
生駒 そういう批判にさらされると、「わぁあああ」って逃げ出したくなっちゃうわけです(笑)。だから、センターだった頃は「うちはセンターでいちゃいけない人なのに、なんでセンターをやってるんだ」っていう思いが常にありました。ずっとクヨクヨしてましたね。
――センターを務めている1年半で、精神的に強くなれましたか?
生駒 うーん、あんまり強くなれなかった気がする……。いつも「うちがこんなところに立っていてごめんなさい」っていう気持ちを忘れるために、自分は二の次にして、乃木坂というグループを押し上げることだけを考えていました。(イマ輝いているひと、生駒里奈「10代の女の子が見た“アイドル”の世界」「センターはなぜ“辛い”のか?」

 この一節には、グループの中心に立つことの、世間から見た晴れがましいイメージと、当事者が抱えることになる負荷とのギャップが吐露されている。それは一人彼女だけの感覚ではない。乃木坂46の冠番組『乃木坂って、どこ?』と後継番組の『乃木坂工事中』(ともにテレビ東京系)では、シングルCD発売に先駆けて、放送のなかで次作の選抜メンバーを定期的に発表する。これらの放送回でしばしばうかがえるのは、表題曲の歌唱メンバーやセンターポジションに選ばれたメンバーの、喜びではなく戸惑いや憔悴に近い反応である。それは、絶えざる「競争」のイメージで語られがちなアイドルシーンにあって、その「競争」的なアングルに対する違和や距離感を、きわめて率直に保ち続けているようにも見える。生駒の、「外から見ると、「どうしてあんなことでみんな泣いているのか」「なんでセンターに選ばれて辛い思いをしているのか」とか、わからないと思うんです」という言葉は、番組中のそうした見え方に対する補足説明である。
 このような困惑の態度はもちろん、アイドルグループが引き受ける重責から顔を背けていることにはならないだろう。むしろ、有名性が高い組織の中心に立つことで必然的に背負うものの厄介さを了解するゆえの反応といえる。目の前に訪れた重責に対して、すぐさまポジティブな反応を示すことばかりが真摯さの表出ではない。

俯瞰した視点、シーンへの距離

 アイドルというジャンルは、この社会のなかで両義的な存在としてある。高い有名性を手にすればあらゆる場所にその声や姿が流布し、きわめてポピュラーなメディア的アイコンとして機能する。一方でアイドルは、常にその価値に疑義が向けられる存在でもある。あるときにはその「実力」に疑問符が付され、あるいは商業主義を糾弾する際の格好の対象になる。AKB48が先導したアイドルシーンの活況はアイドルというエンターテインメントの可能性を広げ、それらステレオタイプな視線をある一面では解消しつつある。しかし同時に、AKB48などのグループが社会を取り巻くほどに巨大だからこそ、アイドルというジャンルに向けられるそのようなステレオタイプなイメージはまた、補強されもする。「アイドル」とされる存在がメディアに出るとき、そうしたポジティブ・ネガティブ双方の視線はいや応なく、数限りなく向けられる。グループアイドルがシーンを主導している今日、最もその矢面に立つのは、グループのセンターポジションに置かれた人物である。
 また、センターポジションが引き受けるのは、そうした「アイドル」にまつわる世間的なイメージだけではない。「センターになると、それを喜んでくれるファンと、「なんで生駒なんだ」って批判する人、真っ二つの意見が同時に出てくるんです」という生駒の言葉が視野に入れているのは、アイドルというジャンル自体に反感をもつ層を含む「世間」ではなく、アイドルに対して好意的なはずの人々の反応である。
 現在のグループアイドルシーンでは、様々な文脈をもって集うメンバーたちの群像劇が楽しまれているという側面が大きい。そしてその群像劇を活性化させる一大要素として、楽曲披露の際のメンバーのポジション配置がある。象徴的なポジションに誰かが選ばれるとき、ほかの多くのメンバーはそこに「選ばれない」ことになる。それだけに、グループに対し様々なスタンスで愛着を示すファンたちが向ける、象徴的なポジションに立つメンバーへの視線もまた、賛否や愛憎が入り組んだものになる。
 もっとも、かつてないほど多くの者が「アイドル」というジャンルの実践者として存在している今日、センターポジションを中心とする序列だけを前提としてアイドルというジャンルの可能性や価値観をとらえるのはふさわしくない。先に引用したインタビューからさらに1年後、2015年夏に生駒は次のように述べる。

 生駒 これもほかのアイドルグループと違うところですけど、乃木坂46のメンバーは、どっちかっていうとセンターになりたくないって考えている子も多いんですよ。今のアイドルグループの傾向としては、一生懸命みんながセンターを目指すっていうのが主流で、さらに、それこそが正しいアイドル像みたいに思われているところもあって。でもわたしは「本当にそれだけが正しいアイドルなのかな」って疑問に思うところもあるんです。だから乃木坂46は、自分の良いところや好きなところを伸ばすようにがんばるのはもちろん、同時に自分の苦手なことや嫌なところにも向き合っている。そういうアイドルがいてもいいのかなって思います。
――「人には得意不得意がある」というようなことを、インタビューなどではたびたび発言していますよね。
生駒 だって世の中はそうやってバランスが保たれているじゃないですか。ただアイドルはちょっと特殊で、得意なものが他人とちょっと違うだけでも大きな武器になるから、そこは自分なりに磨いていきながら、陰で不得意なところもできるだけ直していくのがいいのかなって思います。(「パピルス」第61号、幻冬舎、2015年)

 しばしば生駒はこのようにアイドルシーンや乃木坂46というグループ全体を俯瞰し、現状を適切に言語化してみせる。先にふれたような、乃木坂46メンバーのセンターポジションへの向き合い方も、ここでの彼女の発言によって裏付けられる。選抜発表やセンターポジションの決定は、ある単一のヒエラルキーがあてがわれることでグループ全体が統べられてしまうような瞬間でもある。現在、そのような配置決めがグループアイドルを群像劇として際立たせる代表的な駆動因になっている以上、その競争的な空気にコミットすることは、生駒が慎重に語るように一見、「正しい」。
 しかしまた、そのような絶えざる競争への傾斜は、人の目にさらされる立場の演者たちをことさらに疲弊させてしまう構造と裏表でもある。それは、一大メジャーグループとしてシングルごとの選抜制を採用している乃木坂46もまた例外ではない。このとき、選抜発表をポジティブな晴れの場というよりも、葛藤の場として受け止める乃木坂46のメンバーの反応は、選抜やポジションに基づいたヒエラルキーによって作られる価値観を、引き受けながらも問い返すようなものに見える。

センターに立つ根拠のなさ

 とはいえ乃木坂46も、なんであれ選抜発表、そしてセンターポジションの決定を定期的に繰り返しながら、現在のアイドルシーンに地位を築いている。先述したように、有名グループのセンターには「世間」からもファンからも両義的な視線が向けられる。加えて、草創期の乃木坂46は、新人グループでありながら「AKB48の公式ライバル」という大きすぎる看板を背負っていた。まだ何者でもなく、「AKB48の公式ライバル」たる根拠をもちようもない時期である。冒頭で述べた今年のバースデーライブ初日、つまり生駒里奈をセンターに据えたデビューシングルから5作目シングルまでの楽曲披露は、そんな4年前の乃木坂46を、2016年現在の乃木坂46の身体によって再現してみせるものだった。
 この連載で様々な面から整理してきたように、乃木坂46が独自のブランディングを確立している現在であれば、メンバーの立ち位置の入れ替わりによるダイナミズムの変遷はあるにせよ、総体として作り上げるべきグループの方向性は揺らがない。また、結果的にきわめて順調に社会のなかで存在感を拡大させてきたからこそ、生駒をセンターとしたデビュー当時の楽曲群を、現在に通じる礎として、安心して振り返ることもできる。
 けれども、範にするべき基調もなく、AKB48という巨大すぎる比較項だけがある段階で託された草創期のセンターには、寄って立つものがまだなかった。

 ――「AKB48の公式ライバル」ということについては、恵まれているとも言える一方で、相当なプレッシャーもあると思います。
生駒 自分たちがすごく恵まれているなというのはわかっているんですけど、逆に、最初からとても大きなステージが用意されているのに、そのステージに見合う能力が備わっていない、なにもできない、なにもわからない、でも目の前にはやらなくてはならないことが山積みで。ただ焦ることしかできなかったし、やってみたところでなにが正しいのか、なにが間違っているのかもわからず、とにかく必死になるしかない。デビューしてからはずっとそういう状況でした。
(略)
――センターにいることは、こわかったですか?
生駒 こわかった……ですね。
――少しずつステップアップした結果ではなく、いきなりだったこともあり。
生駒 まさにそうなんです。その前に努力したりがんばったりして、やっと掴み取った達成感があればもっと違っていたかもしれませんが、アイドルグループのセンターって、普通に考えたら憧れの場所なのに、わたしにとってのセンターはこわい場所でした。(同誌)

 とりわけ生駒は、乃木坂46の基本形も、「乃木坂46のセンター」の基本形もない状況でセンターに任じられ、そこにいる根拠を最ももたない段階で、「AKB48の公式ライバルのセンター」として膨大な数の視線の矢面に立っていた。

象徴になること

 6枚目シングル『ガールズルール』で白石麻衣をセンターに起用した2013年半ば以降、乃木坂46は堀未央奈、西野七瀬、生田絵梨花、深川麻衣、齋藤飛鳥、橋本奈々未と、時機に応じてセンターポジションを託すメンバーを切り替え、そのことがグループのダイナミズムを促進させていく。それはグループが知名度を急上昇させていくプロセスとも重なり、世間に向けて訴求力をもち、乃木坂46の顔となるメンバーが次々と誕生していくことにもなった。
 他方でセンターから外れた生駒は、それでも乃木坂46の象徴としての役割を背負い続ける。雑誌やバラエティー番組、広告への露出はもちろんのこと、2014年春からおよそ1年間、「交換留学」メンバーとしてAKB48に籍を置く兼任メンバーになったことも大きい。
 この兼任と兼任解除は、AKB48グループ全体のなかで移籍が活発に試みられ、そしてそれが終息していったタイミングとも重なるため、AKB48と乃木坂46の一対一のパワーバランスだけで考えることはできない。とはいえ、それまで体裁上「公式ライバル」として、AKB48グループと一定の距離をとっていた乃木坂46が48グループの地殻変動に足を踏み入れることは、ほかの48系の姉妹グループのそれとは内外にもたらすインパクトも葛藤も大きく異なり、実際AKB48と「交わる」ことに対するネガティブな反応も大きかった。そうした様々な反響までを背負う人物として生駒が選ばれたことは、グループのアイコンとしての印象的な出来事だった。
 約1年間の「留学」期間を経てAKB48兼任が解除されたのち、2015年夏のシングル『太陽ノック』で生駒は2年ぶりに乃木坂46のセンターポジションに配される。この際の選抜メンバー発表も、先に記したように冠番組『乃木坂工事中』(2015年5月11日放送分)のなかでおこなわれた。選抜メンバーが順に読み上げられ、センターに立つ人物が最後に発表される。つまりこのとき、生駒の名前は最後に呼ばれることになったが、自分以外のメンバーが次々に呼ばれていく瞬間について彼女は同番組内で、「兼任解除になって、乃木坂で1回(選抜ではなくアンダーメンバーで)修行してからまた(選抜に)戻るのかな」と考えていたと述べた。これは「上がるか下がるか」という単純な評価軸を前提にした言葉ではない。続けて彼女は、「いま、アンダーライブをやっているから、そこで兼任でやったことを(発揮する)」という意図で、自身がアンダーメンバーに配されるのだろうと考えたとしている。本連載第5回「乃木坂46と「ライブ」との距離」で詳述したように、ライブの絶対数が少なかった乃木坂46にとって、アンダーメンバーが継続的におこなうアンダーライブは、ライブパフォーマンスの発展の象徴になるものだった。つまりこれは、彼女個人の立ち位置を悲観的にとらえた予測というよりも、彼女らしい俯瞰をもって、グループ全体のなかで生駒里奈というピースが次に置かれるべき持ち場を推測した言葉である。
 同日の放送で生駒は、自身がそれまで「乃木坂46を作っていく段階でのセンターしか経験していない」とし、彼女以降にセンターを経験した白石、堀、西野、生田らについて「乃木坂46が大きくなってから、その勢いを保ち続けたままの乃木坂46を引っ張っていったセンター」であるという認識を語った。この冷静な見立てのとおり、年を追って知名度を上昇させていったグループにあって、センターを任されたメンバーたちはそのつど、有名グループになっていく乃木坂46の顔を引き受けてきた。また、白石が主にファッション誌でモデルとしてのキャリアを重ね、生田がミュージカルを中心に中規模・大規模劇場での舞台公演で立て続けに主役を務めるなど、乃木坂46が武器としてきたファッションや演劇といった個別分野で、彼女たちはグループ内のトップランナーになっていく。そしてまた、センター経験者が増え、主要メンバーが多様化していくことで、グループの強靭さにも支え合い方にも厚みが生まれる。生駒の考察は、その充実期のセンターポジションを預かっていたわけではないという、自身への謙虚な評価でもある。
 しかしまた、グループが何の軌道にも乗っていない状態で乃木坂46というブランドの最初の基盤を担うことも同等に尊く、さらに参照するあてや比較項をグループ内に見いだすこともできないだけに、彼女が背負ったものはほかのセンターに比しても独特だったといっていい。生駒は、充実期の厚みや「乃木坂46のセンター」の先例をまだもたない、グループ形成期のセンターを務めたことで、乃木坂46の基調をいや応なく手にすることになった。
 センターから外れたのちも生駒は、そのイメージを背負い続けることで「中心」としての象徴になるのではなく、どの組織内でポジションを任されても不思議と象徴であり続けるという特異な位置を得る。白石ならばファッションモデル、生田ならば舞台演劇といった、特定分野開拓のトップランナーとして立ち回るタイプとはやや異なり、自身も外部露出を多くこなしながらも、一方で常に乃木坂46という本拠地のシンボルであり続ける趣がある。楽曲披露時のフォーメーションだけを見るならば、6枚目シングル『ガールズルール』以降、2016年11月発売の16枚目シングル『サヨナラの意味』に至るまで、生駒がシングル表題曲でセンターを務めたのは『太陽ノック』の1度だけであり、西野や白石のほうがフロントメンバーとして活動する機会は多い。生駒はセンターが立つ1列目よりも、2、3列目を任される機会のほうが目立つ。けれども、彼女の配置が流動的になることでむしろ、どのポジションにいても変わらずグループのシンボルであることが強調されているようでさえある。

歴史を集約するシンボルとしてのセンター

 その生駒が担ってきたシンボル性が今夏、再度センターポジションという場に集約された。7月18日のフジテレビ系『FNSうたの夏まつり――海の日スペシャル』で、AKB48、SKE48、NMB48、HKT48、乃木坂46、欅坂46のメンバーを選抜して結成したユニットが、視聴者投票で選ばれた楽曲を披露した。選ばれた曲は、欅坂46の「サイレントマジョリティー」、そしてセンターを務めたのは生駒里奈である。
 連載第7回「乃木坂46が求めた「コンセプト」」で詳述したように、欅坂46のクリエーションに見える演劇性の高さやコンセプトの貫徹は、突発的に誕生したわけではない。それは、乃木坂46が模索しながら築いてきたコンセプトの統一感や演劇への傾斜といった足跡に導かれたものであり、その過程でまかれた種が、洗練されたかたちで芽を出した結晶が「サイレントマジョリティー」である。そのクリエーションの前提となる乃木坂46の草創期にシンボルとして立ち回り、矢面に立ちながら基調を築いてきた生駒が、延長線上にある最新のマスターピースのセンターの座に就く。この絵は、彼女で始まった一つの系譜を振り返りながら、さらに1枚厚く歴史を塗り重ねていくものだった。
 テレビ番組の宿命上、それは即席のユニット企画ではあった。とはいえ、ここに参加したメンバーはAKB48の渡辺麻友、HKT48の指原莉乃をはじめとして48各グループからはセンター経験者が顔をそろえている。その意味では、乃木坂46より以前、現在のグループアイドル活況の母体である48グループからの系譜を、「サイレントマジョリティー」の背景に重ねることもできる。あるいは、乃木坂46からは西野や白石、生田ら、近年の乃木坂46の顔を務めるセンター経験者たちが参加していたことを思えば、センターが48・46の別の誰かによって担われる景色もまたありえたし、それでも充実した絵は描けたはずだ。
 けれども、乃木坂46にまだ何の裏付けもなかった頃に、中心として最初の模索をした生駒が「サイレントマジョリティー」のセンターを務めることで、乃木坂46から欅坂46へと通じるストーリーは最大限に通りがいいものになる。もとより、48グループのセンター経験者を中心にして6グループが急遽顔をそろえるという性格上、楽曲の世界観の統一よりもキャリアがあるメンバー各人のパフォーマンスを見せつけるものになる。細部にわたってコンセプトを一貫させ、統率されたイメージを描ききったからこそオリジナルの欅坂46「サイレントマジョリティー」が世にインパクトをもたらしたことを思えば、即席の顔合わせと相性がいい楽曲では決してない。このとき、乃木坂46から欅坂46へと流れる系譜を担い、なおかつ48グループのメンバーたちまでも集約する存在として、生駒里奈という人物のキャリアは最適だった。
 放送後、繰り返しファンやメディアの話題にのぼったこの際のパフォーマンスについて生駒は、「サイレントマジョリティー」の歌詞を引きながら次のように振り返る。

 「大人に支配されるな」は10代の子が歌うからこそ、あんなにキマるんだと思うんです。欅坂46がやる『サイレントマジョリティー』はレジスタンスなんですよ。でも、私たちは「過去にレジスタンスだった人たち」にしか見えない。だから「大人に支配されるな」も別の種類のものに聞こえる。きっと『制服のマネキン』の頃の私の表現と重ね合わせた人もいると思うんです。ずっと見続けてるファンの方もそう感じたはず。でも、これはたぶん私しか気づいてないと思うんですけど、あの時の表現の仕方とは全然違う。もうあの時の私じゃない。私はもう反乱軍にはなれないんです。(「BRODY」2016年10月号、白夜書房)

 アイドルシーンの慣例に違和を感じながら、それでもなおセンターを背負った人物のある成熟がここにはうかがえる。それは乃木坂46の足跡を継承しながら新しいオリジナリティーを模索する後継グループの登場によってこそ、はっきり浮かび上がるものだ。「もう反乱軍になれない」は、たとえば渡辺麻友や指原莉乃らにも同様にいえることだろう。だからこそ、彼女たちによる「サイレントマジョリティー」は、レジスタンスによる統率されたパフォーマンスではなく、それぞれの個が強く発揮されるものになる。
 生駒もまた、すでにキャリアを裏付けにした強烈な個性を発する側の立場にいる。それでも、乃木坂46という一大メジャーでありながら、シーンに対して距離をもったまなざしを内包してきたグループの象徴が放つ言葉であるだけに、その俯瞰した視点はクリティカルに響く。

 

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第7回 乃木坂46が求めた「コンセプト」

香月孝史(ライター。著書に『「アイドル」の読み方』〔青弓社〕、アイドル関連の記事多数)

欅坂46の強固なコンセプト

 2016年春のアイドルシーンを席巻したのは、欅坂46のデビューシングル「サイレントマジョリティー」だった。乃木坂46の新プロジェクトとして結成されたこのグループが同曲で見せつけたのは、シリアスな楽曲や詞の世界観から衣装、振り付けなどの視覚面まで、細やかに基調を統一させることの強さである。体制に黙従する人々の姿と、それを打破する若者の意志とを対照させて描く同曲では、メンバーのコスチュームに学生的な制服というよりは軍服調のエッセンスを取り入れた。振り付けを通じて上演されるのは、統率される人々の不気味さと、一転して個々が意志をもって躍動していく瞬間の強さとのコントラストだが、軍服調の衣装はこれら双方の表現に対してきわめて相性がよく、効果的なビジュアルを生み出している。また渋谷を舞台にしたこの曲のミュージックビデオでは、背景のビルボードに監視を暗示する瞳の記号を浮かび上がらせながら、再開発中の東急東横線渋谷駅前の工事現場内部にロケーションをとり、16年現在の東京の姿を映像に刻印することで、虚構的でありながら、具体的な時と場所に紐づいた現実ともリンクするようなリアリティーを描いた。
 一連のクリエーションに見いだせるのは、欅坂46デビューにあたってなされた、楽曲とグループ全体のコンセプト固めの細やかさである。AKB48グループや乃木坂46といったアーティスト群をプロデュースする秋元康は、順調すぎる組織の拡大にともない、年を追って手がけるグループの数が増加している。そのため、実際のところ各グループの楽曲リリースに際しては、クリエーションにあたって各要素の足並みや色調が必ずしもそろわず、統一したコンセプトを貫けていないケースも少なくない。しかし、そうしたなかで新たに結成された欅坂46に関しては、既存のファンの外にまで届く強烈なコンセプトを、クリエーションの細部まで行き渡らせている。

秋元康と「コンセプト」

 ところで、秋元のプロデュースにとって、この「コンセプト」という単語は古くから発想の起点にあり続けてきた。秋元康名義の初期の書籍に、1986年刊行の秋元康総監修『SOLD OUT!!』(扶桑社)がある。秋元が「業界でサクセス」するためのノウハウを講じる体裁をとったこの書で、「作詞術」「業界の傾向と対策」に先んじて語られるのは、売るためのコンテンツが「コンセプトを持つ」こと、すなわち企画全体を牽引する統一的な基調やイメージをもつことの重要性である。ここでレクチャーされる「秋元康流コンセプト」は、この時代特有の軽佻浮薄な文体とも相まって、秋元と「コンセプト」という単語との相性のよさをあえて遊ぶようなちゃかし加減のものでもあるが、同時に作詞家や音楽産業の従事者として以上に、「企画屋」としてのキャリアを歩む秋元の成り立ちが垣間見える。
 さらに同書の巻末には、漫画家しりあがり寿による秋元をモデルにした漫画が掲載されているが、そこでは「救世主」秋元のもとに人々が群がり、有名になるための「コンセプト」を我先にと秋元に乞うさまが戯画的に描かれている。あるコンテンツに対して、その基調となる「コンセプト」を秋元が付与していくことで「サクセス」する商品となり、またそうした仕事によって秋元が時代特有の軽みをもちながら時代の寵児になっていく。さらには、その己に対してさえ、「コンセプト提供を強みにしたヒットメーカー」というコンセプトを付与し、ほとんど露悪的に軽薄な振る舞いを見せながら「秋元康」を演じてみせることで、自身を否応なく強いインパクトを放つ商品にしてしまう。『SOLD OUT!!』からはそんな秋元の青年期の営為をうかがうことができる。
 もちろん、『SOLD OUT!!』に見られる1980年代の秋元の自己提示は、時代の空気も大きく異なる2010年代の欅坂46「サイレントマジョリティー」とは、その気分において到底似つかわしいものではない。それは1980年代半ばと今日との時代感の差にもよっているし、コンテンツの性格や、『SOLD OUT!!』から30年を経て秋元がもつようになったスタンスやパブリックイメージにもよっているだろう。付け加えれば、そもそも「コンセプト」の多様さによって、虚構的な世界観を無数に生み出してきたのが秋元という人物である以上、その作品が描く世界や主張を逐一、秋元個人の信念や価値観と素朴にシンクロさせて考えることなどできようもない。個々の秋元作品が示す直接的なメッセージについていえば、それらに一貫性はない。彼に一貫性を見いだすとすれば、各時代の風を読みながら「コンセプトの付与者として立ち回る」という点でだろう。「軽薄なヒットメーカー秋元康」像も、「2016年の気分をシリアスに反映させた楽曲としての「サイレントマジョリティー」」像も等しく、秋元が「コンセプト」を軸に発信することで世にインパクトを与えたコンテンツである。

乃木坂46と「リセエンヌ」

 ただし、この連載がテーマにしてきた乃木坂46と「コンセプト」の関係についていえば、そう順調なものではなかった。
 乃木坂46発足当初、秋元はフレンチポップス調の楽曲をグループの差別化戦略のひとつに掲げた。その「コンセプト」はデビューシングル「ぐるぐるカーテン」などの初期活動に反映されているが、それにともなって秋元が掲げたキーワードが、「リセエンヌ」というものだった。秋元は以下のように説明する。

  よく乃木坂46らしいと言われる「女学生風」とか「清楚」というキーワードも、フレンチポップス風の楽曲が出発点になっていると思います。最初に堀越絹衣さんに衣装をお願いしたのも、パリのおしゃれなリセエンヌをイメージしていたからですね。(「日経エンタテインメント!」2015年2月号、日経BP社)

 字義だけでいえば、リセエンヌはフランスの女子学生を意味する言葉である。ただし、カタカナ語として日本に受容された「リセエンヌ」はそれ以上の、ある時代感覚を背負ったイメージをもっている。日本の若者文化のなかでリセエンヌというフレーズがしばしば用いられたのは1980年代のこと。女性向けファッション雑誌「Olive」(マガジンハウス)が、憧憬の対象として提案した言葉がこのリセエンヌだった。
 酒井順子はリセエンヌを紹介・礼賛する1980年代前半の「Olive」を参照しながら、一定の世界観を打ち出して読者に提示するための“キャラクター”として「Olive」が「リセエンヌ」を発見したことを考察している(酒井順子『オリーブの罠』〔講談社現代新書〕、講談社、2014年)。酒井は当時の時代背景に関して、「ファッションブランドにおいても雑誌においても、キャラクター戦略が功を奏した80年代前半。我々はまだ、「憧れる力」を持っていました。それはオリーブ少女のみならず、日本という国全体に、「自分達はまだ発展途上なのだから、目標を見つけてそちらの方向へと進んでいきたい」と、何かに憧れる気持ちが満ちあふれていたのです」と述べる。
 一方で、アメリカに対してであれヨーロッパに対してであれ、ある特定の「先進国」のライフスタイルを理想として憧憬する志向が薄れていくのもこの1980年代である。酒井もまた「安定期」を迎えた現在の「日本の女子高生」にとっては、単純な憧れの対象になりえないであろうことを観測しながら、まだ憧れの対象を外国に求めることが著しく有効だった時期の“キャラクター”としてリセエンヌを振り返っている。
 先に参照した秋元の書籍『SOLD OUT!!』にもうかがえるように、1980年代の秋元はすでに若者文化の担い手として勢いに乗り、また当の「Olive」にコラム連載をもってもいた。おそらく秋元にとっては、自身が社会に頭角を現した時代の若者文化の記憶とともに、このリセエンヌという言葉がある。
 けれども、2010年代に誕生した乃木坂46のメンバーに実感として「リセエンヌ」はインストールされていないし、また受け手たちにとっても今日的な単語ではないはずだ。まさに酒井が指摘するように、現在の若年層にとってリセエンヌは、「ここではないどこか」として単純に憧憬の宛先になるものではなかった。もちろん乃木坂46初期の楽曲を方向づけたのはフレンチポップス的な要素であり、その後のグループのイメージづけの下地に秋元が考える「リセエンヌ」観は忍び込んでいるのかもしれない。しかし、「リセエンヌ」自体が、今日の若年層にとって実感的な像を描ける単語でないのならば、それは確固たる目標にはなりにくい。実際、グループのコンセプトとして、リセエンヌはその後、代表的なフレーズにはならなかった。
 他方で、やはり乃木坂46に付与され、そしてグループを表す最もキャッチーな代名詞になったのが、「AKB48の公式ライバル」という、アイドルシーン内での立ち位置を意識したコンセプトである。

基準なきコンセプト

 いうまでもなく、2011年当時、AKB48はすでにアイドルシーンのトップランナーであるばかりでなく、社会全体を取り巻くように巨大なメディア的存在になっていた。そのAKB48の公式ライバルというフレーズは、少なくとも何を目指しているのかは即座に了解される。その点だけでいえば、そのコンセプトはこれ以上ない明快な一手のはずだった。
 しかし、AKB48の公式ライバルという二つ名はむしろ、当の乃木坂46メンバーたちを戸惑わせるものに見えた。この連載でときおりふれてきたのは、乃木坂46をことさらにAKB48の「ライバル」として見立てる根拠の希薄さだった。
 そもそも、エンターテインメントの形式としても、知名度やキャリアとしても説明不要の存在であるAKB48に対して、デビューしたばかりの乃木坂46は何をもって「ライバル」なのかが明確ではなかった。さらにいえば、比較対象となるAKB48とその姉妹グループは、まさに「コンセプト」がきわめて強い。地域に根ざした常設劇場をもって連日のライブをおこなうことで、グループの進化を常に「現場」レベルで見せるその上演形式は、AKB48の基本スタイルとして繰り返し語られてきた。それは、AKB48がマスメディアへの大量露出を果たし、既存のファン以外に表層的なレベルで強烈に訴える存在になって以降も変わらない。さまざまなメディアへの大量露出というマスへの訴求と、常設劇場を軸にしたコア層への訴求という2つの戦略は、いまやAKB48グループを維持する両輪になっているが、社会のなかでグループの大きさが変化していっても常設劇場の規模は変わらず、そうした「現場」では、ときにマス的な消費とは枠組みや価値観が大きく異なる受容や評価づけが繰り返されている。現在ではあまりにも当たり前の形式として受け入れられているが、常設劇場を基盤としたAKB48のスタイルはまず、それ自体が世に提示する「コンセプト」として実に強靭だった。
 この上演形式については、秋元がかねてから意識していた宝塚歌劇団などの枠組みや小劇場への憧れといった点からの考察も可能だが(「第1回 乃木坂46はAKB48の「影」なのか」を参照)、この方針は折しもジャンル全体が「現場」中心へと傾斜していく女性アイドルシーンとの相性もよかった。というより、アイドルをライブやイベントなど「現場」で受容するという傾向が主たるスタイルになっていったこと自体、AKB48の功績によるところが大きい。ライブイベントが豊富であることは、アイドルシーンに参入するにあたっての標準装備のようになっていった。
 その標準装備が、乃木坂46には乏しかった。ライブという「当たり前」の装備をもっていないことは、デビュー以降しばしば「弱さ」として受け止められた。かといって、デビューしたばかりのグループに、あらかじめその代替となるような武器はない。そのなかで与えられた「AKB48の公式ライバル」というコンセプトは、その言葉だけでは能動性をもちようがないものだった。アイドルシーンの基本装備をもたない新人グループを置いてけぼりにするようなこの大仰な看板は、「リセエンヌ」とはまた別の困難をもたらす、つかみどころがない枷でもあった。

ファッション・舞台・映像――乃木坂46が育む3本柱

 実質的な指針になりうるコンセプトが見えないまま発進した乃木坂46は、それでもアイドルグループのキャリアとして見るならば、順調にすぎる速度で歩みを進めている。デビューからリリースを追ってCD売り上げを伸ばし、この4年あまりを通じて右肩上がりを継続、今年3月リリースの14枚目シングル「ハルジオンが咲く頃」は80万枚を超えるセールスを記録した。そうした乃木坂46の快進撃を支えたのは、前述してきたような当初の「コンセプト」にまつわるすっきりしなさとは、ほとんど関係のない次元での施策だった。
 とりわけ、ここ1、2年の乃木坂46に特徴的なのは、ほかのアイドルグループとの差異化戦略を各方面で花開かせていることだ。まずマスに向けた方策として、特に2015年頃から目立っているのが、女性向けファッション誌のモデルにメンバーが相次いで登用されていることである。15年序盤に、齋藤飛鳥が「CUTiE」専属モデルに(同誌休刊にともない、同じ宝島社刊の「sweet」モデルへ異動)、西野七瀬が「non-no」(集英社)専属モデルに、橋本奈々未と松村沙友理が「CanCam」(小学館)専属モデルにそれぞれ起用された。これらの専属モデルラッシュは、この年の乃木坂46の社会的な認知度の上昇と相まった、ファッション方面での勢いを象徴する出来事だった。
 ただ、こうしたファッション方面との関わりは乃木坂46の知名度上昇に応じて急造的に用意されたものではない。メンバーの白石麻衣がファッション誌「LARME」(徳間書店)創刊に際してモデルに起用されたのは乃木坂46デビューの2012年のこと。そのあと、特有の世界観で比類ないポジションを獲得した「LARME」の躍進とともに、白石は同誌の代表的なモデルの一人になり、また13年からは「Ray」(主婦の友社)のモデルも兼ねながら、グループのファッション面をリードするメンバーになった。乃木坂46運営委員会委員長の今野義雄がかねてから語るように、結成前、すでにオーディションの時点で、メンバー選びはファッション方面との関わりを意識してなされている。そうした結成以降の種まきの成果が、デビューから3年を経過した15年の専属モデルラッシュにつながり、また同年秋冬には齋藤飛鳥・斉藤優里・北野日奈子のファッションブランドANNA SUIのアジア圏ビジュアルモデル起用へと展開していく。近年、グループアイドルシーンの活況継続を受けて、アイドルグループのメンバーがファッション雑誌に多数起用される流れが生まれているが、乃木坂46がその中心に立つことができているのは、こうした一貫した方策の実りといえる。
 あるいは、本連載が継続的に考察してきた舞台演劇への傾斜についていえば、デビューから3年間継続した実験的な演劇企画「16人のプリンシパル」(「第2回 乃木坂46の奇妙な演劇」を参照)を経て、2015年には本格的な舞台公演へと発展、漫画原作の2.5次元舞台『じょしらく』と、ケラリーノ・サンドロヴィッチ作の『すべての犬は天国へ行く』を上演し、独自のステップを積み重ねている(「第4回 乃木坂46が「内と外」をつなぐ最新舞台公演」を参照)。
 そうした舞台公演への継続的な志向は、メンバー個人の外部舞台参加にあたっても、出演作品の幅広さとなって現れる。大規模な商業劇場のミュージカルから2.5次元舞台、あるいは小劇場系作品のマスターピースまで、生田絵梨花や若月佑美、桜井玲香、井上小百合らのメンバーを筆頭に、乃木坂46は数年がかりで多方面の演劇作品とのリンクをはかっている。
 さらに、前回考察したように、乃木坂46特有のコンテンツである個人PVを代表として、映像作品に対する志の高さも、デビューシングルから今日まで変わらず継続してきたことによって、アイドルグループとしては卓越的な評価を得るに至っている(「第6回 乃木坂46が紡ぐ「個人PV」という織物」を参照)。
 ファッション、舞台演劇、映像コンテンツ。現在、乃木坂46が独自の強みとしてもつこれらに共通するのは、知名度の上昇につれて急ごしらえでセッティングされたものではなく、グループ発足当初から一貫した方針をもって育まれてきたということだ。であるならば、グループの基調を形成するという意味で、それは実質的に「コンセプト」と変わらない。しかし、この各側面はグループのこだわりとして言及されたことはあっても、「AKB48の公式ライバル」のような明快な旗印のもとでおこなわれてきたことではなかった。それらはあまりに自然に、そしてあまりに着実に歩みが積み重ねられたその結果として、いわばあとから姿を現したコンセプトのように乃木坂46の現在を支えている。

それでも求め続けた「らしさ」

 特に2015年以降、こうした各方面での飛躍的な成果は、グループのカラーを明確にし、乃木坂46のブランディングを確固たるものにした。初めから大々的に与えられたコンセプトに主導されるという道のりではなくとも、一貫したクリエーションによってあとから導かれたグループの特性は、もはや揺るがないものになりつつある。
 興味深いのは、社会的な知名度も上昇しグループとしての強みも特徴も定めることができたこの2015年にあって、乃木坂46自身はなお、己を見つけられずにいるような振る舞いを見せていたことだ。その迷いは、しばしば用いられた「乃木坂らしさ」というフレーズに象徴されていた。この「乃木坂らしさ」というフレーズが現れるとき、それは常に、その内実が不明なものとして存在した。己の個性を誇るためではなく、正解が定かでない問いを自らに投じるために繰り返される「乃木坂らしさ」という言葉は、やがて手垢がついた語句になり、ついには15年夏の全国ツアー全体のテーマにも据えられる。この年の全国ツアーでは、公演の最中にメンバーが「乃木坂らしさ」を問い、模索する言葉を紡ぐ時間も設けられていた。「らしさ」について執拗に問い続けるさまを受け、公演を終えたタイミングでおこなわれたメンバーインタビューで、乃木坂46を追い続けてきたライターの大貫真之介は、「今回のツアーでは「乃木坂らしさ」がテーマになっていましたけど、「らしさ」を求められるグループは決して多くないと思うんですよ」と投げかける。これに対してメンバーの生田絵梨花と西野七瀬は、

 生田 取材でも「乃木坂らしさ」をよく聞かれるんですけど、それはAKBさんが先に存在するから、じゃあ乃木坂は何が違うんだろうと思われているわけで。どう答えていいのかわからない部分があったけど、4年目に入った私たちが考える「乃木坂らしさ」を表現していこうというのが今年のツアーの目的でした。
西野 「乃木坂らしさ」に明確な答えはないと思うんですけど、いまの乃木坂メンバーは一生懸命やっていることを観た人が「乃木坂らしい」と感じてくれたらいいんじゃないかなと思います。(「月刊エンタメ」2015年11月号、徳間書店)

と返している。これほどに巨大なグループになり、複数の分野に明確な武器をもつことでブランディングを獲得した段階であるにもかかわらず、「乃木坂らしさ」という言葉はいまだ、揺るぎない矜持をもって積極的に提示するというよりは、ためらいがちに受け手に委ねるものとして位置づけられている。
 ただし、それはおそらく、無自覚や自信の欠落を意味するものではない。あらかじめ内容をもたない「AKB48の公式ライバル」というコンセプトを背負わされてスタートした乃木坂46は、何ももたない段階からオリジナルの「らしさ」(≒コンセプト)を問われ続けるほかなかった。そして、「AKB48の公式ライバル」に具体的な道筋が用意されていないだけに、ライバルの根拠として何を代入しても、正解めいたものになりようがなかった。だからこそ、今日のアイドルシーンのなかでも最も順調といえる現状をもってなお、乃木坂46が手にしているのは、大々的に喧伝される一大コンセプトという意味での「らしさ」ではないのだろう。各方面の活動にあたって地道に種をまき、花開いた結果としてのアウトプットの充実度がいつしかブランドとして定着した彼女たちの場合、題目としてのコンセプトはもはや不要なのかもしれない。

乃木坂46が姉妹グループに宿したコンセプト

 しかし、乃木坂46が4年以上をかけて積み上げてきたその足跡は、やがて別の場所に新たなコンセプトを植え付けた。冒頭でその鮮烈なインパクトについて語った、欅坂46がそれである。もちろん、ここで植え付けられたものとは、乃木坂46が培ってきたブランディングの方法論を下敷きにしてスタートできるという、欅坂46の環境そのものを指してもいる。たとえば、乃木坂46が模索しながら築いてきたファッション方面との相性のよさを、欅坂46は姉妹グループとして踏襲しながら進むことができるだろう。あるいは、乃木坂46同様にシングル発売に際してはメンバー全員分の個人PVが制作され、新たな映像作品の実験場を生み出している。
 そしてまた、グループとしてのパフォーマンスレベルで考えたとき、欅坂46の振り付けに宿されているのは、乃木坂46が切り拓いてきた演劇的志向である。すでにみた「サイレントマジョリティー」では、隊列を思わせる統制的な動きで、センターの平手友梨奈が隊列をコントロールする権威者のように立ち振る舞い、サビに向かうほどに個々が自我の胎動を示す動きをもって統制を打破していく、ストーリー性を色濃く感じさせる振りを採用している。このようなドラマ的な振り付けは、デビューシングルのほかの全員参加曲「キミガイナイ」「手を繋いで帰ろうか」でも貫かれている。歌詞に現れるグスタフ・マーラーのイメージに導かれて、前奏でメンバーが渡辺梨加を水平に担ぎ葬送をイメージさせる図を形成する「キミガイナイ」にせよ、菅井友香と守屋茜の2人がカップルのストーリーをコミカルに演じながら、ほかのメンバーがときに物語を補助するコロスのように立ち回る「手を繋いで帰ろうか」にせよ、そこに見られるのはきわめて演劇的な振り付けの数々である。デビューシングルの楽曲群を貫くそれらのドラマチックな振り付けは、欅坂46が表現しようとする世界観を立体的なものにしている。振り返れば、こうした演劇的表現は、乃木坂46が模索しながら開拓し、舞台演劇への強い志向やドラマを作り込むスタイルのMV群など、グループ独自の武器に落とし込んできたものだ。そのエッセンスは欅坂46のクリエーションにフィードバックされ、デビューシングルにして乃木坂46が重ねてきた試行の応用篇を上演して見せているのだ。
 コンセプトなき道を歩いた乃木坂46の足跡は、それ自体がグループの基調となる、「遅れてきたコンセプト」へと昇華されていった。そして、乃木坂46が築いたこの財産は、後進グループである欅坂46の出色のクリエーションに確かに受け継がれている。

 

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第6回 乃木坂46が紡ぐ「個人PV」という織物

香月孝史(ライター。著書に『「アイドル」の読み方』〔青弓社〕、アイドル関連の記事多数)

 乃木坂46結成後、初めて撮影されたミュージックビデオ(以下、MVと略記)は、「会いたかったかもしれない」という曲だった。AKB48のメジャーデビュー楽曲「会いたかった」をマイナーアレンジしたトリッキーな作品だが、そのMVは連載第1回で取り上げたように、「会いたかった」と同一のロケ地、ほぼ同一の構図やカット割りを採用し、「会いたかった」を手がけた久保茂昭が監督したものだ。楽曲自体と同様、「AKB48の公式ライバル」というコンセプトに奇妙なほどに寄り添ったこのMVは、まだほとんど何のパブリックイメージももたない乃木坂46の存在を、不穏なかたちで提示するものだった。その意味で、乃木坂46の映像作品は初手からある種のインパクトをもっていた。
 ただし、「会いたかったかもしれない」と同時期に、乃木坂46はすでに「AKB48のシャドーキャビネット」とは違う、独自のMVのあり方を模索している。「会いたかったかもしれない」はデビューシングルCD『ぐるぐるカーテン』に収録されているが、その表題曲「ぐるぐるカーテン」では、MVの監督に写真家の操上和美を招いた。あるいは同じく『ぐるぐるカーテン』収録の「乃木坂の詩」のMV監督には、振付師の南流石を招聘している。いずれもそれぞれの専門分野で長年地位を築いてきたスペシャリストではあれ、映像面に関しては未知数でもあり、実験的な人選だった。とはいえ、操上はモノクロを印象的に用いて和やかな教室風景に緊張感を描いてデビューシングルを彩り、また南は画面内に映る要素をタイトに絞って乃木坂46メンバーの身体の躍動をシンプルにMVとして構成してみせ、初期の乃木坂46を見事に彩っている。操上や南ら、やや変化球的な監督の人選には、すでに映像制作面に関して乃木坂46オリジナルの色を出そうとする試行がみえる。
 その試行の一方で『ぐるぐるカーテン』リリースに際しては、AKB48グループのMVを数多く手がけてきた丸山健志が監督した「失いたくないから」のMVも制作されている。丸山が描く美麗でスタイリッシュな絵面は、その後の乃木坂46のイメージで重要な鍵になっていくが、そうした歩みを経ていないこの時点ではまだ、久保が監督した「会いたかったかもしれない」MVと同じくAKB48のMV制作を経た人物による作品の一つだった。
 乃木坂46のMVの第一歩は、AKB48の影であることを意識させるような作品と、独自の道を模索するような実験とが絡み合ったものだった。やがてAKB48の影としてのイメージは後退していくが、乃木坂46がMVを通じて身につけていくオリジナルな特徴は、この段階ではまだ顔をみせていない。

2つの顔をもつ「君の名は希望」

 ところで、乃木坂46はそのキャリアの要所でしばしば「演技」への傾斜をうかがわせてきた。デビュー初年度から形式を変えながら継続的におこなっている舞台演劇公演は、その象徴となるものだ。そうした演技への傾斜は、やがてMVにも波及していく。デビュー翌年の2013年リリースの5枚目のシングル表題曲「君の名は希望」でその兆しは明確に現れる。
 2015年末の『NHK紅白歌合戦』初出場時にも披露され、現在グループを代表する楽曲になっている「君の名は希望」だが、制作されたMVは変則的なものだった。同曲のMV監督として起用されたのは映画監督の山下敦弘である。MV制作に際して山下は、メンバーを集めてとある映画のオーディションを開催した。このオーディションでは、山下が監督した過去の映画作品『リンダリンダリンダ』(2005年)のワンシーンの演技や、俳優の池松壮亮らもサポートキャストとして参加してのエチュードが実施されているが、山下はそのダイジェストをそのままMVに仕立てたのだ。
 より正確にいうならば、この映像作品の大部分では「君の名は希望」という楽曲そのものは鳴っていない。「君の名は希望」という曲の長さがおよそ5分半であるのに対し、このMVは約25分と大幅に長尺である。さらにいえば、このMVは楽曲そのものに素直に奉仕する映像というよりは、むしろメンバーが演技する風景を記録した映像のなかに、楽曲を見せるためのパートが挿入されているような趣が強い。映像中に歌唱シーンは存在するものの、レッスン着姿のメンバーがオーディション用の舞台装置をそのまま使い、オーディションの一連の流れのなかで歌唱シーンをパフォーマンスしているようにみえる。そして歌唱が終わると、それがオーディションの半ばであることが示唆され、再び楽曲が鳴らないオーディション風景が続いていく。
 ともすれば、グループや楽曲のイメージをわかりやすく伝える映像としては機能しづらいものとして、「君の名は希望」のMVは誕生した。それを補完するように、追って丸山健志によってダンスショットとリップシンクを基本とした別バージョンのMV「君の名は希望――DANCE&LIP ver」が制作され、そのビジュアルイメージはCMなどで印象的に用いられていく。結果、ベクトルがまるで異なる2パターンのMVをもつことになった同曲は、グループ全体の代表曲になるだけでなく、乃木坂46の視覚的なシンボルと演技への傾斜というグループの特色との双方を背負う作品になっていった。

演技の場としてのドラマ型MV

「君の名は希望」で変則的な表現をもって切り開かれたMVでの演技面の強調は、よりオーソドックスなドラマの多用として加速していった。「君の名は希望」に続く6枚目シングル表題曲「ガールズルール」、7枚目表題曲「バレッタ」、8枚目表題曲「気づいたら片想い」と、シングル表題曲のMVは演技パート主体のドラマタイプのものが続く。ときにドラマのセリフを聞かせることを優先し、「楽曲のバックグラウンドとしてのドラマ」であるよりも「ドラマのBGMとしての楽曲」にみえる瞬間さえ生まれるようなそのバランスは、かねてから演技をグループの特色に置いてきた乃木坂46の方針とも軌を一にするようにみえる。
 さらに9枚目シングル『夏のFree&Easy』に収録された「無口なライオン」、そして10枚目シングル『何度目の青空か?』収録の「あの日 僕は咄嗟に嘘をついた」では、楽曲の振り付けを用いたダンスショットやリップシンクを排して、ドラマだけでMVを構成してみせた。このようにして、ドラマ型のMVは乃木坂46の一つのトレードマークとして定着していく。
 もっとも、ジャンルを問わずMVというものにとって、ドラマ主体の構成という手法はよく用いられるものだ。グループアイドルシーン内に限っても、AKB48グループをはじめ、大なり小なりドラマ仕立ての要素を仕組むことは少なくない。楽曲に表現された世界観をさらに補強・拡張し、あるいは楽曲単体では描いていなかったようなものへと映像を介して飛躍していく、そのための標準的な手札の一つとしてドラマという方法はある。乃木坂46もまた同様に、楽曲リリースのたびにそうした映像による世界観の拡張がおこなわれているといえるだろう。
 しかし、乃木坂46が特異なのは、映像によって拡張される世界観の幅の途方もなさである。乃木坂46がシングルリリースごとに制作する映像作品は、MVだけではない。というより、映像作品の本数でいうならば、楽曲MVは制作されるもののうち、ほんの一部にすぎない。乃木坂46というプロジェクトがもつ驚異の一つは、絶えず生み出される膨大な映像作品群の数、そして射程の広がりにある。それを実現しているのが、「個人PV」という乃木坂46独特の試みである。

「個人PV」というコンテンツ

 リップシンクやダンスショットをなくし、完全に乃木坂46メンバー主演のドラマだけで構成された「無口なライオン」や「あの日 僕は咄嗟に嘘をついた」MVの監督は、湯浅弘章という人物である。現在では、湯浅は乃木坂46のドラマMVを担う重要なクリエーターとして認知されているが、彼が乃木坂46の映像制作で存在感を見せ始めたのは、楽曲のMVからではない。
 乃木坂46と湯浅との表立った接点は、「個人PV」と呼ばれる乃木坂46独自の試みからだった。そしてこの個人PVなるものこそ、乃木坂46の映像面を大きく特徴づけるコンテンツになっている。
 今日、アイドルグループに限らず音楽ソフトが販売される際、同一タイトルのシングルやアルバムについて複数のパターンのCDが売り出されることは珍しくない。それらはジャケットデザインや収録されるカップリング曲が異なるほか、しばしば付属する特典DVDの内容にもバリエーションをもたせることで、全タイプ購入を促すものになっている。乃木坂46もまた、1つのシングルリリースにつき4、5パターンの商品が発売され、収録曲やDVDの内容を違えている。形式上はAKB48グループなどのリリースを踏襲する、よくみられる商品展開といっていい。
 しかし、この特典DVDのなかで乃木坂46がおこなっている試みは、一種異様な広がりをもっている。その異様な広がりをもたらしているのが、ほかならぬ個人PVである。乃木坂46は通常、CDに付属するDVDに、シングル楽曲のMVとは別に多数の映像作品群を収録する。個人PVと呼ばれるその作品群は、その名のとおり乃木坂46メンバー個々人にスポットを当てるため、1作品に1人のメンバーをフィーチャーした、数分間の映像である。シングルが制作されるごとに、同時に稼働メンバー全員分の個人PVを制作してソフトに収録するため、シングルリリースにつき、ほぼ毎回30本以上の映像を撮っていることになる。
 ここで乃木坂46の個人PVが異様なのは、「個人」の「PV(プロモーションビデオ)」という名称でありながらも、必ずしも出演するメンバー個々をストレートに「紹介」するためのプロフィール映像になっているわけではないことだ。というより、ほとんどの場合、それらの映像は「乃木坂46のメンバーを紹介する」趣旨のVTRになっていない。
 この個人PVは、1つのシングルにつき制作される三十数本の作品すべてが、原則として別々の監督によって作られている。すなわち、シングルを制作するごとに楽曲MVの制作と並行して、30人以上のクリエーターを招いて1作品ずつ割り当て、映像作品を制作するという作業がおこなわれているのだ。各作品の監督にはすでにキャリアがある映画監督が招かれることもあれば、新進の若手映像作家、あるいは映像を専門としない他分野の作家・演出家なども招かれ、シングルリリースごとに集う作家の顔ぶれ自体が相当の広がりをもっている。

乃木坂46が生むショートフィルムの見本市

 そのようにして集められたクリエーターによって作られる個人PVは現在までに300作品をゆうに超える。そこでは乃木坂46のメンバーを紹介すること以上に、監督の作家性の発露のほうが優先されている感がある。ある監督は主演メンバーが「アイドル」であることをストレートに反映させてオリジナルソングとダンスを中心に構成する。またある監督は今日のアイドルコンテンツの一つの王道ともいえるドキュメンタリーを撮る。そして、ある監督は本格的な短篇ドラマを作ろうとする。あるいはロジックでは説明しがたい感覚的なイメージを投影した映像を作り、あるいはまた不条理な空気感のやりとりを描くことで作品を成立させようとする。「乃木坂46のコンテンツ」であることを意識してもしなくてもいいようなその自由度は、多彩な経歴をもったクリエーターたちによる、小さなショートフィルムフェスティバルを思わせる広がりをみせる。そして、この大掛かりなプロジェクトが1度や2度で終わる単発ものではなく、シングルリリースのたびに遂行されて歴史を紡ぐことで、「乃木坂46の個人PV」という企画自体が途方もない作業量と作品数を生み、CDの付録の範疇を超えた、グループが誇るコンテンツの柱の一つになっているのだ。
 たとえば乃木坂46の個人PVに頻出する一つのパターンに、その作品のためだけに制作されたオリジナル楽曲と振り付けを中心に構成された、音楽的要素が強い映像群がある。5枚目シングル『君の名は希望』リリースの折に制作された、伊藤万理華主演の個人PV「1カット」(監督:福島真希)はその代表だ。学校内の長い廊下を直進しながら歌い踊る伊藤を、文字どおり1カットの映像で撮りきった同作で表現された絶妙の緩さと軽快さは、グループの正式な楽曲ではない、あくまで小品であることを前提にした企画だから実現できたものだろう。現在では発表時に付されていたタイトルではなく作中の楽曲タイトル「まりっか’17」がこの個人PVの通称になり、付属DVDの範疇を超えて乃木坂46のワンマンライブでの「まりっか’17」披露も実現した。個人PVから発信された表現が、通常リリースされる「乃木坂46の楽曲」とは違う水準の世界観、面白みを保ちながらグループのコンテンツの幅を拡張していく瞬間である。
 こうした作品群にはまた、グループが正式に発表する楽曲では標準装備されている、ある拘束がない。すなわち、「秋元康作詞」である必要がないのだ。AKB48グループと同様、乃木坂46の楽曲は、作曲・編曲は多様なクリエーターが手がけているが、詞に関しては原則として秋元が紡ぐ言葉のリズムや語彙などの癖が必然になる。この連載では乃木坂46を読み解く際に秋元の着想をたびたび参照してきたが、言うまでもなく彼の作詞もそのアイデアのうちの重要部分である。それが一方では乃木坂46の世界観を構築し整えていくが、このグループの楽曲の印象を、ある一定の方向にとどめてしまうことも間違いない。そのくびきから外れる個人PVでは、詞に関しても実験的な要素が自然と生まれてくる。
 13枚目シングル『今、話したい誰かがいる』収録の永島聖羅の個人PV(監督:三枝友彦)は、彼女が様々に立てる物音を収集・サンプリングし、それらを採り入れたトラック上で永島が8小節のラップを披露するものになっている。このラップを作詞したのは、ヒップホップアイドルユニットとして活動するlyrical schoolのDJを担当し、デビュー時から同グループ楽曲の詞を手がけている岩渕竜也である。lyrical schoolのテイストに相通じる言葉選びや韻のありようは、乃木坂46関連楽曲でありながら、通常の乃木坂46楽曲からは生まれえない彩りを生んでいる。クリエーターの自由度を高く設定した個人PVは、グループと楽曲との関係性さえひそかに変えていく。

「内から」の象徴としての個人PV

 楽曲MVからの流れに話を戻せば、「無口なライオン」「あの日 僕は咄嗟に嘘をついた」といった楽曲のMVを手がけた湯浅弘章は、その前段階で乃木坂46の個人PVに監督として参加し、そこでドラマ仕立ての作品を武器に強い個性を放っていた。先に、デビュー間もない頃の乃木坂46のMV監督の傾向として、操上和美や南流石といった他ジャンルのスペシャリストを招聘していることにふれたが、こうした初期の人選は秋元によるものだった。一方で湯浅や、「ガールズルール」でやはりドラマ型のMVを手がけた柳沢翔などは、その後乃木坂46が継続してきた個人PVという企画によってグループ内で実績を積んできたクリエーターである。個人PVの映像クリエーターは、乃木坂46運営委員会委員長の今野義雄や、映像クリエーター金森孝宏らを中心に選出されていく。つまりここでは、MV監督というグループのビジュアルイメージの鍵を握る人選が、秋元による「上から」の提案ではなく、乃木坂46が育んできたものを「内から」の提案が採用されている。
 個人PVでの手際をもとに楽曲MVを手がけるようになった湯浅は、今度はMVから個人PVへという逆ベクトルでのリンクを構想する。湯浅が監督した「無口なライオン」のMVは、当時グループのセンターポジションに就いていた西野七瀬を主人公として、彼女の転校による友人との別れを描いたドラマだった。湯浅は続く10枚目シングルの個人PVで西野の作品を担当する。ここで湯浅は、個人PVという企画を利用して「無口なライオン」で描かれた世界のその後、すなわち転校先での西野の姿を描いた続篇ドラマ「天体望遠鏡」を制作した。この作品で西野は転校による別れを経て、転入先で頼もしい先輩として下級生を見守るさまを演じ、MVから個人PVへの推移とともに、彼女が演じた人物が時の経過とともに成長していく様子もみせている。これは個人PVが楽曲MVの世界観を補強していく例としてわかりやすい。
「無口なライオン」シリーズの場合、明確なフィクションとしてのドラマだが、MVと個人PVとの世界観の連携は、よりドキュメンタリー的なレベルでも生じている。「無口なライオン」で主役を演じた西野が、乃木坂46というグループ全体の中心的アイコンとして育っていく起点としてときおりあげられるのが、5枚目シングル『君の名は希望』の時期である。といっても、西野はこのときまだセンターを経験したことはなく、彼女が初めてセンターに立つのもそこから1年後、8枚目シングルでの話だ。ただし、このときの個人PVではその前兆になるような種が確実にまかれていた。
 5枚目表題曲「君の名は希望」MVは、先述したように山下敦弘監督によるオーディション風景を切り取った異色の作品だった。このとき、実は西野の個人PVも同じオーディション会場で撮影されていた。というのは、この5枚目シングルの西野の個人PVは、同オーディションで監督との距離をなかなか縮められない彼女の姿を観察したドキュメンタリー作品(監督:守屋文雄)だったのだ。このとき、西野の個人PVはシングル楽曲と強くリンクし、また乃木坂46という組織の物語を推進するための補足的な役割を与えられている。個人PVというコンテンツは、単なるCD購入者への付録でもなく、楽曲やグループの文脈と独立した自由な映像企画というだけでもない。いくつもの文脈と有機的に関わり合いながら、乃木坂46というエンターテインメントの総体を豊かにしていく。

乃木坂46が紡ぐ膨大な網の目

 11枚目と12枚目シングルリリースに際して、個人PVはその趣向をやや変えた。それは、1つの映像作品につき1人をフィーチャーするのではなく、メンバー2人1組をペアにして主演に据える、「ペアPV」という企画だった。このペアPVで湯浅は、「無口なライオン」シリーズをさらに発展させる。「無口なライオン」で西野との別れを印象的に演じたのが若月佑美だったが、11枚目シングルで西野と若月のペアPVを担当した湯浅は、前作の西野の個人PV「天体望遠鏡」をさらに展開させ、2人の再会をほのめかす続々篇を完成させた。若月にスポットを当てながら、前作の西野篇のストーリーをややなぞるように物語を紡ぐことで、MVと個人PVとの関係性だけでなく、個人PV/ペアPV同士にも縦軸を通してみせた。
 今回は、一つの典型として湯浅弘章という監督、そして彼が制作するドラマ型の作品をたどりながらみてきたが、こうした発展は2012年から現在にいたる乃木坂46の個人PVの歴史のなかで、それぞれの文脈や手法をもって随所に忍び込んでいる。
 たとえば10枚目シングルの個人PVには、個人PV同士が姉妹篇になるような作品も存在する。生田絵梨花、松村沙友理それぞれの個人PVには互いが登場し、2人で「からあげ姉妹」と名づけられたユニットを結成した。両者の個人PVでは、それぞれが民家でからあげを作って食すまでを特有のテンポで映像化しながら、双方共通のパートとして生田と松村は「からあげ姉妹」のテーマ曲となるオリジナルソングを歌い踊った。11枚目シングルのペアPV企画ではその生田と松村が再結成し、「からあげ姉妹」の続篇を完成させて個人PVとペアPVを橋渡しする。さらに続く12枚目シングルでは、あくまで個人PV/ペアPVという特典企画だったこのコンビが、正式に乃木坂46楽曲のユニットに「昇格」し、「無表情」というタイトルの独立した楽曲が誕生、そのMVも制作される。個人PVから派生した映像企画が乃木坂46名義の楽曲へ、そして1本のMVへと拡大していったのだ。
 そのコンビのうちの1人、生田絵梨花は13枚目シングルの制作で、湯浅が監督する個人PVの主演に招かれる。湯浅が乃木坂46の歩みとともに積み重ねてきたドラマ作品の最新作となった「赤い傘のひと」は、団地に住む人々それぞれが、自身が生きるライフコースの現在地に迷いを抱えるさまを描いている。ここでは配信方法として、グループの公式「YouTube」に公開された予告篇をこの本篇に先立つ「前篇」と位置づけ、インターネット上の動画とソフトの双方で一作品になるようなアイデアを採用した。こうした遊びもまた、乃木坂46の映像作品の広がりを半歩推し進めるものにみえる。生田の視点を中心にしながらも、ほかの性別や年代の人々が抱える人生の困難も同等に垣間見せるような「赤い傘のひと」の仕上がりは、乃木坂46での湯浅作品の円熟をもうかがわせる。乃木坂46が積み重ねる映像作品での試みは、グループが見いだしたクリエーターとともに成熟期を迎えつつある。
 2016年3月現在までに制作されてきた乃木坂46の個人PVとペアPVの総数は、先にもふれたように300作をゆうに超え、それらは縦軸と横軸を錯綜させながら文脈を無数に織り込んでいる。この文章でたどってみせた映像コンテンツ同士の結び合いも、その膨大な織り込みのなかから恣意的に選んだいくつかの線でしかない。数カ月ごとにコンスタントにリリース時期がやってくる速いスパンのなかで、毎回全メンバーの個人PVを制作するという途方もない作業を積み重ねた結果、乃木坂46の映像コンテンツの水面下には、その見かけの何乗分もの網の目が仕組まれている。

 

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第5回 乃木坂46と「ライブ」との距離

香月孝史(ライター。著書に『「アイドル」の読み方』〔青弓社〕、アイドル関連の記事多数)

 乃木坂46の総合プロデューサー・秋元康は、「AKB48の公式ライバル」としての乃木坂46について語った折、AKB48とは「接点を持たないライバル関係でいたほうが面白いだろうと思っていましたね」と述べたあと、次のように続けている。

 ただAKB48と全く違うことをやろうとすると、普通になっちゃうんですよ。違うものにするため、劇場を持たず、ホールコンサートを中心にして、ファンのみなさんにはテレビ番組を通じて応援してもらうというのは、言ってしまえば当たり前のアイドルになるというパラドックスになってしまう。(「日経エンタテインメント!」2015年2月号、日経BP社)

 一見するとこれは、合点がいくような話である。「劇場を持たず、ホールコンサートを中心にして、ファンのみなさんにはテレビ番組を通じて応援してもらう」と言われれば、いかにもよくあるような戦略に思える。もちろん秋元も、それを昔ながらのオーソドックスな芸能活動として語っている。続けて秋元は、だからこそ乃木坂46はフレンチポップスを意識した初期の楽曲や「清楚」などのキーワードで語られる衣装、あるいは舞台公演『16人のプリンシパル』を発端とした演劇などによって差別化をはかったのだとして、グループ草創期の施策について述べていく。ごく自然に納得してしまうような話の流れだが、現状に即するならば、この話はさらに反転する。

希少な存在としての「当たり前のアイドル」

 今日のグループアイドルシーンを考えるとき、乃木坂46について秋元がいう「ホールコンサートを中心にして、ファンのみなさんにはテレビ番組を通じて応援してもらう」というあり方は、実は「当たり前」ではない。本連載第1回で概観したように、現在のアイドルシーンの特徴は、その主戦場がテレビメディアではなくライブやイベントをおこなう「現場」へと移ったことだった。「現場」がアイドルの主たる活動場所として認知されるようになったからこそ、多様なやり方で「アイドルになる」ことが可能になったし、様々な場所で随時ライブパフォーマンスがおこなわれる流れが生まれ、それがグループアイドルシーンの活況を招いた。そして、そんな「現場」主導の潮流を作ったのは、ほかならぬ秋元康が手がけたAKB48である。
 さらにいえば、そうした流れに先立って、テレビメディアでは1990年代には「アイドル」を生かすための基本的なコンテンツである歌番組がかつてに比べ衰退していた(太田省一『中居正広という生き方』青弓社、2015年)。それでも秋元がホールコンサートとテレビ番組での認知という手法を「当たり前のアイドル」と表現したのは、それがかつてのアイドルの常套的な戦略だったためだ。秋元がアイドルグループ・おニャン子クラブをプロデュースしていた80年代半ばはもちろん、90年代も基本的にそのイメージは変わらなかっただろう。だから、それが昔ながらの「よくあるアイドルプロデュース」だったことは間違いない。けれど実際の環境としては、定期的なライブのための「現場」をもたず、CDデビュー前からテレビで冠番組をもつことができた乃木坂46は、昨今のアイドルシーンにとっては、むしろ稀有な仕方でスタートしたグループである。そこに、秋元が言葉にしなかったもう一つのパラドックスがある。いわば、その「当たり前のアイドル」像は現在、当たり前からは程遠いところにあるのだ。
 もっとも、秋元が「当たり前」を回避するための差別化として挙げていた要素は、彼が言う「当たり前」の戦略と相性がよかった。「現場」主導のアイドルシーンで頭角を現すには、ライブで支持を得ることが重要になる。「現場」でおこなわれる日々のライブで初見の人々を巻き込んだり、観客の熱狂を維持したりするには多くの場合、アッパーな楽曲を旗印にすることが有利にはたらく。曲のイントロでファンが定型的なコールをする「MIX」が、アイドルのライブ文化の代表的なものになることからも、その傾向はうかがえる。
 乃木坂46は、そのような潮流からはいくぶん超然としていられる立場にいた。秋元が先のインタビューで示していたのは、グループ初期のコンセプトとしてのフレンチポップス感だったが、その後さらに乃木坂46のトレードマークになっていくのは、5枚目シングル表題曲「君の名は希望」などに代表されるような、落ち着いた聴取環境でこそ映える、鍵盤の旋律を基調にしたミドルバラードである。そうした楽曲を世に送り出すグループとして認知されていくにあたって、初見でもわかる明快な熱量で「現場」を常時盛り上げる必要がない環境は、プラスにはたらいたとも考えられる。
 また、本連載では秋元の演劇への憧憬をひとつのキーポイントにしているが、前回考察した2015年10月の舞台『すべての犬は天国へ行く』での成果や、14年に若月佑美が『生きてるものはいないのか』に出演したことなどから浮かび上がる、演劇への独特のアプローチも、しばしば「文化系」といわれるグループのイメージによってこそ引き立つものだった。ここで「文化系」というのは、日々のライブ公演に裏づけられたAKB48のタフな体育会系イメージがその対比としてあるためだ。AKB48だけでなく、ライブを前提にした「現場」が主戦場になる現在のアイドルシーンのなかで、あらかじめそうしたライブの場を十分に用意せずスタートした乃木坂46は、その時点で異質だった。もはや過去のものになった「当たり前のアイドル」的な戦略そのものが、今日ではそのまま差別化にもなっていた。

ライブ経験と会場規模とのギャップ

 とはいえ、今日のグループアイドルシーンが、「現場」での日々のライブの積み重ねによって特徴づけられるのであれば、乃木坂46もまた「アイドル」に属している以上、そのライブパフォーマンスがどのようなレベルにあるのかが問われる局面は当然生じてくる。率直にいえば、ライブパフォーマンスの場数が少ない乃木坂46にとっては、それが当初からのウィークポイントだった。しかしそのこととは別に、グループとしての人気や知名度はデビュー以降、順風満帆に伸びていき、「君の名は希望」に代表されるようなバラードを旗印にして楽曲的評価も高まっていく。その知名度上昇に応じて、節目に開催されるコンサート会場も、有名アーティストと同等の規模へと膨れ上がる。CDデビューの翌年の2013年には国立競技場第一体育館の昼夜2公演で2万4,000人を動員、同年12月には日本武道館で初公演をおこなった。続く14年には横浜アリーナでの「乃木坂46 2ND YEAR BIRTHDAY LIVE」で1万3,000人を動員、その年の夏にはおよそ3万人の観衆を集めて明治神宮野球場でのライブ開催と、万単位の集客を誇るグループへとステップアップしていく。
 ハイスピードで大会場のライブ開催を次々と実現したことは、秋元がいう「当たり前のアイドル」的な戦略と相性がいいブランディングがもたらした、正当な成果だった。もちろん、日常的なライブが少ないぶん、そのような節目のライブはファンにとっても貴重な機会になる。ただし乃木坂46の場合、小さな規模の会場での豊富なライブ経験を裏づけにしながらステップアップしていくようなあり方とは大きく違う。ライブ全盛の今日のアイドルシーンにあって、それはスタンダードな道程ではない。今日的な潮流とはやや違うスタンスで独自のブランドを確立して人気グループになったこと、それは「現場」の積み重ねが前提になるほかのグループと比べたとき、ライブ経験値の少なさが目立ってしまうことと表裏一体だった。
 さて、ここからの話を簡単に先回りすれば、グループ初期の活動でそのようなウィークポイントが指摘されがちだった乃木坂46が、特にこの2年間ほどをかけて、どのようにパフォーマンスのクオリティーを底上げし、ライブに関して独自の色を花開かせつつあるのか、そのことをみていくものになる。ただし、ライブの積み重ねを軸に成長するような現在の“当たり前”とは違うルートで持ち味を磨いてきたグループであるだけに、ライブパフォーマンスの質が好転していく契機もまた特有のかたちで生まれていった。

アンダーライブ――始まりとしての2014年

 乃木坂46のライブが語られるとき、キーポイントに必ず挙げられるのが「アンダー」という言葉だ。AKB48などでも使われるこの言葉は、おおまかにいえばシングルCDの表題曲の選抜メンバーから漏れた、「選抜されていない」メンバーを指している。そもそも、シングル曲リリースにあたって参加メンバーがグループ全体のなかから限られた数だけ選別されるのは、数十人単位の人員をもつ大規模グループの特徴である。メディアに出演する際に個々を認知してもらって知名度を高めるうえで、数十人を一度に出演させるのは効率的ではない。だからこそ、まずは広く知ってもらうために旗印になるメンバーを限定して選抜する。それはAKB48でも乃木坂46でも、おおむね変わらない。さらにいえば、熱心なファンでないかぎり、グループが出演したメディアすべてを見てくれるわけではない。たまたま何度か目にしたグループのメンバーとして出演しているのが、そのつど違う人物であればグループ自体のイメージはなかなか定着しない。だから、選抜されるメンバーはアイコンとしてある程度、固定されることになる。それは運営する側が誰を“贔屓している”といった水準で語ることができない、グループの社会的認知のための効率の話になる。
 ではこのとき、選抜されなかった「アンダー」はどこに活路を見いだすのか。「現場」でのライブがほとんど前提になっている今日、大きなメディアへの出演が少ないアンダーメンバーにとっては、日々のライブ活動がそうした場になる。AKB48をはじめ、SKE48など各地域の派生グループを含む「48グループ」はどこも、常設劇場を構えて連日ライブをおこなうことが基本になっている。選抜メンバーにマスメディアでの活動が増え、劇場に出演できなくなれば、常設劇場は非選抜メンバーにとって、より直接的な活躍の場になり、そこからファンの支持も拡大していく。本連載で見てきたように、常設劇場というコンセプトは秋元の宝塚歌劇や小劇場への憧憬がかたちになったものである。しかしまた、数十人単位の大規模グループにとって、マスメディア以外の拠点を基盤にもつことは、各メンバーに活路を開くために最適化されたデザインでもあるのだ。
 その活路が、乃木坂46のアンダーメンバーにはなかった。テレビなどのメディアを中心的な活動とするなかで選抜メンバーは固定されがちになり、必然的にアンダーメンバーも固定される。これはグループ全体の慢性的な課題にもありつつあった。アンダーメンバーだけによるライブが初めて開催されたのは、そうした頃合いだった。
 2014年4月、8枚目シングル「気づいたら片想い」のリリースに関連したイベントとして初開催されたこのアンダーライブは、アンダーメンバーに目を向けてもらうための機会ではあるが、この時点ではアンダーの力量を知らしめるだけのものにはならなかった。選抜常連メンバーに比べて活動の場自体が少なかったアンダーメンバーにはまだ、実力を見せるための経験値はなかった。また、単発的に用意されたこの企画イベントには、すぐさま長期的な展望が描けたわけでもない。ありていにいえば、選抜としての活動がないメンバーたちに、代替的に与えられた活動の一環のように見えていた。
 しかし、アンダーメンバーだけのこのライブは、予想以上の好反応をもって迎えられた。頻繁にライブイベントをおこなうことがアイドルシーンのスタンダードである以上、もともとファンからライブ増加が望まれていたというグループ全体の背景も後押しになっていただろう。ごくシンプルに、歌とダンスによるライブの訴求力の強さがそこにはあらわれていた。また乃木坂46に所属しながらも活躍の場を得ることが難しかったアンダーメンバーにとっても待望の機会だった。アンダーライブは2014年4月から7月にかけて断続的に開催され、ライブの位置づけもシングルCDリリース関連の企画ではなく、独立した公演として位置づけられるようになる。乃木坂46のアンダーライブは、この年の秋から一定の公演期間を設け、主に収容人員1,000人未満のキャパシティーの劇場で、ロングラン的に定期開催されるようになる。節目におこなわれる大会場コンサートとは違うメンバー、違う規模感のこのライブは、秋元が構想した「当たり前のアイドル」の戦略から離れた乃木坂46のコンテンツとして徐々に定着していく。

選抜とアンダーの拮抗

 知名度を上げていく乃木坂46のなかで、選抜常連メンバーがマスメディアでの活躍を拡大する一方、アンダーライブの定着によってアンダーメンバーは中規模会場でのライブという「現場」に活路を見いだした。このことは、選抜メンバーとアンダーメンバー双方の活動に、ややねじれた拮抗関係を生み出す。改めていうまでもなく、歌とダンスによる楽曲パフォーマンスは、アイドルにとって基本的な活動である。繰り返すように「現場」がアイドルの主戦場としてスタンダードである今日、そのパフォーマンスはテレビなどよりもライブイベントでおこなわれるものが標準になっている。アンダーライブが生まれて以降、乃木坂46のなかでその「基本的」な経験値を積み重ねていったのは、グループの顔としてマスメディアで活動する選抜メンバーではなく、アンダーメンバーたちだった。
 メディアでの仕事の機会が少ないメンバーのほうが日々のライブ経験を積み重ねることができるというのは、たとえばAKB48などでも似た傾向をうかがうことができるのかもしれない。それでも大なり小なり、どのメンバーにも劇場公演での修練期間は用意することができるだろう。けれども乃木坂46の場合、選抜メンバーにはアンダーメンバーがおこなうようなライブ実践のチャンスそのものがない。「ホールコンサートを中心にして、ファンにはテレビ番組を通じて応援してもらう」という戦略をグループ結成以来の「当たり前」にしてきた以上、デビュー当初からグループのアイコンとして活躍してきた中心メンバーであればあるほど、アイドルにとっての基本的な活動としてのまとまったライブ経験を身につけることができないというジレンマが生じる。そして、ライブによってアイドルとしてのスタンダードなスキルを磨くことができるのは、むしろ周縁的な場にいたアンダーメンバーということになる。秋元の言葉を再び借用すれば、そこにもう一つのパラドックスが生まれる。
 この環境は「選抜」と「アンダー」との間に、個々人レベルというよりも組織同士のレベルで、性質の違いを生み出すことになる。選抜メンバー・アンダーメンバーの大部分が固定され、メディアでアイコンとして立ち回る選抜と、ライブ巧者として力をつけていくアンダーとで活動のタイプが分かれていくことで、選抜とアンダーという言葉どおりの「上と下」ではなく、乃木坂46という同じグループでありながらも、アイドルグループとしてのタイプが違う二者のような趣きを持ち始めた。
 これは単に性質的な棲み分けとしてだけ現れるわけではない。アイドルグループである以上、組織としての一大イベントに位置づけられるのは「ライブ」になるし、そこでのパフォーマンスは「アイドル」にとって最も正統的な活動だと受け取られやすい。だからこそ、ともすればアンダーメンバーの活動や積み重ねたライブ経験値のほうがストレートな評価を受けるような局面もうかがえた。それが強く現れるのは、選抜とアンダーが同時に同じステージに立つ、ホールやアリーナクラスのコンサートの場である。2014年夏の全国ツアーでもすでにアンダーメンバーの勢いは見えていたが、14年12月に有明コロシアムでおこなわれたライブでさらにそれは顕著になる。このときは、グループ全体でのライブがおこなわれる前日に、アンダーメンバーだけのライブが同会場でおこなわれる日程になっていた。14年をとおして発展してきたアンダーライブの集大成ではあるが、スケジュールの並びとしては選抜メンバー中心のライブ前日に設定された、露払い的なものでもあったはずだ。しかし、この両日のライブだけを見るならば、アンダーメンバーだけのライブは選抜主体のライブに拮抗する、ともすれば逆転するかのような可能性をうかがわせた。このライブでは、それまで周縁に置かれることも多かったアンダーメンバー全員が一曲ずつ、楽曲のセンターポジションを担当する「全員センター」という企画が催された。それは14年を通じてライブを重ねてきたアンダー各メンバーがそれぞれに、ライブの中心として立ち回れることを示す瞬間だった。そしてなにより、ライブ全体としてはこの年に誕生し経験を蓄積してきたアンダーメンバーの誇りを謳う、一つの記念碑的なものになっていた。

2015年――選抜とアンダーが溶け合う段階へ

 こうした選抜とアンダーの関係性自体、スリリングなものではある。けれども、2015年末の現在から振り返れば、このバランスは乃木坂46にとってあくまで過渡的なものだった。15年に入り、2つのチームの関係性はごく自然に、しかし急速に変わっていった。
 ここまでの流れを言い換えるならば、メディアを中心にした戦略でグループの表向きのパブリックイメージを作ってきた選抜メンバーに対して、2014年のアンダーは地道なライブの積み重ねを中心に、いわば一つのアンチテーゼとして位置づけることができるだろう。そして15年は、対抗的な関係でもあったその両者が止揚して、やがて一つのまとまりとして底上げされていくような段階に入ったのだ。それは、双方があえて歩み寄ったというよりは、メディア戦略面・ライブ面がそれぞれに発展した結果、ごく自然の流れとして生まれたように思う。
 年始に相次いで発表された、メンバーの女性ファッション雑誌への専属モデル起用が象徴するように、2015年の乃木坂46はファッションをはじめとして、様々なカルチャーを扱う媒体の顔として活動域を広げた。これまで対比させてきたメディア戦略面とライブパフォーマンス面でいえば、前者の活動の発展形である。グループ結成以来、そうした活動の多くは選抜常連メンバーによって担われてきた。しかし15年、グループの知名度と相まって、そのような個人活動に選抜・アンダーを問わず起用される機会も増え、各人が乃木坂46の名を背負ってマスメディアに進出する頻度も幅もいっそう多くなっていく。このことは、選抜である/アンダーであることよりも「乃木坂46のメンバーである」ことの意識を高めただろう。
 一方、2015年に入っても順調に開催が続くアンダーライブは、MCタイムを排したノンストップライブを試みたり、知名度の高いシングル表題曲を用いないセットリストを組んだりするなど、より挑戦的な試みを続けている。これは、ライブ巧者としてのアンダーがさらにレベルアップを目指していることを感じさせる展開だ。けれどもそれは、アンダーを「アンダー」として主張するものではあれど、選抜に対抗し続けるというよりは、その目標が乃木坂46全体のライブパフォーマンスの向上に据えられているようだ。選抜とアンダーが集まって全体でライブをおこなう、毎年恒例の「真夏の全国ツアー」にそれはうかがえる。前年の同ツアーでは、アンダーメンバーの勢いは選抜メンバーに対抗する、カウンターとしての強さが先立つものだった。しかし15年、前年よりも公演数を増した全国ツアーでは両者の拮抗よりも、アンダーの活躍に押し上げられながら、選抜メンバーも含めた乃木坂46トータルのレベルアップが印象的なものになっていた。
 軌を一にするように、2015年に入って乃木坂46のメンバーが、選抜かアンダーかにかかわらず、その二つを分けることに違和感を表明するような言明をし始めたことも、乃木坂46が新たなフェーズに入りつつあることを象徴する現象のように思える。

 アンダーライブを通してメンバーにも対抗心みたいなものは正直、最初はあったと思うんです。私たちも8th〔初のアンダーライブ開催となった8枚目シングル時:引用者注〕でアンダーライブをやった時は、「選抜に負けたくない」とか、「私たちのライブの方もいいんだ!」っていう気持ちがありました。でも去年から今年へと続けていく中で、対抗心ではなくて、みんなでやっていくんだっていう意識がみんなの中に出てきて。それが全体として見た時に、いい流れになっているんだと思います。(衛藤美彩、「『今、話したい誰かがいる』リリースインタビュー」

 選抜だから、アンダーだから、というのは2014年で終わりにしたいというか、勝手に区切りをつけちゃってるんですけど。2014年はアンダーというものの知名度を上げることを考えていたんですけど、2015年はメンバー全員、どこにいてもそれぞれのことをやれる状態が整ったという感じ。(伊藤万理華、「PF(ポーカーフェイス)Vol.2」アスペクト、2015年12月)

 冒頭の前提を再度確認すれば、乃木坂46は旧来の「当たり前」のアイドル戦略から出発したグループだった。その「当たり前」は、現在のアイドルシーンにとっては希少になっていたし、それゆえに独特の「文化系」のブランディングを形成することにも成功した。一方、その戦略から漏れ出てしまうかたちで、ライブパフォーマンスの弱さも同時に抱えていた。だからこそ、本当は今日のアイドルシーンにとって「当たり前」であるライブパフォーマンス面を担ったのは、そのブランディングの主役に座ることができなかった、あえていえば陰にいたメンバーたちだった。彼女たちによって乃木坂46内に生まれた、アイドルとしての「本分」であるライブパフォーマンスへの志向は、ある種のアンチテーゼとしての段階を経て2015年、一つ高い次元へと乃木坂46全体を導く糸口になったのだ。

 

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第4回 乃木坂46が「内と外」をつなぐ最新舞台公演

香月孝史(ライター。著書に『「アイドル」の読み方』〔青弓社〕、アイドル関連の記事多数)

 この連載の第2回で、乃木坂46が毎年恒例にしている演劇公演「16人のプリンシパル」について考察した。それは、AKB48との差異化や、グループ独自のカラーを演劇に求める意図から始まったこの企画の魅力と、同時に常にともなっている困難についてまとめたうえで、今年(2015年)開催される予定だった4度目の「16人のプリンシパル」を見据えるための論考だった。
 しかし2015年、乃木坂46は恒例になっていた「16人のプリンシパル」の開催をやめ、演劇に関して新機軸を打ち出した。「16人のプリンシパル」のかわりに、2つの新たな演劇公演をおこなったのだ。それらは、本連載第2回で詳述したような、入り組んだ上演形態をもつ「16人のプリンシパル」に比べればずっとシンプルなものだ。あらかじめ配役が固定された戯曲を上演することだけに眼目が置かれた、いわば「普通の」演劇公演である。いま、あえて「普通」という言葉で表現したけれども、その「普通」はきわめて要求する水準が高いものでもある。今回は、この乃木坂46の方針を受けて、2つの演劇公演のうち10月に上演された『すべての犬は天国へ行く』を中心に掘り下げ、乃木坂46が何を切り拓こうとしているのかを考えてみたい。

アイドルグループによる演劇とは

 アイドルグループ主導の演劇が企画される際、当然のようにアイドル自身を魅力的に舞台に乗せることが最優先のポイントになる。つまり、上演される戯曲や、その戯曲にほどこされる演出よりも、演者自身の魅力を引き出すことをメインに据えるのが、通常のアイドル演劇の役割だ。もちろん、そうした出演者第一のあり方はアイドル演劇に限らず日本のいわゆる商業演劇の大きな特徴だし、宝塚歌劇にせよ歌舞伎にせよ、演者のチャームを引き出すことに価値が置かれるのは古典的なことでもある。一定の歴史をもつそれらの演劇ジャンルは、それぞれに演者の技巧やチャームポイントを強調する方法をメソッド化することでクラシックとしての強みを獲得しているし、演者の魅力を引き出すそれらの方法と相乗効果を生み出すことを心がけて戯曲や演出も仕組まれる。アイドル主演の演劇はそうした確固たるジャンルではない分、特定のメソッド群の伝統があるわけではないし、演技そのものを専業としない人々が主演するために、一般的な意味での演技スキルの高さを要求するにはなじまない部分も多い。とはいえ、アイドルグループのメンバーが主演することを大前提とした演劇もまた、一つの歴史を紡いできている。本来ならば、乃木坂46が上演する演劇もその一群に連なるものと考えるのが妥当だろう。
 しかし、今年10月1日から12日に渋谷のAiiA 2.5 Theater Tokyoで上演された乃木坂46主演の舞台『すべての犬は天国へ行く』は、そうしたアイドル演劇の趣向とは少し違う射程をもっていた。第一に、ケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)の手によるこの戯曲は、乃木坂46が主演することを前提に書かれたものではない。この作品が初演されたのは2001年、KERA主宰の劇団・ナイロン100℃の公演としてだった。KERAが用いる言葉でいうところの「シリアス・コメディ」に分類されるこの作品は、救いのない状況に置かれた人々を、そのシリアスさはシリアスさのままに描きながら、同時にコメディーとして仕上げることによってこそ成立する。つまり、演者個々人のパーソナリティーを魅力的に引き出すためのパートを随所に用意できるような、スタンダードなアイドル演劇になじむタイプの作品ではない。むしろ逆に、この「シリアス・コメディ」を十全に成り立たせるためには、いかに演者たちが役柄に奉仕できるかということのほうが重要になる。
 その要請に応えるために、この演劇企画にはもう1つの特性がある。それは、あくまで乃木坂46というアイドルグループありきの企画でありながらも、出演する外部キャストと乃木坂46メンバーとの間に、主演/助演といったようなポジション的な差を設けていないことだ。このバランス配分はキャリアがある俳優の補助を受けてこの作品を成立させる必要から生まれたものでもあるだろう。そしてまたこのことは、当公演をおこなうことで乃木坂46がどのような発展を目指そうとしているのか、その一端をうかがわせるものでもあった。

『すべての犬は天国へ行く』――形骸を守り、破綻していく女性たち

 西部劇をモチーフにした世界観のなか、居酒屋兼売春宿を舞台にした『すべての犬は天国へ行く』は、すでになくなってしまったはずの生活習慣にとらわれ続ける女性たちが、その失われた慣習から脱することなくあくまで守ろうとし、その結果致命的に破綻していく物語だ。この芝居には、虚構の男性の影を除いて男性キャラクターが登場しない。それは、舞台となる町の男性たちが殺し合いに明け暮れて死に絶え、女性しかいなくなってしまったためだ。女給や売春婦として生き、あるいは夫の粗暴な振る舞いの尻拭いをしてきた彼女たちは、いわば男たち中心の社会のなかでは周縁に置かれ、弱者として生きてきたはずである。その彼女たちにとってはしかし、男の絶滅はそこからの解放を意味するものではなかった。これまで生きてきた習性をあくまでなぞり、もはや帰ってくることがない男たちを待ち続け、その形骸の「外」の世界に出ようとする者たちを殺してまで、絶望的なその枠を守ろうとする。現状打破を試みるよりも習慣に身を委ね、変化を選ぶことができず、やがて不可避的に訪れる破綻を静かに待ってしまう。突き放してみれば愚かしくも思えてしまう登場人物たちの営為、そこにこそやるせなさと悲しさがあり、またその愚かしさには現実世界を写し取ったような薄ら寒さが表れている。
 この閉塞した世界をコメディーとして構築するために、キャストは乃木坂46のメンバーであるか外部からの客演であるかを問わず、適材適所を第一として配役されている。もっといえば、乃木坂46の看板を背負った公演でありながら、この芝居をリードするのは客演陣だといっていい。本当は男たちが帰ってくる日などないことを自覚し、それをときおり垣間見せて逡巡をのぞかせる娼婦エリセンダを演じた東風万智子、絶滅した男たちのなかでもシンボル的存在だったアイアン・ビリーの妻カミーラを演じた猫背椿、女たちのなかでもさらに従属的な立場にありながら、彼女たちに屈しない矜持をわが娘に与えようとするエバを演じた柿丸美智恵、あるいは酒場の歌い手として全キャストのなかでもやや特異なかたちでスポットを浴びる娼婦デボアの役を務めた鳥居みゆきなどは、登場人物としてもキーになる者たちである。しかしキャストとしての登場頻度以上に、まだ俳優の入り口にいる乃木坂46メンバーを先導する立場として、彼女たちの重要性はある。だからこそ、乃木坂46の公演であるにもかかわらず、基調としての救いのなさとコメディーとを両立させる空気を作り続けているのは東風、猫背、柿丸、鳥居や山下裕子、ニーコらの客演陣だし、彼女たち自身にとってもチャレンジであるはずのこの作品のなかで、乃木坂46メンバーの仕上がりを見守りながら演じているような趣さえある。
 この公演で唯一、乃木坂46を主役に据えたかに見える場面はエンディング、キャスト全員で披露するダンスシーンに訪れる。出演した乃木坂46の8人のメンバーは、キャスト陣のなかで中央に位置して踊る局面が多く、また普段のアイドル活動の本分であるダンスによって表現されるこの場面は、かろうじて公演の形式的な主軸が誰であるのかを示す時間になっている。けれども、乃木坂46メンバー以外のキャストはここでもやはりバックダンサーにとどまらず、メンバーとほぼ同等の立場にいる。また舞台中央に寄ってのフィニッシュで中央に配置されていたのは乃木坂46の誰かではなく、カミーラ役の猫背だった。つまり、舞台上で乃木坂46が特権的なポジションに置かれないというバランスは、ラストの瞬間まで保持され、キャストたちはみな等しくこの戯曲と演出を生かすためのパーツになっていた。

「アイドルが出演する必然がない舞台」の意義

 あるいはここで視点を変えれば、この公演はケラリーノ・サンドロヴィッチ作品の上演としては不満が残るものであるかもしれない。『すべての犬は天国へ行く』に出演した8人の乃木坂46メンバーは、作品の世界を作ることに成功しながらも、率直にいえばまだ客演女優陣と演技の水準をそろえるところまでには至っていない。演劇作品それだけの評価として考えるならば、ともすれば乃木坂46が主要キャストを務める必然は薄くなるだろう。
 しかし、これがアイドル演劇としての試みであることを思い起こすとき、今回の『すべての犬は天国へ行く』には、その作品上の陰惨さや閉塞とは対照的に、晴れやかな希望を見いだすことができる。乃木坂46は、アイドルグループとして大別すればAKB48などと同様に、多人数かつメンバーが循環していくタイプの組織である。やがてメンバーが巣立っていく性質をもつアイドルグループの常として、グループは彼女たちにとって芸能者として将来の活路を見いだすためのステップのための場所になる。アイドルグループがしばしば企画する演劇公演には概して、グループ卒業以降に向けた演者としての経験値を積むという意味合いがある。そのとき、グループに所属しながらも「アイドル演劇」の枠組みに則らない基準の演劇に参加することは、やがて巣立っていくための準備として、有効なプロセスになる。
 アイドル個々人の魅力をクローズアップすることに重点が置かれず、その戯曲をいかに生かすかが焦点になる『すべての犬は天国へ行く』のような作品の場合、専業俳優を中心とした客演キャストに比べて、乃木坂46メンバーの俳優としての未熟さがストレートにあらわになる。それは作品単体にとっては、明らかな不足点だ。けれども実のところ、そうすることでこそ乃木坂46メンバー自身が現在、アイドルという枠組みを外れたときに舞台俳優としてどのような水準にいるのかを確かめることができる。グループの恒例公演「16人のプリンシパル」について、それ特有の魅力を連載第2回で考察したが、それはあくまでアイドルグループの催しとしてという但し書きがつくものだったし、そこでメンバーが垣間見せる思わぬ適性も、あくまで比較基準はグループ内に限られる話だった。それに対して、『すべての犬は天国へ行く』は大前提として、「アイドルグループが主導する必然がない舞台」である。そしてそのため、彼女たちがいかに未熟であるかを公に示すものになった。そのような身も蓋もない場だからこそ、そこでときおり見せるメンバーたちの輝きは、舞台俳優としての適性を探る直接的な手がかりになる。
『すべての犬は天国へ行く』に出演したメンバーのうち、とりわけ作品の世界になじみながら際立った成果を見せていたのが、井上小百合と桜井玲香の2人だった。町の部外者である早撃ちエルザを演じた井上は、ニーコ演じる少年リトルチビとの交流や酒場でのやや傍観者的な立場での振る舞いに、間のとり方の巧みさを見せた。医者の妻キキを演じた桜井は、噛み合わない会話を飄々と続けることで生まれるおかしみを適切に表現して、酒場のシーンの潤滑油になった。両者とも特にコメディーのニュアンスを表現することにセンスを見せ、そうやすやすと成立させることができない「シリアス・コメディ」に食らい付いていた。彼女たちがかろうじてコメディーシーンで他の俳優に伍していたさまはまた、救いのなさと笑いとを両立させることの難しさを観る者にも印象づける。「アイドルグループが主導する必然がない舞台」では、アイドル個々のパーソナリティーによってコメディーを成立させることはできない。そうした場で適性を発揮した井上や桜井の成果は、アイドルの「外」の世界に乃木坂46メンバーが打って出る際の基準点を示している。
 井上が演じたエルザも桜井が演じたキキも、作中世界では形骸化した慣習にからめとられてついには滅んでいく人々だ。キキは男たちがいた頃の習性を維持するために亡き夫を装い、売春宿での振る舞いまでをトレースして、そのためにやがて死んでいく。また作中で唯一、町の「外」からやってきたエルザは、本来ならば町の女性たちが守り続ける檻に付き合う必要がなかった人物である。男たちなどとっくにいなくなっていることに気づき、町の女性たちの振る舞いが演技的なものであることに気づいていたが、その演技的な振る舞いに飲み込まれて虚実さえわからなくなったカミーラに撃たれて絶命する。慣れ親しんだ枠に固執し続けることが招く悲劇が、最後までこの町を貫いていた。
 しかし、形骸にとらわれて「外」の世界に触れることができずに滅んでいく役を演じながら、井上や桜井が体現したのはむしろ対照的に、アイドルグループ主導の演劇公演の枠内にいながらにして、「外」の世界への活路を切り拓くことだった。彼女たちにとってあまりに手ごわい戯曲をあえて上演したからこそ、そうした境地を生み出すことができたのだし、それは優れた戯曲を活用する、一つのまっとうなあり方だろう。かねてから演劇を志向してきた乃木坂46にとって、こうしたチャレンジはようやくたどり着くことができたステップだったし、また「演技の乃木坂46」を世に打ち出すためには必然的なプロセスだった。すなわち、「アイドルが出演する必然がない舞台に出演する」という必然である。

「枠の中」から目指す「枠の外」への回路

 こうした乃木坂46の志向には、前年にすでに萌芽がある。過去の「16人のプリンシパル」を中心とした乃木坂46の演劇企画で最も存在感を示し、『すべての犬は天国へ行く』にも出演していたメンバーに、若月佑美がいる。昨年10月、その若月が送り込まれた外部出演の舞台が、前田司郎作・演出の『生きてるものはいないのか』だった。2008年に岸田國士戯曲賞を受賞した同作は、人々が原因不明のまま次々と死んでいくさまを描写する不条理演劇だ。それまで歩んできた生の文脈のなかで区切りよく訪れてくれるわけでもなく、ヒロイックに締めくくらせてくれるわけでもない、唐突にやってくる死の累積。わかりやすいストーリーをもたない死、および「死に方」だけが提示されることによって、名残としてだけ浮かび上がる「生きていた」ことの意味の不確かさ。不条理で滑稽な死が何げない日常を淡々と襲うそのコンセプトが絶対的な主役になるこの作品は、出演者の固有名やアイドル性が意識されることになじまない。そのため、「乃木坂46・若月佑美」というキャスティングは、配役発表時にはやや唐突にも感じられた。しかし、アイドルグループのメンバーであることが意味をなさない作品への出演は、振り返ってみれば乃木坂46が、「アイドルが演劇に出演する」ことの幅を広げるための布石であったようにも思える。
 一方で乃木坂46はメンバー主演のミュージカルや、『帝一の國』(2014―15年)、『ヴァンパイア騎士(ルビ:ナイト)』(2015年)といった、アイドル的な若手俳優との相性もいいいわゆる2.5次元舞台にコンスタントにメンバーを送り込み、アイドルにとってより自然な演劇出演のキャリアを拓いている。若月もまた、乃木坂46随一の舞台演劇系メンバーとして『ヴァンパイア騎士』に出演しているが、その若月が一方で『生きてるものはいないのか』に出演していることは、乃木坂46の独特の振り幅を、身をもって示しているようで興味深い。
 そしてグループ全体が主導するかたちでその新たな振り幅を実現したのが、今回取り上げた『すべての犬は天国へ行く』だった。『生きてるものはいないのか』が、「アイドルが出演する必然がない舞台」への外部出演という方法を通じての挑戦だったとすれば、『すべての犬は天国へ行く』はその発展形として、「アイドルが出演する必然がない舞台」をアイドルグループ主導でおこなうことによる、アイドルという枠組みの充実である。同種の舞台公演が、今後も乃木坂46によって企画されるとして、おそらく当面はメンバーの技量的な未熟さ、客演俳優との演技水準の差という課題はついて回るはずだ。ただし、この企画に関していえば、そうした課題点が明らかになること自体が、正当な効果の表れでもある。アイドルの「外」の世界へと回路を拓き続けることが乃木坂46のオリジナルな試行であるはずだし、そうした試みをたとえば「アイドルの枠を超える」といった安易なクリシェとしてではなく、アイドルという枠組みを尊重しながら続けることに、乃木坂46というグループ特有のバランスもありそうだ。

 

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第3回 乃木坂46ドキュメンタリーにみる「異界」としてのアイドルシーン

香月孝史(ライター。著書に『「アイドル」の読み方』〔青弓社〕、アイドル関連の記事多数)

 この連載は、「AKB48の公式ライバル」という社会的に最も通りがいいキャッチフレーズに着目しながら、乃木坂46というグループについての観察をスタートした。イメージ戦略としてAKB48とは違う方向を開拓しつつあるこのグループが、ある一面ではどこまでも「AKB48の公式ライバル」という言葉に拘束されているように見える。そのことが連載の出発点だった。ここまで、AKB48と乃木坂46双方のプロデュースを手がける秋元康の舞台演劇への憧憬にその源泉を求め、その秋元の憧れがそれぞれ別のかたちをとったものとして両グループを捉えてきた。舞台演劇的な機構を備えながら「アイドルソング」の上演を志向するAKB48と、舞台となる拠点を与えられてはいないがコンテンツに「演劇」を強くにじませる乃木坂46。そのそれぞれが、秋元の憧憬が具体的なかたちをとったものである。そこにAKB48と背中合わせの存在として乃木坂46を位置づけてみた。
 けれどもそれは、いってしまえばはっきりと表明されることがない一つの見立てでしかない。「AKB48」といわれれば、それはしばしば「国民的」と冠をつけられるほどに日本社会に浸透し、現在のグループアイドルの基準をつくっている一大組織だし、そのAKB48の「公式ライバル」であるならば、このモンスター的な組織に対抗し肩を並べる、つまり「競う」ための何かとして認識される。しかし、AKB48に対抗するアイドルグループとしての肩書をあらかじめ背負わされた乃木坂46は、「ライバル」であるにはあまりにもAKB48と非対称な立場からスタートせざるをえなかった。
 その姿はたとえば、7月から公開されている乃木坂46初のドキュメンタリー映画『悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46』(監督:丸山健志、2015年。以下、『悲しみの忘れ方』と略記)に垣間見ることができる。今回はこのドキュメンタリー作品を起点にして、乃木坂46とAKB48との「距離」について考えてみたい。

アイドルのドキュメンタリーが映すもの

 ところで、アイドルのドキュメンタリーというものについても、現在その基準になるのはAKB48である。芸能生活を送る者としての日常を追い、その横顔にクローズアップするのはこうしたドキュメンタリーの常だが、AKB48によってイメージづけられたのはアイドルのドキュメンタリーがことさらに苦悩や苛烈な環境を映し出すということだ。そのイメージの先鞭をつけたのは高橋栄樹監督による2012年のAKB48ドキュメンタリー映画『DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら、夢を見る』だろう。西武ドームコンサートの舞台裏や選抜総選挙を追った映像が映し出した、メンバーたちのあからさまな疲弊は、AKB48のファンの外にまで反響を呼び、「AKBドキュメンタリー」の性格を広く知らしめた。
 同様に高橋が手がけた翌年以降のAKB48ドキュメンタリー群でも、過剰に大きくなっていくグループの社会的な位置や「アイドル」というジャンルがもつ理不尽な慣習にメンバーたちが翻弄される姿は随所に映されていく。そのような、ときに恣意的にしつらえられたような難題を起点にして、アイドル本人の思考や決断をありありと見せていくことで、アイドルのドキュメンタリーのスタンダードを確立した。
 ついでにいうならば、ドキュメンタリーというコンテンツと相乗効果をなして拍車をかけるのは、本連載初回でも見たようなSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の普及である。複数のSNSを次々に導入して各メンバーがそれぞれに絶えず日々の断片や思考を発信していくことで、彼女たちは自分なりのブランディングを模索していく。自分たちが置かれた「アイドル」というジャンルの枠組みを通して己の歩む方向を探り、そしてそのさまがリアルタイムでファンに開かれる。ステージの上での姿もSNSでの姿も地続きになり逐一アウトプットされていくことで、アイドルとしての活動自体が常にドキュメンタリー的な消費を促すものになる。そしてそれぞれがその環境を乗りこなし、アウトプットの見え方までもコントロールしながらセルフプロデュースしていく場が現代のアイドルシーンだといえる。そのジャンル内でどう生きるかを常に見せ続けるのが今日のアイドルだし、だからこそ個々人の「アイドルであること」へのスタンスも浮き彫りになる。
 こうした意味で、ドキュメンタリーというコンテンツはアイドルシーンときわめて相性がいい。ただしまた別の言い方をすれば、わざわざドキュメンタリーという映像の体裁をとらずとも、アイドルのコンテンツ全般がアイドルのパーソナルなドキュメンタリーとしての性格をもっている。それだけに、グループ全体を扱うドキュメンタリー作品はしばしば、アイドルの個に密着するよりもむしろやや俯瞰してその姿を切り取るものにもなる。

根拠なき「公式ライバル」

 さて、そうした趨勢のなかで、乃木坂46のドキュメンタリーはメンバーのどのような姿に焦点を当てていくのか。『悲しみの忘れ方』のなかで、乃木坂46というグループが初めて外部の風にさらされるのは、2012年1月にTOKYO DOME CITY HALLでおこなわれた「AKB48 リクエストアワーセットリストベスト100 2012」の舞台裏である。AKB48グループが顔をそろえる大きな恒例イベントの一つであるリクエストアワーを観察したこのシーンでまず映し出されるのは、48グループが垣根を超えて大きな円陣を作り、開演に向けてテンションを高めていく姿だ。AKB48のドキュメンタリーでもしばしばこうした舞台裏のシーンは用いられ、AKB48メンバーのパーソナリティーに近づく瞬間として切り取られる。
 しかし、その同じような舞台裏の場面が『悲しみの忘れ方』では、乃木坂46にとってのハードな壁として立ち現れる。AKB48のドキュメンタリーのなかでは逡巡や苦悩を見せる人々であっても、はたから見ればすでに多大な知名度を獲得したグループでポジションを争うプロフェッショナルたちである。その48グループの円陣を、隅の小さなスペースで見守る乃木坂46メンバーたちの姿は、物理的な意味でも象徴的な意味でも、圧倒的に小さい。それもそのはず、この時点で乃木坂46というグループはまだ、実績は皆無に等しい。映画のなかでメンバーの生田絵梨花は「ライバルです、っていったって全然経験もないし、ほぼ素人だし。ライバルだけど、“ライバル”って自分たちの口からとても言えない」と振り返る。またキャプテンの桜井玲香も「公式ライバルであることの意味っていうか、重要性とか自分たちの存在がどういうものなのかということすら何も〔わからなかった:引用者注〕」と、この時期の困難を語る。活動実績もほとんどなく、アイドルになることへの構え方も定まっていない人々が「AKB48の公式ライバル」という看板だけを背負わされて、この巨大組織にいきなり対峙することになる不条理な光景がここにはある。先に映し出されていた48グループのそれに比べればごくごく小さな円陣を組み、さっきまでAKB48がファンを前にパフォーマンスをしていたそのステージでデビュー曲を披露する。フォーカスされるメンバーたちは形だけの笑顔を浮かべながらも、その笑顔はまだパフォーマーとしての余裕も矜持もおぼつかない不安定なものだ。楽曲披露後にセンターポジションに立つ生駒里奈がおこなうスピーチでは、ほとんど崩壊と紙一重の彼女の表情が見てとれる。もちろんそれはただ生駒一人のものではない。国内随一の影響力をもつアイドルグループの競争相手という大きすぎる肩書を与えられた彼女たちには、そこに立つだけの根拠がまだ何もない。芸能人として人前に立つことにさえなじんでいない彼女たちは、アイドルシーンの最も大きな流れに放り込まれて、自身の足場さえ見つけられないでいた。
 もちろん、これは乃木坂46の3年半あまりを追ったドキュメンタリーの、時系列的にいえばごく序盤の頃を記録した映像である。現在では彼女たちの知名度も顔立ちも大きく変わり、AKB48系列のグループのなかでは本家のAKB48に次ぐセールスを記録するようになっている。いまや疑いなくアイドルシーンの中核に乃木坂46というグループはある。
 しかし、キャリアを重ねるにつれて彼女たちがAKB48のようにアイドルシーンの慣習を内面化してきたのかといえば、このドキュメンタリー作品が切り取っているのはそうした順応の過程とは少し様子が違う。むしろ、ある意味ではどこまでもその慣習にコミットしていないとさえ見える姿がそこにはある。あるいはそれが、このグループの特異さの一面を表しているのかもしれない。

「母の視点」とアイドルシーンへの距離感

『悲しみの忘れ方』という映画の色合いを決める大きな要素にナレーションがある。ナレーターを務める西田尚美が読み上げるのは、乃木坂46メンバーの母親たちがつづった言葉である。ここで特徴的なのは、母親たちはどちらかといえばポジティブなエールではなく、自身の娘が芸能の世界で活動することへの、いくぶん後ろ向きな感慨を吐露していることだ。この1年半ほどの間に乃木坂46の代表的なアイコンの一人に成長した西野七瀬の母親は、娘にオーディションを勧め、結果として彼女が乃木坂46のメンバーに選ばれたことを振り返り、「とりかえしのつかないことをしてしまった」という言葉を選んでいる。ある母親は娘の仕事に関して親の力の及ばないところにいってしまったことへの寂しさを語り、ある母親はかつての娘との心理的な距離を振り返る。それは自身の子どもが屈指のメジャーアイドルグループの主要メンバーであることに順応するというよりは、どうにか折り合いをつけているような風情も感じさせる。
 そして、メンバーたち自身のスタンスもまた、こうした親たちの語りと同期するように、アイドルシーンに順応するよりも、自身がいるジャンルに対していささかの距離や違和感をにじませる。これが、AKB48のドキュメンタリー作品群との間にある大きな差でもあるように思う。
 AKB48のメンバーがドキュメンタリー作品のなかで追われるとき、もちろん葛藤や疲弊をカメラの前で見せながらも、彼女たちは現在のアイドルシーンにごく当然のようにコミットしているふうに映ることが多い。それは今日のこのジャンルのスタンダードを作り続け、どこまでも「体制」として存在するグループの一員としての必然なのかもしれないし、知らず身につけているトップランナーの一員としての矜持の表れなのかもしれない。それに対して『悲しみの忘れ方』では、乃木坂46メンバーたちの足場は、常に「アイドル」を一歩引いて見る、あるいはあくまで異界として触れるような位置にある。アイドルになるまでの来歴を振り返るくだりがそのようなルックになるのは自然なことでもあるが、この映画の場合、社会的には順調にグループが成長し、AKB48に次ぐレベルの勢いを獲得している現在を語るその姿も、どこかアイドルシーンに染まりきることから距離をとっているように感じられるのだ。あるメンバーは、自身がアイドルになったことへの実感できなさを語るその直後に、このグループでの外部活動を経ていかに「卒業」後にそれをつなげていくのかというビジョンへと話を展開する。乃木坂46がセールスも知名度も急上昇させているなかでも、グループの内部への結束に傾斜するよりも、個人の人生にとって乃木坂46あるいはグループアイドルシーンをどう位置づけるのかのほうが前面に押し出される。このスタンスが総体としてのユニークさを彩ってもいる。
 そしてこうしたメンバーたちのスタンスに、あくまで一般人の視点としての「母親」の語りが交錯する。メンバーたち当人は、それでもまだ現在のアイドルシーンの慣習や独特の規制をそれぞれに引き受けながら歩んでいる。しかし、母親たちにとってみればそれらは少なからず、わが子に降りかかる理不尽でしかない事柄である。だから「母親」たちはごく自然にその理不尽さに困惑する。映画にとって俯瞰的な役割を演じることになるナレーションがこのように一般人としての立場をとっていることで、映画は基本的な視点を芸能界にではなく一般世界に置くことになる。そしてそれは、心理的にはアイドルシーンに距離をとっているようなメンバー本人たちの語りとも共振しているように見える。AKB48のドキュメンタリーとの比較でいうならば、AKB48ドキュメンタリーがアイドルシーンの真ん中に軸足を置いているとすれば、乃木坂46のドキュメンタリーはその軸足があくまでアイドルというジャンルからは外れたところにあるかのようだ。

個人であること、グループであること

 ただし、このようなスタンスは決して「アイドル」に対する否定ではない。彼女たちの発言の端々には、グループから離れた外部活動の数々もまた、AKB48の公式ライバルとしての大きさをあらかじめ背負っているからこそ得られるということへの自覚がある。さらにいえば、そもそも個々がグループに所属しているメリットを介して外部活動をすること自体、メジャーなアイドルグループの最も大きな意義の一つであり、またこの立場の正当な「利用」の仕方である。いまやモンスターグループとしての存在が定着したことで見えづらくなっているが、AKB48は所属しているメンバーそれぞれがこの場所を個人として活動するためのステップとして位置づけられている。グループとしてのインパクトが強大になった現在でもそのコンセプトは変わっていないし、社会のなかで大きな存在になったからこそステップとしての価値もまた増大している。その意味で、『悲しみの忘れ方』に見えるメンバーたちの視線は、グループアイドルの生き方として、きわめて自然なありようではあるのだ。AKB48系のグループに入ることの長期的な意味を、『悲しみの忘れ方』は乃木坂46というグループ独特のシーンへの距離感を通じて浮かび上がらせているといえるだろう。
 この作品中ただ一人、いまはもう乃木坂46には所属していない元メンバーが撮り下ろしインタビューでフィーチャーされるシーンがある。すなわち、今年2015年春まで乃木坂46の兼任メンバーだったSKE48の松井玲奈である。松井は乃木坂46というグループの性質を「何か、透明なところ」という言葉で表現するが、彼女は続けて「グループとしてまだ自分たちの方向性が見いだせてないから、それも透明な感じがする」と言う。文字だけで受け取れば、ともすればネガティブな評価にも見えかねない言葉だが、これはまた、強くアイドルシーンに身をゆだねるよりも、個々人の人生の模索の束がグループになっているような乃木坂46のあり方を細やかに感受したような言い回しでもある。
 松井は乃木坂46にとって、単にかつての在籍メンバーであるだけではなく、グループにアイドルシーンの息遣いを教える存在であり、また乃木坂46の誰よりも芸能人として大きな舞台を経験してきた先輩である。また、SKE48という、AKB48系のなかでも個人活動よりもグループとしてのアイデンティティーが強く押し出される印象が強い組織のなかで、グループから足を半歩ずらして個としての俯瞰した視点を保っているような人物でもある。その松井が示唆した「グループとしての方向性が見いだせていない」という言葉は興味深い。もちろん、グループとしての凝集力が強いSKE48と対比すればそれは弱さでもあるはずだが、その特徴を語る松井の姿に苦言めいた色はなく、むしろ何かそれを楽しんでいるようにも見える。
『悲しみの忘れ方』終盤に配置されたその松井の語りを起点にして、映画は乃木坂46メンバーの個人活動が充実期に入ったような場面を矢継ぎ早に押し出していく。それぞれのキャリア形成にもつながる個人活動をこそ強く意識することで、それこそが乃木坂46の、グループアイドルとしての統一した色になり、グループのブランディングに寄与する。一見、通常とは逆のベクトルが強調されているようだが、グループに在籍することの意義をきわめてまっとうしているし、それは究極的にはAKB48の目的とも合致するものだ。「AKB48の公式ライバル」たる乃木坂46は、AKB48と同じほうを向いてしのぎを削ることではなく、そこから距離をとりながら走ることを通じて、AKB48の意義と同じものを体現している。これは『悲しみの忘れ方』全体に通底する、個々の人生がある種の異物として他者的にアイドルシーンを見据えながら関わっているような、ユニークな手触りによって浮かび上がるものだろう。AKB48の「裏」としての存在感は、そんな独特の手続きを通じても表れているのかもしれない。

 

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第2回 乃木坂46の奇妙な演劇

香月孝史(ライター。著書に『「アイドル」の読み方』〔青弓社〕、アイドル関連の記事多数)

 前回は乃木坂46がAKB48の「影」であることのゆえんを、秋元康が抱き続ける舞台演劇への憧れから探った。ごく簡潔にいえば、AKB48が常設劇場を使った連日の公演、すなわち「ハコ」の側面を実現したものであるならば、乃木坂46には上演内容としての「演劇」性が託されているのではないか、というのがその見立てだった。「ハコ」と「上演内容」とを対比するようなこの着想は、乃木坂46メンバーを決定する最終オーディションの際、秋元康自身が語ったプランのなかにも垣間見えていた。

  乃木坂46は専用劇場を持っていないので、様々な場所で活動することになるでしょう。公演は歌だけじゃなく物語性のある内容にしたい。また、1回の公演を前半と後半に分け、休憩時間中に観客による人気投票を実施する。その結果が後半でのポジションに反映されるということを考えています。AKB48は、年に1回の総選挙で選抜が決まるが、乃木坂46は毎回の公演が総選挙みたいなもの。これは、過酷ではあるけれど、チャンスが増えるとも言える。(「FRIDAY」2011年9月9日号、講談社)

 秋元はグループ結成に先立つ段階ですでに、専用劇場の有無を念頭に置きながら、上演内容については「歌だけじゃなく物語性」を乃木坂46に求めている。とはいえ、これが語られた当時はまだ、乃木坂46というグループの活動が何一つ始まっていない時点である。上記の説明を聞いても、それでは具体的に何をやるつもりなのか、その像を描くのは難しかった。
 AKB48発足当初、秋元は宝塚歌劇や小劇場への憧憬を各所で語っていたし、そうした語りはその後も断続的になされてはいる。けれども、乃木坂46結成の2011年時点で「公式ライバル」のAKB48は、歌やダンスを主としたいわゆる「アイドルグループ」として巨大なものになっていた。乃木坂46の活動を予測するとき、基準になるのはあくまでそのAKB48である。引用した秋元の言葉には、「公演」「投票」「選挙」といったAKB48を思わせるフレーズも多い。だからこそ、秋元が「公演」といえばそれはAKB48が専用劇場でおこなっているような音楽ライブをもとに想像するしかなかったし、ましてや秋元が10代の頃から抱えている舞台演劇への憧れを、その補助線として引くような発想はちょっと考えにくかった。
 しかし上述の秋元のプランは、予想以上に「演劇」方面に強く舵を切るものとして実現した。それが、乃木坂46がCDデビューした2012年から毎年おこなうことになる公演「16人のプリンシパル」だ。今回は、乃木坂46というグループを象徴するイベントの一つになったこの「16人のプリンシパル」の、一風変わった魅力に焦点を当てる。

「民意」の反映と演劇の意義

 グループ結成当初に秋元が口にしていた、「1回の公演を前半と後半に分け、休憩時間中に観客による人気投票を実施する」というスタイルが実現したのは、2012年9月開催の「16人のプリンシパル」第1回だった。それは、第1幕でオーディションとして全メンバーによる自己PRがおこなわれ、そのPRをもとに休憩時間中に観客が投票、その得票順位に応じて第2幕におこなわれる演劇(第1回は『不思議の国のアリス』をモチーフにしたミュージカル)の配役を決定するというものだった。この2部制の上演形式は、翌年以降にも継承されて乃木坂46の定番行事になっていく。
 けれども2012年の第1回に関しては、それはまだプロトタイプだったといっていい。審査対象になる自己PRはデビューして日が浅いメンバーたちの紹介を兼ねてもいたが、そのPRと第2部の演劇との間にとりたてて有機的なつながりがあるわけではなく、幕間の投票で決定される序列にどんな意味を見いだせばいいのかはまだよくわからなかった。それに、そもそも第2部の「演劇」が、乃木坂46というグループにとってどんな位置づけのものなのか、この頃はまだ定かではない。ファンの投票という「民意」が反映されて順位が決まることなどからAKB48との比較を呼び起こしはしたけれど、初年度の「16人のプリンシパル」はあくまで試演的なものだった。
 この企画の意図が最も浮き上がってくるのは、翌2013年5月から6月に開催された「16人のプリンシパルdeux」(以下、「deux」と略記)のときだった。
 2度目の「16人のプリンシパル」となる「deux」は、まずなにより開催を知らせる速報で、上演する演劇の脚本・演出を担当する人物の名が発表されたことが大きい。脚本を劇団ナイロン100℃の喜安浩平、演出を劇団毛皮族主宰の江本純子が担当することが打ち出され、この「16人のプリンシパル」という企画が「演劇」を上演するためのものという色合いがはっきりした。それは第1幕のオーディション内容の変化にも見て取れる。前年のような自己PRではなく、メンバーは第2幕の演劇に登場する役柄のうち一役を指定して立候補し、オーディションでは立候補した役柄に応じて一場面を演じてみせる。つまり第1幕は内容的にもあくまで第2幕の「演劇」に奉仕するためのものになった。
「deux」は「16人のプリンシパル」が目指すところを前年よりもはっきり打ち出すことになったが、その方向性は乃木坂46運営委員会委員長・今野義雄の発言からも確かめることができる。「乃木坂46は芝居ができるアイドルを確立したい」と話す今野は、「将来的に、彼女たちが一線級の役者と並んでも遜色がないように羽ばたいてほしいという想いもあるんです。『16人のプリンシパル』はそのベーシックな部分を作るためでもあり、「乃木坂46とは?」の根幹なんですよ」(「OVERTURE」No.001、徳間書店、2014年)と述べる。「16人のプリンシパル」が恒例イベントになることは、当初考えられていた以上に乃木坂46が「演技」への志向をもつグループだと宣言することでもあったのだ。

ドキュメンタリーと虚構の狭間

 ところで、この「16人のプリンシパル」第1幕はオーディションだと書いたが、その審査のなりゆきすべてが舞台公演の前半部で示される以上、オーディションを受けている乃木坂46メンバーたちの姿自体もまた、必然的に「見世物」になる。ステージの中央で審査を受けているメンバーはもちろん、その後方に座って審査を眺める順番待ちのメンバーの表情や挙動の一つひとつが、見物の対象になるわけだ。このとき、ファンが楽しんでいるのは、歌やダンスのパフォーマンスでもなければ、もちろん「演劇」でもない。では何かといえば、メンバーたちが意識しないレベルのものまで含めた挙動や息遣い、すなわち演者として生きる彼女たちのパーソナリティーが楽しまれる対象になっているといえるだろう。パーソナリティーが消費される対象になる、というのは、AKB48にみられる特徴とも通じるものだ。というよりも、前回でも書いたように、ライブ活動などの「現場」とSNSがアイドルの活動の中心になっているいま、彼女たちのパーソナリティーがドキュメンタリー的に享受されることは、女性アイドル全般にとってごく標準的なことでもある。そう考えると「16人のプリンシパル」の第1部は、アイドルのパーソナリティーを見せるための、ドキュメンタリー的な場だともいえる。
 ただし、この「ドキュメンタリー」にはちょっとしたフィクションが混ざっている。「deux」の第1幕で乃木坂46のメンバーたちは、「乃木坂歌劇団第156回公演『迷宮の花園』のオーディションを受けている」という体裁で舞台に現れる。つまり、彼女たちが実際にオーディションを受けているさまは同時に、架空の劇団のオーディション風景という設定の半演劇になっているのだ。どことなく、ミュージカル『コーラス・ライン』を思わせるものでもある。この類いの「設定」は2012年の第1回公演でもなかったわけではないが、「deux」では演出を務める江本によってさらに、ドキュメンタリー性と虚構をないまぜにした趣向がみられた。
 司会を兼ねてこのオーディションを仕切る江本は、江本純子そのものではなく「演出家ローズ・パープル」という役名でこの「乃木坂歌劇団第156回公演『迷宮の花園』」のオーディションに現れる。彼女が受験メンバーに指示を出し、それを「演出助手ムーン・シャドウ」(毛皮族作品への出演も多い女優・柿丸美智恵が演じた)が補助しながら、この第1部は進行する。漫画『ガラスの仮面』(美内すずえ、〔花とゆめコミックス〕、白泉社、1975年―)にインスパイアされた役名・風貌のこの2人だけは、この第1部で明らかにフィクションの役柄である。けれども江本(および柿丸)と舞台上の乃木坂46メンバーとは、稽古期間を含めて「演出者と演者」として関係を築いてきたわけで、「オーディション受験者」が「演出家ローズ・パープル」に指導を受けるその姿には、そのまま乃木坂46メンバーと演出家・江本純子との関わりが二重写しに張り付いている。
 このとき、ローズ・パープル/江本は、「deux」の第1幕のオーディションですべてを取り仕切る指揮者である。しかし一方で彼女にはただ一つ、この公演のなかで最も重要な権限だけが与えられていない。すなわち、第2部の配役を決定する権限だ。配役を決めるのは、幕間におこなわれる観客の投票結果である。その観客はといえば、キャスティングの権利はもっているがオーディションの進行には一切介入できないまま、第1幕の間はただ舞台上を観察しているだけである。つまり、演劇のプロのディレクションでオーディションが進行し、演劇の素人(観客)によって演劇の素人(乃木坂46メンバー)が審査されキャスティングされていく。このねじれた権限のあり方が、「16人のプリンシパル」という企画に独特の味わいをもたらしている。

行く先が未定であることのまぶしさ

「16人のプリンシパル」のこうした審査方法は、乃木坂46のメンバーに普段の活動での露出度や人気度にかかわらず同等のチャンスを与えるものになった。特に審査基準が自己PRでなく役柄ごとの立候補制になった「deux」以降、投票結果や配役は公演ごとの立候補者の巡り合わせとオーディションでのコンディションに大きく左右されるようになる。普段のグループ内での知名度などとは別の基準でキャストが選ばれるとき、そこには新鮮な驚きがある。アイドルグループとしてシングル曲を出す際の選抜メンバーは、どうしてもグループの「顔」を選出するために固定的になりがちである。特にそうした固定化の傾向が強かった乃木坂46にとって、シングル曲を基軸にした活動とは違う論理で各メンバーに光を当てる機能も「16人のプリンシパル」にはあった。
 このように、ある種の「民意」を吸い上げるAKB48的な演出とドキュメンタリー性、それに演劇的な虚構性が組み合わされた「16人のプリンシパル」は、その風変わりな趣向ゆえに乃木坂46オリジナルの武器になった。まだ芸能界のなかで、どころかグループのなかでさえ十分な活躍の場を確保していないメンバーがオーディションの妙によって選出され、第2部の演劇パートで予想外の演技適性を見せる瞬間には、この企画特有の高揚感と希望がある。アイドルグループはその性質上、素朴な意味での個々人の「スキル」を見ればまだ途上段階にあり、その先にどのような適性を見つけていくかも未決定であることが多い。しかし、行く末がまだ定まっていないからこそ、すべての可能性は開かれているともいえる。アイドルグループに所属することは、その可能性を模索するためのステップでもある。「16人のプリンシパル」は、日々オーディションによってミュージカルの配役を目まぐるしく変えていくなかで、メンバーたちの演技や立ち居振る舞いがどんな方向に適しているか、粗削りのままファンに向けてのぞかせていく。これが、AKB48と異なり専用劇場をもたない乃木坂46が発明した、いささか変わった「演劇」公演である。

趣向と裏腹の脆さ

 ここまででこの稿をまとめてしまっても、「16人のプリンシパル」についてのそれなりの説明と分析になっているかもしれない。けれども最後に、「16人のプリンシパル」がはらんでいる難しさ、いびつさのほうにも目を向けておきたい。なにしろ、メンバー自身がそうであるだけでなく、この演劇企画自体がそもそもまだ模索の段階にあるのだ。その未完成さにまで踏み込んでおくことで、この企画の現在形とその先をより見通すことにもなるだろう。
 正直なところ、まだ「役者」ではない、もっといえば芸能を志す者としてまだはっきりとした専門分野を手にする以前のメンバーたちが見せる演技適性は中途の段階のものだ。そんな彼女たちに、「16人のプリンシパル」という公演は、ある大きなむちゃを強いている。というのは、公演ごとに誰がどの役にキャスティングされるか決まっていないという性質上、メンバーはすべての登場人物(メイン役柄10種+補助的役柄6種の計16役)のせりふと段取りをあらかじめ覚える必要がある。ただでさえ俳優としてはビギナーであるうえに、一つの役に専心して演技力を身につけていく余裕は与えられず、どの役に配されてもいいように準備をしなければならないのだ。乃木坂46は、もとはといえば俳優志望の若者を集めた組織ではない。「16人のプリンシパル」はそんな彼女たちに対して、トリッキーなかたちで負荷をかけるものでもある。
 また、3度目の開催になった2014年の「16人のプリンシパルtrois」(以下、「trois」と略記)では、この企画の難しさが別のかたちで顔をのぞかせた。劇作家・演出家の福田雄一を脚本・演出に迎えコメディーをテーマにした「trois」では、第1幕のオーディションにコントが用いられ、同じ役柄に立候補したメンバー同士で演じられるそのコントをもとに審査がおこなわれた。「面白さ」が審査基準になったことで、見栄えの新鮮さと同時にメンバーの自己PRの方向性にまつわる混乱も生むことになる。
 大前提として「16人のプリンシパル」は「演劇」を志向する企画である。けれど、ファンからの選考にさらされる彼女たちはこのとき、審査基準として「面白さ」を要求され追い込まれるなかで、演劇的なパフォーマンスから離れ、インスタントに己をアピールするための一発芸的な「面白さ」を求める方向に傾いていった。「trois」では公演ごとに演出家や俳優が補助に入るシフトをとらず録音された音声で進行していたため、ディレクションを細やかに試みることも難しい。「16人のプリンシパル」第1幕は当人たちのパーソナリティーの発露が楽しまれる場だと先述したけれども、最低限の「演技」が保たれなければコントとしても成立しにくくなる。舞台演技をしてみせることに関してはまだアマチュアといっていい彼女たちにとって、そこから「演劇」へと自力で軌道修正することは容易でなかった。
 ステージ上にいる彼女たち自身、その脆さに無自覚ではなかったはずだ。「trois」公演期間序盤のある回で、印象的な光景があった。第1幕のオーディションでコントが進行するなか、メンバーたちの一発芸的な振る舞いの応酬が続くサイクルに入ったまま軌道修正ができず、なかなかコントの締めまでたどり着けないでいた。そのとき、当該のコントに参加しておらず、後方で自分の順番を待機していたメンバーの生駒里奈がふいに、「テンポ感!」と声をかけてスムーズな進行を促した。さらに直後、自身がコントに参加する番になると、それまでおこなわれていた複数のコントで間延びしてしまった空気を埋めるかのように、己をアピールすることよりも、迅速にコントを進めることのほうを優先するかのように振る舞った。他者のオーディションのための時間に彼女が介入したことに対して、ファンの一部からは賛否の声もあがった。しかし、第1幕もまた観客に買われたコンテンツの一部である以上、目的地を見失った時間が続くことは誰にとっても本意ではない。生駒は普段から乃木坂46というグループを俯瞰した視点をもつメンバーである。その生駒だからこそ一声を発することができたのかもしれないし、もちろん当該の行動に至るまでに種々の葛藤がなかったはずはない。そしてその葛藤や歯がゆさは彼女1人だけのものでなく、舞台上にも客席にも何らかのかたちで共有されていたもののように思う。これが「16人のプリンシパル」という特殊な企画が、緊張感と背中合わせに常にもっているあやうさでもある。「trois」はその後、公演期間が進むにつれてスピードアップを促す方向に修正が模索されながら上演された。こうした脆さは、メンバー個々の振る舞いというよりは、「16人のプリンシパル」という企画そのものがいまだ過渡期にあることを示すものだろう。

「お試し期間」の先にあるもの

 このあやうさはしかし、回を重ねることでメンバーの側にもはっきり自覚されてきた。メンバーの橋本奈々未は「16人のプリンシパル」の性質を冷静に分析する。

 「プリンシパル」は芝居を基礎から教えてもらえる場ではないので、演技力が身につくかといえばそう簡単でもなくて。私たちは投票システムによる舞台を、エンタテインメントとして成立させようと必死な部分が大きいんです。それと、今の方式だと、ファンの方は楽しめるけど、私たちを初めて見たような新規の方には分かりにくいイベントになってしまわないかが課題ですね。(「日経エンタテインメント!」2015年2月号、日経BP社)

 橋本は、ともすれば翻弄されるままに終わってしまいがちなこの企画の課題を、その内側に放り込まれる実践者の視線から的確に指摘している。そもそも「演劇」としてはどうしても整ったルックスになりにくいこのコンテンツは、毎年テーマを変化させながら最適地を探し続けているようなところがある。生駒里奈は乃木坂46の歌やダンスに関して、「最初から「これ」という形が決まってないのが乃木坂の良さでもあると思っていて。今後はもしかしたらハードなダンスの振りだってあるのかもしれない。乃木坂って「永遠のお試し期間」なんじゃないかと。私もそれでいいと思ってます」(「MdN」2014年4月号、エムディエヌコーポレーション)と語っている。これまでの「16人のプリンシパル」もまた、「芝居ができるアイドルを確立」するための道筋を探求し続ける、「お試し期間」のようなものとしてあったのかもしれない。「trois」での生駒の立ち居振る舞いや先の橋本の分析などからは、何度かの公演を経て、メンバーの意識がその探求に追いついてきつつあることがうかがえる。だとすれば、この独特の趣向をメンバーたちが乗りこなし、能動的に公演のかたちを構築しながら「16人のプリンシパル」の、そしてメンバーたち自身の最適地を探り当てるのはまさにこれからなのだろう。
 2015年の「16人のプリンシパル」は秋頃に開催が予定されている。一風変わった高揚と模索がより合わされた奇妙な魅力を発しながら、乃木坂46の実験の季節が少しずつ近づいている。

 

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第1回 乃木坂46はAKB48の「影」なのか

香月孝史(ライター。著書に『「アイドル」の読み方』〔青弓社〕、アイドル関連の記事多数)

 今回から始まる連載では、乃木坂46というアイドルグループを扱おうとしている。AKB48の総合プロデューサー秋元康が手がけ、当代の人気グループの一つになった乃木坂46は、その佇まいから「正統派」的なイメージで語られることも多い。けれども、実際のところこのグループは、今日の女性アイドルシーンのなかで一風変わったアプローチでその地歩を固めようとしている。この連載は、いくぶん独特なそのあり方を掘り下げながら、乃木坂46というグループが何を体現しようとしているのかをつかもうとするものだ。そのプロセスはまた、目につく機会だけはなにかと多いこの「アイドル」という文化の特質を、端々で浮き彫りにしていくことにもなりそうだ。
 ところで、乃木坂46には「AKB48の公式ライバル」なるキャッチフレーズがある。グループ結成時から掲げられていたこの言葉は、現在に至るまで乃木坂46が紹介される折に頻繁に登場する。乃木坂46について説明しようとするときそれなりに格好がつく、言ってみれば最も便利な言葉がこの「公式ライバル」だ。この連載もまた、「AKB48の公式ライバル」というフレーズを考えるところからスタートしようと思う。けれど、それはこの言葉が説明に便利だからではない。むしろ、乃木坂46の代名詞のようになっているこの言葉が、率直に言ってどうにもしっくりこないからだ。乃木坂46についてまわる、「公式ライバル」という言葉の居心地の悪さは何なのだろう。それがこの連載で考えたいことの一つでもある。ただし、ここでいきなり乃木坂46について、もしくはこの居心地の悪さについて考える前に、まずはライバルに設定されているAKB48のほうに目を向けてみたい。いまや誰もがその名を知るAKB48とは、そもそもどんなかたちをしたエンターテインメントなのか、あらためてその輪郭をなぞってみるところから始めよう。

社会に浸透するAKB48

 AKB48は今日、アイドルという言葉を聞いて思い浮かべるものの代表格である。テレビや雑誌のなかに、駅や電車内や街中で見かける広告のなかに彼女たちの姿はあふれている。好意的に受け止めるにせよ、揶揄や嫌悪の対象にするにせよ、AKB48は日本社会で生活する者にとっては容易に無視できない、巨大なインパクトをもっている。現在、結成10年目を迎えているAKB48は、特に2010年代に入るあたりから、過剰なまでの手数で我々の生活を取り巻いてきた。何年もの長期にわたって、そんな「過剰」な何かとして君臨し続けること自体、女性アイドルグループとしてはきわめて例外的なことだ。その例外的な事態は、いまなお進行形で続いている。
 ではいったい、何がAKB48をそこまで過剰で巨大な存在たらしめたのか。その答えはそれほどシンプルではない。AKB48の画期性としてよく論じられるのは、女性アイドルの活動の中心をAKB48が大きく転換させたということだ。もともと日本社会のなかで、アイドルという芸能ジャンルはテレビから誕生し、テレビコンテンツでの活動が標準的なものと考えられてきた。AKB48は女性アイドルというジャンルの主戦場をテレビメディアではなく、ライブや握手会などのイベント、いわゆる「現場」へとシフトさせたといわれる。ここでAKB48にとっての「現場」とは、東京・秋葉原に設けられた常設劇場「AKB48劇場」だった。AKB48が現在でも同劇場での公演を最もベーシックな活動に位置づけていることを考えれば、AKB48がテレビメディアではなく「現場」に主戦場を置いたというその見立ては、ある程度妥当なものだ。AKB48が広い人気を博したことは、女性アイドルシーン全体にライブ、つまり「現場」こそがアイドルの本分だという認識の定着を促した。「現場」について重要なのは、参入するためのハードルが高いテレビメディアとは違い、ライブさえ成立させられる空間であれば、誰もが簡単に作り出すことができるということだ。以後、次々に誕生したアイドルグループは、ライブハウスやショッピングモールの広場、CDショップの一角、あるいは街の路上に「現場」を求め、活動の基盤にしていった。
「現場」と並んでインターネット、とりわけブログや「Twitter」などSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を駆使した発信も、女性アイドルの必須項目になって久しい。ほとんど無限にアウトプットが可能なSNSは、既存のマスメディアを介する必要がない発信ツールとして、アイドルのセルフプロデュースのための標準装備になっている。これらSNSを中心にしたインターネットの活用という点でも、やはりAKB48はトップランナーにいる。大勢のメンバーが、いくつもの種類のSNSを用いてファンと絶え間なく往還を繰り返すさまは、ファンたちの日常生活にAKB48が隙間なく浸透していくようでさえある。
 これら、「現場」やSNSがアイドル活動のスタンダードになるならば、テレビなどのマスメディアに頼らずとも、「アイドル」として活動することは容易になる。近年、大小のアイドルグループの急増がよく話題になるのも、「現場」とSNS全盛だからこその現象といっていい。そのような今日のアイドルの活動スタイルを方向づける旗手として、AKB48はある。
 とはいっても、AKB48というグループの巨大さは、そればかりで説明できるものではない。その有名性は、何よりテレビを中心とした従来のマスメディアに頻繁に登場することによってこそ保たれている。「現場」にせよSNSにせよ、それは主にグループのファンや、グループに積極的な興味をもつ人たちに訴えるための道具だ。一方、マスメディアに大量露出することで得られる有名性は、興味や好意をもつかもたないかにかかわらず、人々の生活のなかにAKB48の顔や名前を否応なく侵入させていく。
 秋葉原に設けられた小さな「現場」やSNSの周到な活用は、間違いなく現在につながる発端だったし、それらがコアなファンを育てもしたはずだが、そこに従来型のマスメディアに支えられた大きな有名性や人員的なスケールの大きさ、その大きさを可能にした資本や企画性の強さが結び付くことによってこそ、AKB48は「国民的」と称されるようなグループになりえたはずである。さらにいえば、その「有名」とは、単に一歌手としてとか、一音楽グループとして、ということとも少し違う。ファンと空間を共有する「現場」、文字や画像、映像を通じてパーソナリティーをのぞかせるSNS、歌手・役者・バラエティータレントとしてあるいは広告塔として登場するマスメディア上の露出など、AKB48はいま、様々な水準で我々を取り巻いている。そして、グループ内に波乱を起こすためにいくつものイベント――選抜総選挙、じゃんけん大会による選抜、グループをシャッフルする組閣など――を恣意的に企画するなかで、あらゆる水準のメディアをその内輪的な企画に巻き込んでしまう。我々が見ているのは、彼女たち個々の「芸能活動」である以上に、そうやってマス的に生まれているダイナミズムそのものだし、その意味でAKB48とは一音楽グループというよりも、我々の環境を取り巻くアトラクションの渦なのだ。そう捉えなければ、メンバー同士がじゃんけんをするだけの、きわめて内輪的なイベントが日本武道館で開催され、それがテレビコンテンツとして成立してしまうような現象は理解しにくい。

「公式ライバル」になることの困難

 では現在、そのAKB48の「公式ライバル」になるとはどういうことなのか。乃木坂46が結成されたのは2011年の夏のこと、その頃AKB48はすでにいまあるような巨大現象になりつつあった。乃木坂46が最終オーディションで第1期メンバーを選出した3日後の8月24日、AKB48はシングル「フライングゲット」をリリースし、発売初日で100万枚超の売り上げを記録する。これはオリコンランキング史上初のことだった。そんな当代随一のモンスターグループの「公式ライバル」といううたい文句を掲げられた以上、乃木坂46は独立した一グループであるよりも、AKB48の人気や勢いにあやかった派生集団として認知されることは至極当然だった。もちろん、それ自体はネガティブなことではない。AKB48に対抗する初めてのグループとして公認されることは、乃木坂46を売り出していくに際してこの上ないアドバンテージになるはずだ。
 けれども、「公式ライバル」というそのうたい文句は、正直なところそれほど新鮮なものには見えなかった。というのも、AKB48が膨張していくプロセスのなかで、すでにAKB48自身の内部に、ライバル的な存在が次々に生み出されていたからだ。AKB48初の姉妹グループとして2008年に名古屋・栄を拠点に結成されたSKE48は、11年の時点で何年ものキャリアをもつグループになっていたし、大阪・難波を本拠にするNMB48も同年、デビューシングルがオリコンウィークリーランキング1位を獲得していた。さらには乃木坂46の結成と前後するタイミングで、博多にHKT48も誕生している。つまり、わざわざ「公式ライバル」という言葉を発明しなくとも、AKB48に対抗する存在は姉妹グループ内に探すことができたのだ。それらの姉妹グループは、AKB48がそのプロジェクトを日本全土に浸透させ我々の生活を取り巻いていくダイナミズムのなかで、ごく自然に生まれ出てきた。そんな一連の流れを見ているファンにとっては、関連グループの増殖というイベントはなじみのあるものだった。乃木坂46というグループもまた、それら派生グループの一つとしての趣が強かった。
 しかしそれは、乃木坂46が他の姉妹グループと同様に、AKB48のプロジェクトに溶け込んでいく、ということとも少し違った。なるほど、「公式ライバル」という肩書は、AKB48と積極的に関わりをもつ他の姉妹グループとは異なり、ある意味でAKB48とは一線を引く存在であることを示唆している。けれどもそれ以前に乃木坂46は、AKB48や他の姉妹グループと“同じになる”ことがそもそも困難だった。
 その困難は何よりも「場所」に起因する。AKB48が秋葉原に専用の常設劇場をもち、その劇場を拠点に連日のライブをおこなっていることはすでに述べた。常設劇場をベースに活動するという理念は、SKE48以降派生していった姉妹グループにも継承され、各グループは名古屋、大阪、福岡などそれぞれのグループの本拠地に劇場を構えて日々ライブを催し続けている。マスメディアへの露出がきわめて多くなった現在でも、「現場」に各グループの基盤を置くことができるのは、この専用劇場があるからだ。
 しかし乃木坂46には、専用劇場をもつという構想がなかった。それは何より、乃木坂46に「現場」がないことを意味する。先に述べたとおり、女性アイドルというジャンルにとって、今日の主戦場はファンと空間を共有するための「現場」である。「現場」が定められていないことは、アイドルとしての活動の重点があいまいになることと紙一重だ。そして、ゆかりの土地に専用劇場をもたないことは、地名を冠したグループでありながらその土地に根付いた活動ができないということでもあった。AKB48の各姉妹グループがそれぞれのグループ名に地域を背負い、地元を味方につけていく一方で、乃木坂46には背負うべき土地がなかった。グループのスタート時点ではただ、レコードレーベルがあるビルの所在地「乃木坂」と、「公式ライバル」という大きなラベルの2つが、このグループに貼り付いていた。

シャドーキャビネット

 それでは乃木坂46は、「AKB48の公式ライバル」のゆえんをどこに見いだそうとしたのだろう。ここではそれを、AKB48の「影」という言葉に求めてみたい。乃木坂46の初期活動のなかに、「公式ライバル」というコンセプトに対して、「影」を思わせるアプローチで忠実に寄り添おうとした作品がある。それが、2012年2月22日発売のデビューシングル「ぐるぐるカーテン」に収録されたカップリング曲「会いたかったかもしれない」だ。「会いたかったかもしれない」というタイトルは、AKB48初期の代表曲「会いたかった」をパロディー的に踏まえたものだ。そしてその楽曲内容は、ほとんど人を食ったように本家を踏襲していた。AKB48オリジナル版の「会いたかった」をマイナー調にアレンジし、歌詞は「会いたかった」と同一のままカバーしたのだ。「公式ライバル」というコンセプトはまず、AKB48の初期曲の「影」として伴走するようなかたちで浮かび上がった。
 この「影」のギミックは曲調や歌詞だけでなく、ミュージックビデオ(以下、MVと略記)にも反映されている。「会いたかったかもしれない」のMVはその大部分を、ロケーションから人物配置、カット割りまで、AKB48の「会いたかった」のMVをそのままトレースして制作している。どこか不穏さを感じさせる曲調と相まって、AKB48の「影」を上演しているような映像は、発表直後から話題になった。
 この「影」としての乃木坂46の姿は、グループを運営する人物たちも少なからず意識している。AKB48グループと乃木坂46双方のプロデューサーを兼ねる秋元康や、グループを統括する乃木坂46運営委員会委員長・今野義雄が、乃木坂46の企画段階の着想として口にするのは、「シャドーキャビネット」というキーワードだ。もともとシャドーキャビネットとは政治の文脈で、野党が政権交代に備えて構想する、想定上の閣僚組織を指す言葉。つまりAKB48を「与党」に見立てたとき、「野党」が構想する「影の内閣」こそが乃木坂46である、という表明がこの単語には託されていることになる。
 それを踏まえて、同一の人物配置とカット割りで進行するAKB48「会いたかった」と、乃木坂46「会いたかったかもしれない」それぞれのMVをあらためて見比べると、興味深いことに気づく。少なくともメンバーのうち中枢の数人については、具体的に「与党」のメンバーとその立ち位置までもMVのなかで細かく対応させているのだ。たとえば、AKB48の象徴であり不動のセンターだった前田敦子。「会いたかった」のMVで前田敦子が配置されているカットのすべてに対して、「会いたかったかもしれない」のMVでは、その後グループのシンボル的ポジションを任されることになる生駒里奈が配置されている。同じく、前田と拮抗するセンター的存在だった大島優子の位置に対応するカットには、そのすべてにやはり乃木坂46で中心メンバーとなる生田絵梨花が、大人っぽいクールなイメージでモデルとしての道を切り拓いた篠田麻里子の配置には、同様にクールなキャラクターの橋本奈々未が置かれている。グループ同士という大枠のレベルでなく、個々のメンバーのレベルでAKB48の「影の内閣」を表現しているかのように、「シャドー」への細やかなこだわりがこのMVに不可思議な空気感を与えている。

消えていく「影」

 さて、このようにして乃木坂46は、「シャドー」をコンセプトに、AKB48をなぞりながら活動を続けていくことになる……、というのであれば話はわかりやすい。けれども、「会いたかったかもしれない」のようなギミックが、その後の乃木坂46の武器になることはなかった。そもそも、「会いたかったかもしれない」が収録されているデビューシングル「ぐるぐるカーテン」のリリースは、AKB48の「影」をなぞるのではなく、むしろAKB48とは著しく雰囲気が違う、乃木坂46特有の色こそを強調する第一歩だった。表題曲「ぐるぐるカーテン」ではフレンチポップスを意識した楽曲を採用して、AKB48やその姉妹グループのスタンダードからは明らかな距離を置いた。以降、フレンチポップス路線を離れてからも乃木坂46はグループを代表する楽曲には独自路線を貫いている。デビューからおよそ1年後にリリースされた5枚目シングル表題曲「君の名は希望」や、昨年リリースの10枚目シングル表題曲「何度目の青空か?」といった現在のグループを代表する楽曲は、いずれも4つ打ちと鍵盤の旋律を特徴にしたミドルバラード。これらの楽曲が旗印になることで、乃木坂46はAKB48グループのイメージから一線を引いた路線で現在に至っている。それに呼応して衣装も、AKB48と同じく制服をモチーフにしながらも、ときに“お嬢様路線”と呼ばれるような上品さを基調としたデザインでオリジナリティーを確立し、初期には振付師の南流石を起用した楽曲の振り付けも、ファンと一体になって盛り上がるというよりも、ともすれば舞踏表現のような独特のバランスが志向された。それらの各要素に代表される舵取りはやがて、AKB48の「影」を追う必要も、あるいは過剰に意識して遠ざける必要もないような、乃木坂46オリジナルのブランディングとして結実していった。
 この連載の題材に乃木坂46を選んだ理由の一つには、ここ1年ほどで乃木坂46が自身のブランドイメージを際立たせて人気や知名度を急上昇させているグループだから、ということがある。乃木坂46のブランディングは、AKB48の相似形を追いかけるのではなく、独自のカラーを追求することで成功した。それは一つのグループとしては理想的な歩みであるように見える。しかし、だからこそ現在も変わらずグループの二つ名になったままの「AKB48の公式ライバル」という言葉に、どこか居心地の悪さを覚えてしまう。かつての「シャドーキャビネット」を体現したかのような楽曲「会いたかったかもしれない」は、いまでも乃木坂46のライブで披露されている。けれど、すでに乃木坂46自身のブランドが確立しつつある今日では、この曲もまた乃木坂46のブランドカラーによって昇華され、そこに以前のような「影」は薄い。

秋元康の憧憬が呼び起こすAKB48の「影」

 それでは、「影」はどこに行ったのだろう。というより、もはや乃木坂46をAKB48の「公式ライバル」や「影」という枠組みにこだわって読み解くこと自体、あまり筋がよくないのかもしれない。はじめは「シャドー」だった乃木坂46はいまや本体から剥がれ、それ単体で独立したかたちを描き始めているようだ。しかし、ここではもう少しだけこの見立てにこだわって、AKB48の「影」を乃木坂46のなかに探してみたい。鍵になるのは、AKB48と乃木坂46をつなぐ人物、双方のプロデュースを務める秋元康である。
 秋元康は自身の発想の源を語る際にときおり、舞台演劇への憧憬を口にする。17歳でつかこうへいの『熱海殺人事件』を観たことが観劇のはじまりだったという秋元は、「僕はお芝居からの影響を強く受けていて、東京キッドブラザース、ミスタースリムカンパニー、つかこうへい事務所、東京ヴォードヴィルショー、東京乾電池…、皆、面白かった!」(コクーン歌舞伎『三人吉三』パンフレット、2014年)と、若き日の演劇青年ぶりを振り返る。演劇との関わりでよく知られるのは、本稿序盤で述べたような常設劇場というAKB48のコンセプトが、宝塚歌劇団などのスタイルをモチーフにしたものであることだ。AKB48の発足から間もない2006年、秋元はAKB48劇場という着想に至るまでの経緯を以下のように語っている。

 たとえば、何かのミュージカルを観に行ったときに、「毎日通える宝塚や劇団四季みたいなものがあったら、面白いだろうな」と思ったりするわけです。そして、「そうだ、宝塚のアイドル版があったら、もっと面白いんじゃないか?」と考えている時に、偶然「いま、秋葉原がブームらしいよ。日曜日ごとにグラビア・アイドルの撮影会とかすると、すごい人が集まるらしいから……」と聞いて。「だったら秋葉原でやったらいいんじゃないかな」となっていったわけです(笑)。(「BIG tomorrow」2006年5月号、青春出版社)

 秋元のAKB48構想は、宝塚歌劇団や劇団四季のような常設劇場ばかりでなく、小劇場がもつ特有の熱気からも影響を受けている。秋元は「僕は六本木の自由劇場、僕らの世代だとジァンジァンやエピキュラス、東急劇場などの小劇場が好きで、それをやりたいとAKB48劇場を始めたんですよ」(前掲『三人吉三』パンフレット)とも語っている。AKB48が比類なきモンスターグループに成長した現在でも、変わらず拠点を収容人員250人のAKB48劇場に置くことの理由のうちには、そんな小劇場の距離感への愛着もあるのかもしれない。いずれにしてもAKB48劇場は、秋元の舞台演劇への憧憬が強く滲んだものである。AKB48について言えば、彼のその憧憬は何よりも、常設劇場という「ハコ」を主役にして実現した。それは、SKE48などの姉妹グループをも含めたAKB48グループ全体の代表的な特性として、いまなお最も重要なよりどころになっている。
 一方で秋元はその演劇への憧憬を、別のアプローチでも試そうとしているように見える。その実験場が、他ならぬ乃木坂46である。初期の乃木坂46の振り付けを南流石に依頼してきたことについて、秋元は次のように語る。

 振り付けを南流石さんにお願いしたのも、どこで差別化するかと考えたときに、お芝居がちゃんとできるグループを作りたいと思ったからです。ミュージカルみたいなことをやれないかと。それは僕の中の憧憬として、高校生の頃に見た、東京キッドブラザースとか、そういうのがあったのかもしれないですね。(「日経エンタテインメント!」2015年2月号、日経BP社)

 また、乃木坂46のコンサートについては、

 ライブの演出や構成は現場スタッフに任せていますが、もし僕が構成をやっていたとしたら、前半は女子校の演劇部のようにチェーホフの芝居を見せて、それからライブに入るみたいなアイデアを出していたかもしれません。(前掲「日経エンタテインメント!」2015年2月号)

と述べて、演劇上演への志向を見せている。
 つまり秋元は、自身の舞台演劇への憧憬を「ハコ」と上演内容とに分散して、AKB48と乃木坂46のそれぞれに、彼なりのアレンジで託そうとしているのではないか。AKB48やその姉妹グループの特徴である専用劇場を用いた連日の公演は、宝塚歌劇団などのように劇場を介して土地にグループを根付かせる「ハコ」中心の上演スタイルだった。そして他方、そうした劇場をもたない乃木坂46に託されているのは、上演内容としての「演劇らしさ」なのではないだろうか。別の表現をすれば、AKB48グループで実現した「毎日通える」システムには載せることができなかった、ライブパフォーマンスとしての演劇性を、乃木坂46の活動のうちに実現することで補完しようとしているのかもしれない。このように考えるとき、それぞれが独立した特徴を築きつつあるAKB48と乃木坂46の両者には、舞台演劇への傾倒という秋元の一貫した憧れが、表裏のかたちで託されていると見ることができる。
 ここでわざわざ舞台演劇というキーワードから、「影」を探ろうとしたのには理由がある。次回以降、乃木坂46の特徴を捉えようとするうえでどうしても外せない要素として浮上してくるのが、このグループの演劇ないしは演技への傾斜なのだ。そうした演劇へのこだわりを、まずは秋元康を結節点にして、AKB48という今日のアイドルシーンの象徴との関わりのなかで解釈しようと試みたのが今回の原稿である。今回探ろうとしたものの正体は、本連載でやがて扱う予定の、乃木坂46に特有なきわめて魅力的できわめて歪な演劇公演を掘り下げることで、よりあらわになるのではないかと思う。

 これからおよそ月1回のペースで、角度を変えながら乃木坂46というグループの特性を切り取っていく。一見、いわゆる「正統派」っぽいルックスをもちながら、その実いささか変わったバランスをもつこのグループを追いながら、乃木坂46に興味をもっていただければうれしいし、現在のアイドルシーンやアイドルという文化になにがしかの面白みを見つけていただけるならなお幸いである。

 

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